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2016年12月8日
当時の白黒の映像がふんだんに使われています。
冒頭からの当時の映像シーンなど、当時の雰囲気をつかむまとまった資料としても価値があると思います。

映画としては、低予算だったようで、全体的にTVの再現ドラマという雰囲気が否めませんが、ヘンにドラマティックに演出されるよりは、全然アリだと思います。
私はamazon videoでみました。他の方が言うように、暴力シーンがあり、結構、リアルです。映像の加工やBGMでの雰囲気作りがないので、台詞とその場の音のみなんです。演者の力量一本での勝負です。演出の押し売りがないのは個人的には好きです。リアルな暴力シーン(これは本当にひどい)が嫌いな人はamazon videoでレンタルにしてもいいと思います。

以下、視聴後の感想です。

遠山を演じる坂井真紀と重信を演じる伴杏里が並んで歩いたりするのですが、どう考えても親戚の叔母と姪っ子くらいの年齢差を感じる、、、。この二人が同年代って無理もいいところ、しかも坂井真紀がめちゃくちゃがんばって若作りした演技してる、、、。ひいき目に見ても不自然。気になって仕方なかった、、、。

これは明らかにミスキャストだよなぁ、と思いながら見ていたのですが、山岳ベースでのシーンで坂井真紀がものすごい演技なんですよねぇ。これは他の演者にはできなかったんじゃないかなぁと。
そうすると、むしろ重信の演者をもう少し年増にした方が違和感なかったかなぁ。どうせ重信は早々に中東に飛んじゃうし。

総括として(!?)、全体的に興味深かったです。
いわれない被害を受けた被害者と関係者の方が存在するわけで、決しておもしろい・おかしい(愉快)とは言えませんが、時代を顧みる観点で非常に興味深かった。
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2017年12月9日
本当に見るに耐えない脚本ですが、悲しいことに実際の話なんですよね。
一部フィクションとあるけど、最後の少年の叫びはフィクションぽかったかな。
ネットでは当時のニュース映像いっぱいありますが、あさま山荘の中からの視点で事件を見れるのは面白いと思う。
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2018年1月2日
いまとなってはなんとなく事件の名前は知っていてもその背景、登場人物について詳しく知る人は少ないのではないだろうか。まさに私自身がそうであった。初めは映画そのものの内容に興味はなく、事件のあらましを知るため、ちょうどwikipediaで軽く調べる感覚でこの映画を手に取った。結論から言うとこの映画はその目的には妥当な代物ではなかった。たしかに前半は事件に至るまでの人物、組織、それが引き起こす事件の解説のようなものは流れるが、彼らの思想的背景・歴史・基本的な用語の解説は皆無である。登場人物のセリフのほとんどに彼ら特有の用語がちりばめてありながらその説明が全くないのでまず意味不明である(安っぽいドラマなら字幕で一々解説を挟んだり、亀仙人的な解説要員をねじ込んだりしたろうが、本作にはそのような余計な気遣いは一切ない)。
この作品には観客を感情移入させるための主役的キャラクターが存在しない(坂井真紀演じる遠藤が主役とされているようだが、彼女目線で作られている映画ではなく、主要人物の一人としたほうが適切だろう。あるいはタモト演じる加藤元久は観客の代弁者という意味で主役に近い存在かもしれない)。では群像劇かというと登場人物の生い立ちはほとんど説明がないし、登場人物同士の絡みの描写もほとんどない。兄弟で参加していたり、メンバー同士の恋愛もあり、そこらへんを掘り下げようと思えばいくらでも面白いストーリーが描けそうなものだが、そのようなエピソードに触れることもほとんどない。リンチの時のセリフや登場人物の死で流れるナレーションでようやく彼らの人間関係がうかがい知れるのみである。死の描写はきわめて淡々としており兄弟の死や恋人の死のような普通ならお涙頂戴シーンにしそうなシーンは意図してかぞんざいに描かれている。
wikipediaによると、実在の登場人物の一人である加藤倫教氏がこの映画を見たとき、ラストシーンに不満を述べたとのことだが、もしそれが本当であれば宜なるかなである。おそらく若松監督はこの映画を連合赤軍のメンバーの思想の代弁をしたり、彼らの正義感、正当性を訴え名誉を回復する目的では全く作っていない。監督はこの事件が何か歴史的に必然的な、日本人が乗り越える必要のあるような意義のあるもの、あるいは登場人物には彼らなりの正義があり、彼らの意見や思想と社会の問題としてこの事件を描くことを拒絶しているのである。
私は若松監督の作品は他に見たことがないし、この作品に関するコメントにも目を通したことはないが、私個人の勝手な推測を言わせてもらうと、監督の描きたかったものは事件を起こした人間の素質、思想、動機ではなく、ただ人間そのものだったのではないだろうか。
それはいわゆるヒューマニズムというものや集団心理の恐ろしさというものでもなく、人間というものが、理由と名前さえ与えれば人を殺すことに躊躇しない存在であること、それは決して殺人鬼的素養があったり、人間として欠けていたからではなく、普通の日本人がそのような事をし得る存在である事を描きたかったのではなかろうか。考えれば我々のほとんどは人を殺してはいけないと言いつつ、死刑には賛成するし、テロリストを射殺したり、空爆する事に反対する事はない。制度として意味を持ち、専用の用語に言い換えれば、人間の倫理感はたやすく人を殺すという行為を容認するのである。連合赤軍においては森、永田がその理由を与え、総括、処刑、敗北死と殺人の呼び名を変えただけなのである。そして彼らの思想的背景の説明を極力避け人間の群れとして描いたからこそ、連合赤軍事件は極左の、共産主義者特有の問題であり、「普通の」人間とは無関係な事件であるという結論には至らないのである。
最後に、私の不勉強のためこの作品に出てくる役者様はほとんど知らないが、永田役の並木愛枝の演技は(この作品にはあまり演技という言葉が似合わないが)とても印象的だった。この異常極まりない状況が説得力を持って描けたのは彼女の演技があったればこそと考える。
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2017年6月8日
私は今大学生で、この時代のことは詳しく知りませんでした。
先日、過激な革命運動によって罪を犯し、指名手配されていた大坂容疑者が捕まったことをきっかけに、この時代の学生運動と革命活動に興味を持ちました。
戦争を嫌い、よりよい社会を求めているはずの青少年達が、なぜ暴力にまかせこのような愚行を犯してしまうことになるのか。

