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カスタマーレビュー

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2014年5月8日
菊地凛子の演技が素晴らしい。日本的な女優ではないので、嫌いな人にはこの映画は「許せない」のだろうが、私は彼女の実力の高さをあらためて実感した。誕生日のシーンは迫真。本作のような深刻なキャラを演じたと思えば「サイドウェイズ」では軽いノリの楽しい女性も演じる。「パシフィックリム」ではかっこいいヒロイン。大したものだと思う。この映画自体も映像は美しく、時代の雰囲気も出ていて十分楽しめた。原作が余りにも偉大なので、人それぞれの自分だけの「ノルウェイの森」があると思うが、それにこだわるとこの映画は観る意味がない。私自身は25年ほど前、学生時代に原作を読んで感動し、今回も映画でじわりと感動できました。
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2016年8月21日
女優群があまりにもミスキャストすぎます。

「完全な美しい肉体」を持った直子が、瘦せぎすの菊地凛子。

直子の死後、「あの美しい肉体がなくなったんだぞ!」とワタナベが憤るほどの肉体が、残念ヌード(失礼!)といわれている菊地凛子。

生命力あふれる小動物のような緑が、ふてぶてしい表情の水原希子。

シワが魅力のレイコさんは、現実には難しいかなとは最初から思っていましたが…。

キズキはなぜ自殺したのかわからないところがいいのに、無駄に具体的な自殺シーンなんかいらない。

そして、一番大事なシーンともいえるワタナベとレイコさんの二人きりのお葬式がないとは!

