上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0議院内閣制における政治家の理想が目の前に
2019年8月12日に日本でレビュー済み
何て民主主義政治の真髄を学べる作品なのだろう。僅か150年前の出来事だが、米国が世界の先頭で自由と法治と民主主義の理念国家に飛躍した基礎が創られた経緯が良く理解できる。
リンカーンの登場は人類史の必然か、神が与えた奇蹟かは判らない。それでも歴史は政治家と言う個人の思いと行動が造る、血の通った物で有るべきだとの主張に震えた。
2012年公開、米国南北戦争が終結する直前の1865年初頭、奴隷制を撤廃するべく合衆国憲法13条改正案の下院可決を画策する第16代大統領エイブラハム・リンカーンの4ヶ月を描いた歴史大作で、アカデミー賞を始め名だたる映画賞で最多ノミネートを記録したの話が有名だ。
賛成派の共和党と反対派の民主党の白熱の討論、共和党内部の急進派と穏健派の共闘、憲法改正を内戦終結の前提条件にした大統領自らの言葉による内閣方針統一と賛成票固め工作、そしてリンカーン家の夫妻と息子達との葛藤等が多元的に進行するが、濃密な脚本により二時間半の時間が意外に短く感じられた。
一年費やして役作りしたダニエル・デイ=ルイスの演説や語りのシーンは政治家の譲れない覚悟がゾクッとする迫真さで、歴代最多の三度目の主演男優賞に選ばれたのは納得。また「フォレスト・ガンプ」で神経質で気丈な母親を好演し、本作でも大統領の妻メアリー役を演じたサリー・フィールドは、ファーストレディとしての毅然と母親の不安が同居する繊細さを演じ切った。この二人の圧巻の演技と当時の議会運営や美術・衣裳考証が名作に高めたと言えるだろう。
スピルバーグ監督は商業的には失敗した「アミスタッド」の反省から、暗殺された悲運のリンカーン個人にスポットを当て、丹念な議会の多数派工作、印象的な照明や美術、名優の演技力に拘った演出が奏功した。
その執念深さや手段を選ばない姿は、関ヶ原前の徳川家康を彷彿とさせる。人権問題と天下泰平とは狙う理念が異なるが、内戦終結と社会変革を促した歴史的偉業を生んだ先人から、政治家と有権者の間での“課題と論点の共有”と言う大事な緊張感の必要性を教えられた、いつも背筋をピンと伸ばして観たい名作です。