この映画は、登場人物が多く内容が多いのでなかなか序盤は分かりづらいと思います。下調べしてある程度連合赤軍の設立経緯や主要人物を押さえておくことをオススメします。

リーダー格の二人である森恒夫と永田洋子の人物描写には特に注目して頂きたい。
加藤三兄弟の次男が出たドキュメンタリーを見たことがありますが、「森さんはやけに難解な言葉を使いたがるなあ、意味が分からないことを言うなぁ、という印象だった。」と語っており、その通りに再現されています。
やけに「我々○○は○○的な○○において○○の○○的で○○的な○○は○○であることは○○で~」とだらだら喋ります。早口なのも相まって何を言っているか聞き取り辛い。とても演説が下手です。周りの人を説得できる力があるとは思えません。政治的なカリスマ性がないのです。話し合いができなさそうな人であることがよく分かります。
周りの人が自分に一生懸命ついてきている様子がない。どれだけ会議で自分が演説しても、一体感がでない。森は次第に暴力に頼るようになっていきます。

権力に抗い、戦争や殺戮のない素晴らしい社会を実現するための団体が、権力に固執し、武力戦争と殺戮を求める様はとても不気味です。
しかし、彼らは決して特別な環境で育ったわけではありません。元はごく一般の小市民です。自分の理想を人に押し付け暴力で弾圧するばかりでは、逆に理想は得られないということを教訓にしていきたいです。
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2017年8月11日
だけれども、そこに価値があるように思う。

古くは2.26事件、最近(?)の日本ではオーム真理教、イスラム国に走る人々に象徴される青年の暴走。そして、この事件。
なんで?どうして?