マツケンの津軽なまりも気になって、外国人の監督だから指摘できなかったの?と思った。

この映画の唯一のとりえは、ヤリチンの永沢先輩役の玉山鉄二がイメージにぴったりだったこと。

他は見るところないです。

映像が美しいといっても、これぐらいの映像美はいくらでもあるし、特筆するほどではない。

特にファンなわけではないですが、「手紙」でも、「くだらない映画だけど玉鉄だけは良かった」という人が多かったのが分かる気がしました。
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2017年4月14日
ゴツイ顔の女が定期的に棒読みで金切り声上げるだけの映画だった
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2015年5月8日
村上春樹を一躍有名にし、上・下430万部を売る大ベストセラーの映画化作品である。私は若い頃この作品を読み十分に納得できないところがあったので、少しでもそれを晴らしたいと思って映画作品を見た。高校時代に無二の親友であったキズキを自殺で失ったワタナベは、過去を断ち切るかのように上京し、東京で大学生活を送る。時代は全共闘運動盛んなりし頃であるが,彼は運動には参加せず孤独な読書生活を過ごす毎日を送っている。或る日キズキの恋人だった直子と偶然に出会い、駒込を二人で歩く。それ以来彼女と週1回会うようになるが、キズキの話は会話の断片にも出ることはなかった。彼女の誕生日に二人は身体を許し合う。彼女は処女だったのだ。「初めてなの?」と訊いた彼は「御免、聴くべきじゃなかった」と後悔する。キズキと彼女の間には肉体関係はなかったのだ。或る日直子は突然失踪する。失意のワタナベは彼女に実家に手紙を書き、新しく知り合った緑と交際する。彼女は古い名家の娘で母親に死なれ,父親は一人でウルグアイに出かけたため、愛情に飢えた生活を過ごしていた。花を持って彼女の家を訪れたワタナベは彼女から「例えば私が「イチゴチョコレートを欲しい」と言って相手がそれを買ってきてくれたとするでしょう。私はそんなもの要らないと言って撥ね付けるの。そしたら「御免、僕が悪かった。別のものを買いに行ってくるよ。君の欲しいのは何?チョコレートムース、チーズケ-キ?」」という言葉を聞かされる。「そしたらどうなるの?」と問うワタナベに緑は「愛してあげるの」と彼女は答える。「そんなの愛とは思えないけど」と彼は言うが、それでも2人はキスをする。彼女には付き合っている恋人がいた。そんな或る日直子から返事が届く。彼女は突然の失踪を詫び、不治の病に冒され京都の山中の療養所にいた。「担当医はそろそろ外部の人と接触すべきだと言っています。私にはあなたの事しか頭にありません」と書いてあった。ワタナベは彼女に会うため療養所を訪れる。途中で彼を出迎えたレイコは「ここではあなたは彼女と二人きりで会う事とは禁じられているの。だからオブザーバーが要るの。それが私」と言う。しかし或る晩直子は寝ているワタナベの所に来て、「あなたにどうしても言っておきたい事があるの」とキズキとなぜ肉体関係を持てなかったか理由述べ、「誕生日の日、あなたが来てくれた時私は最初から濡れていた。あなたとどうしてても寝たかったの」と告白する。しかし彼女は結局死んでしまう。「私の事忘れないでね」という言葉を残して。最後にワタナベはレイコと身体で結ばれる。一体「真の愛」とは何なのか?肉体関係で結ばれる事か?それともプラトニックに心の底から愛し合う事か?原作では踏み込みが浅いし、映画でもそうだ。物足りない思いで私は本作品を見終えた。
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2012年8月25日
村上春樹の小説では長い長い無意味とも思える日常(文章)の中で
そして幻想的(小説的)な表現で世界を造ってから、
そのセリフがぽつりと発せられる。だが映画では、
尺度制限の中それに相応しい日常が形作られないうちに投下されるので、
「印象的で」「臭い」「わざとらしい」セリフや出来事ばかりになってしまう。
小説では長いセリフでも、間合いや余韻を読者自身が作る事ができるが、
映画ではそうは行かず、何か小説っぽい不自然なセリフになってしまう。
またこのような制約も加わり表現するのにはとても難しそうではあるが
役者や演出の力不足もあるのかもしれない。
小説では主人公のいい輪回しが独自なので特に松山に感じました。
そのセリフにリアリティが足りない。何か言わされてる感が拭えない。
一言で言えば陳腐。
(ただあの長いユーモアのある時に臭いセリフを自分のセリフにできる
役者がいたら天才かもしれないが)
映像は美術的にはとても美しく音楽効果も適度にあわさって
それなりの幻想的な喪失感等は感じました。
ただ小説や漫画等他メディアの名作を2時間の映画にするというのは
とてつもなく難しいという事を改めて認識させられる作品でした。
例えば成功例の一つとしてロードオブザリングのように小説のかなりの部分を剥ぎ
取って、映画として表現すると面白い部分だけにスポットを当てる等
大胆な工夫が必要なのかもしれない。
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2011年6月24日
原作を読み、観ました。原作通りの展開を期待してたら「?」な展開。時間の制約上しょうがないのかなと思いますが、「このシーンをカットしては話の展開も分からないし、ただのイヤらしい映画にしか思わなくなるでしょう!」というようなシーンばかりカットされていて… 原作を読んでなく、映画のみの方には理解に苦しまれたのではないのでしょうか。素敵なお話なのにもったいないです。 以下、映画ではカットされてましたがこれがないとノル森の良さが伝わらないと思ったシーンです。 ワタナベがミドリのお父さんとキュウリを食べる…映画ではすぐミドリのお父さんが亡くなってしまって、何のための登場なのか分かりません。 突撃隊の出番ももっと出て欲しかった。 レイコさんの過去の描写。 直子の「淋しくないお葬式」…これがなかったばかりに、原作を知らない方はなぜ最後ワタナベはレイコさんと寝ることになるのか意味不明になると思います。 原作を読んだ私でもレイコさんのこの行動はなかなかちゃんと理解できてないかもしれませんが、レイコさんが直子のお葬式として歌を1曲ずつ歌っていく、あの過程は物語の軸を理解するのに欠かせなかったと思います。 個人的にキズキの自殺シーンやsexシーンはもう少し短くても良かったのでは? 直子の自殺シーンも、あの演出ではホラー映画ですね。 あまりにも「ないと困る」シーンばかりカットされていて、原作と映画は全く別のお話のように思えてしまい、残念ということをここまで書いてきましたが、映像美は美しく、タイトルにも付いている「森」の美しさ、静謐さ、ときに残酷さというものが人物たちの心の動きとリンクしてくるような描写。自然がすごくきれいでした。 私は松ケンファンなのでこの映画好きですが、映像美や音楽、時代考証など素晴らしいだけに、話がもったいないです。是非違う路線でリメイクしてほしい!
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公開当時、「なんか違う」という評が多かった気がするので、
案外頑張っているなという印象を持ったが、上映時間の制約も
あってか、全体に説明不足なのは否めないと思う。

とくにレイコさんは、昔ピアニストを目指していたとかの説明もなく、
いきなり「ノルウェイの森」を熱唱していたり(この場面はさすがに
ちょっと脱力した)、ラストで唐突にワタナベと寝たりするので、
原作のような魅力が感じられず、単なる変な人になってしまっている(笑)。

緑が出てくるパートも全体に短過ぎて、緑とワタナベの関係が曖昧なまま
になっているきらいがあるが、まあ緑は誰が演じても難しいだろう。

あと全体に、60年代末を美化し過ぎている感があり、ワタナベの寮まで
どこかお洒落になってしまっているのには、やや違和感があった。
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2013年1月10日
まず、ミドリは完全なキャスティングミス。もっと生命力あふれた演技派の女優でなければ原作のミドリの魅力が伝わらない。(安藤サクラなどどうかしら?)
直子もかつての原田知世のような美少女をもっと繊細にした女優にするべきだった。
直子とミドリがきちんと描けないとこの映画の魅力が伝わらない。