最初の、安保に反対するところまでは理解できるけれど…

1970年代に大学に行けるのに、自分をプロレタリアートに規定すること自体がすでに矛盾…。
”山”に入ってからの森と永田の行動は、自分の権力に固執する姿にしか見えなかったな。

何をどう正当化しようと、結局は自分の欲望に振り回され、暴力が幅を利かせていく…パワハラの過程にも似て、興味深かった。

「本当の勇気」っていう言葉が出るけれど、その後の行動をみると、その言葉すら、観念化していて、頭で考えているだけなのね、とがっかりする。

でも、現代に、日常に生きる私たちとして、「本当の勇気」って何なのかを考える一つのきっかけにはなると思う。
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2016年8月16日
平等で平和な社会を目指した共産主義活動家達が、多様性を排除し、国家権力を憎むも指導者が絶対的な権力でメンバーを厳しく統率し、リンチ殺人へと突き進んでいく様を描いている。あっと言う間の3時間。あさま山荘での少年の叫びが、もう少し早く誰かが発していれば悲劇は避けられたのだろうか。共産主義の危うさを考えさせられた作品だった。
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2018年2月13日
「総括」とは己の所業を振り返って客観的に再評価して次に生かす営為だとす思うが、ここで繰り返される「総括」とは、単なる自己否定、他者への批判のための批判、あるいは他者抹殺の理由づけ、としてのみ発動されている。

連合赤軍のリーダーにのし上がった森は、己の犯した日和見という弱みを自他の眼から隠匿し、相対化するために、他者の弱みを無理やり引き摺り出して摘発することに狂奔したために、組織のエネルギーは限りなく内攻し、いつまでたっても敵権力との対決に向かうことはない。

自己の純化、革命化、共産主義人間化が同志の破壊と自己滅却に向かう道程はこれまでもあったし、これからも繰り返されるに違いないが、人間の弱さや女性性、ふぁっちょんや飲食をはじめとする衣食住遊休知美の無条件の楽しさが、「革命の敵」と捕らえられている限り、人間革命も社会革命も永久に成就しないだろう。さはさりながら、これはいわゆるひとつの全国民必見の映画ずら。
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2018年2月22日
小学生時、担任が授業中(たしか道徳)にテレビをつけて、クラス中が重機で破壊される山荘を見ていた。そのことについて担任はなにか教訓めいたことを言うでもなく、どういうつもりで子どもにそれを見せたのかはいまだに分からないが、強く記憶に残ることになった。その事件の前段に悲惨な「総括」があったことを知るのは、もっと後になってである。
こうしたことがかつてあったという事実を伝えるものとしての価値はそれなりにあるのだろうが、加藤三兄弟の末弟・元久が叫ぶ「勇気がなかったんだよ!」が制作者の提示する、なぜこんなことが起きてしまったかの ”こたえ” だとすれば、事件や時代の捉え方があまりに表層的にすぎやしないか。
全編とおして観た印象として、森と永田のコンプレックスのぶつかり合いと主導権争いが発端を招き、それに抵抗できなかった他メンバーの「勇気のなさ」がふたりの特異さをエスカレートさせていったという結論を示しているように思える。それなら、このふたりが指導部でなければ、だれかが強く抵抗していれば、こうした悲劇は起こらなかったのだろうか。
森・永田あるいは連合赤軍を革命運動の特異点と見なし、自分たちの内包する問題としてそれこそ「総括」できなかった(自分たちはこんなふうじゃない、で終わらせた)からこその現在の左翼の衰退なのではないか。
そのことに気づかない左翼が、例えば原発事故を利用して、だれにも強く抵抗できない「反原発」を掲げて批判や疑問をねじ伏せようとするのは、山岳ベースに閉じこもってその場のだれにも抵抗できない「共産主義化」を叫ぶようなもので、そこには権勢欲こそあれ大衆への視線など微塵もない。
先鋭的な左翼を自認するものが反原発運動をめぐって「われわれは「風評被害」を増殖させなければならない。より強く、より速く、「風評被害」の力を亢進させなければならない」(http://nagoyakyousanken.blogspot.jp/2016/06/blog-post.html)と宣言し、もっとも守られなければならない被災者の人権を踏みにじって恥じぬのも、かつて先達が犯した過ちを自分たちの問題として捉えていないからだろう。
森・永田だけの問題じゃない、連合赤軍だけの問題じゃない、左翼だけの問題じゃない。「水筒問題」と同レベルの総括要求が、いまも国会の与野党間で繰り返されてるじゃないか。
だれもがなんとなく納得できた気になる「勇気」という観念がこたえなら、それがこの作品の限界だろう。評価できるものではないが、いまだにこの限界を超えられないことに気づくためには、観ておいてもよいかもしれない。
森は「今ぼくに必要なのは、真の勇気のみです。」と書いて、拘置所内で自殺した。「勇気」なんて、こたえじゃない。
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2014年2月25日
1972年に起きたあさま山荘事件は、クライマックスには視聴率90%を達成するほどに世間の注目を浴びた歴史的大事件だった。学生運動が下火になっていたはずの1970年代に突如として発生したこの事件は、何故彼らがその行為に至ったの理解が難しく、「暇でエネルギーが余っていた学生のお騒がせ事件」として片付けられることが多い。ましてや平成生まれの自分にとっては学生運動とは戦争以上に、何故起こり、何を目的としているのかが想像しにくいものだった。しかし3時間に渡って学生側の内情を描き切った本作品を見終わった後には、彼らを狂気に駆り立てたものの一端が理解できるような気がする。