松ケンのワタナベ君も顔こそイメージどうりだが「もちろん」の言い方など、やはり原作のワタナベ君のチャーミングさからは程遠い。
突撃隊にいたっては大事な役柄なのに、もっと実力派を起用するべきだった。

そして、何よりも皆さんがおっしゃる通り、ミドリの父とワタナベの心温まる切ない交流、ミドリの育った女子高の様子、ミドリの京風の手料理等、細部がおろそかになっているために、
生と死、そして性がとっても軽いものになってしまった。

性のぬくもりこそがが人の無情な死を癒すという原作の魅力が伝わらなかったのが残念。

「青いパパイヤの香り」を撮った監督だから映像はいいんです。
やはりこの作品を完璧に映画化するのは無理なのだろうか?
日本人監督で、しっかりしたものを観て観たい・・・というのは欲張りだろうか。
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2012年1月4日
村上春樹は、決して断言しない作家である。「ノルウェイの森」でも、読者は、ライトテイストな文体の影に潜む重い何ものかを、極めて個人的な作業として追い求めることになる。恐らく小説としては、高度に巧まれた技法と言うべきだろう。しかし、この優れた特性は、視覚に画一的に訴える映画化に際しては、とてつもない困難を強いることになる。多くのレビュアーが、「私のノルウェイの森」とは違うとクレームするのはもっともなことで、村上春樹作品をポピュラーに映画化するということは、アプリオリに不可能なのである。今回の映画化がベトナム系フランス人トラン・アン・ユン監督の手によるものというのは、とても象徴的で、彼は多くの日本人監督がリスクの大きさに断念したであろう映画化に、フランス的な感性で果敢に切り込んだと言えるのではないか。個人的にフランス人と日本文学や文化について議論することが多いが、なるほど彼らの捉えるmurakamiなら、こういう不条理でフワフワと透明な、映像詩のような映画になるだろうと納得がいく。そう思い切ってしまえば、本作は十分に美しいし、監督トラン・アン・ユンは健闘を称えられていいだろう。このフランス的な、余りにもフランス的な映像に、原作を耽読したであろう多くのハルキスト達はたじろがざるを得ない、むしろ原作を読んでいない人の方が幸福な時間を過ごせると思う。本作は海外でも公開されたのだろうか、公開されたとすれば、多分、外国での評価の方がかなり高いのではないかと思う。
少し気になるのは、多くのレビュアーが、原作と比して、重要なエピソードの欠落や登場人物相互の関係性の不明瞭さを指摘している点である。おそらくユン監督は仏訳ないし英訳をもとに映像化に挑んだと思われ、だとすれば、上述のような批判は、もしかしたら、そも翻訳の仕方に向けられるべきものかもしれない。村上作品の中国語訳については、藤井省三氏による詳細な研究が、「村上春樹のなかの中国」として既に上梓されている。仏訳、英訳についても同様の研究が待たれるところである。
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2011年8月28日
村上春樹の小説を映画化するということは、映画人にとって相当難しく覚悟がいると思う。
そのことは「風の歌を聴け/大森一樹監督」のレビューでも書いたが、それは小説の読者
個々人が、村上作品のそれに対して既に自らの心象を構築してしまっているからである。

従って原作と比べてどうか?という論議は必ず起るし、概ねマイナスの評価も理解できる。
今回の、トラン・アン・ユン監督は美しいけど深みがないとか、菊地凛子は上手いけど
年齢がね…とかの感想も、映画化の概要が発表されたときにある程度は予想できた。…が!

今回作品を見て、トラン夫妻(美術担当の監督夫人も含めて)が1960年代末期の日本を
こんなに深く美しく描いたことに私は素直に感謝の念を持った。また菊地凛子の意気込みと
演技の上手さは年齢云々を超えて想像以上だったし、松山ケンイチの覚悟も本物だと思った。

特典映像で見る未公開シーンの中には捨てて欲しくない部分もあった。あえて一点減点を
言うならば、編集の問題ではないだろうか? 興行を考えなければ、私はもう少し長くして
レビュアーの皆さんが指摘する物語の根幹に関する部分を残してもらっても良かったと思う。

高原のふたりのシーン、緑の中を草の中を行ったり来たりの長回しは邦画史に残るだろう。
衝撃の小説を読んで30年近く経ち、ベトナム系フランス人監督のもとこのような俳優陣と
スタッフによってひとつの映像作品が生まれたこと自体に、私はささやかな拍手を贈りたい。
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