1960年~70年代は日本が高度経済成長期で社会が急激に変化し始めていた頃、しかし学費値上げや日米安保条約更新、ベトナム戦争といった社会問題が多く存在していた。同時にマルクス経済学や共産主義が盛んに叫ばれ、それらがより良い社会を実現することができると本気で信じられていた時代でもあった。だからこそこうした学生運動は多くの人の心をつかみ、60年安保闘争では13~33万人とも言われる大規模なデモにまで発展したのだろう。しかしこのような学生運動は次第に、内ゲバ(内部抗争)や武装化といった本来の目的から外れた方向に突き進むようになる。その象徴的な事件がこのあさま山荘事件と、その直前に起きた山岳ベース事件だ。

本作品では、理想を掲げて社会のために戦っていたはずの学生達が何故内部抗争やリンチ殺人・テロ行為に走ったのか、その時彼らが何を思いどう行動したのか、その状況を鮮明に表現している。本作で最も力が入れられているのは、12人の死者が出た山岳ベース事件である。当初は仲間内での意思確認や戦意高揚の手段であったはずの「自己批判」や「総括」といった行為が、段々とエスカレートし独裁者による支配のための「目的」と化してしまった結果、リンチ殺人により仲間であるはずの12人(夫婦や妊婦を含む)が殺害された。「自己の革命化」や「共産主義化」といった体でリンチを受け、「真の総括のためには一度気絶して復活しなければならない」とし気絶するまで殴られ吹雪の中に放置され、その結果死んでしまった人間は「革命化に失敗した敗北者」と罵られる。

これは映画だから誇張された表現なのだろうと思いきや、Wikipedia等を調べてみると実情はさらに悲惨なものだった。現実のものとは信じられないが、追い込まれた状況・極限状態で人間がいかに狂えるかが伺える。ある意味、戦争のような大規模過ぎて実感が得にくい狂気よりも、リアルにその細部が感じ取れる事件だったのではないだろうか。
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2018年3月3日
このビデオはレンタルで見たのだが暴力革命闘争の日本での闘争が凄惨さ
に満ちており、何故、森恒夫とその情婦永田洋子が殺人鬼と化したのか?
なに不自由なく坊ちゃんで育った大阪市立大学生<森恒夫>をここまで狂
わせたかを興味深く見た。結論は「ふざけやがって」である。また、何故
警察官数名の死者をだす前に陸自から64か89や狙撃銃、軽か重機関銃を借
りて全員射殺しなかったかの疑問は残った。こんな武器オタクのいかれた
連中を甘やかす必要があったのか?とも。

自衛隊の出動となれば、内戦の危険があるからそれは出来ないとしても
銃器を借りるぐらいはできただろう。
おそらく、人質あってのことだとは思うが警察官の死が悼まれる。でまあ
、その後、この連中の数人が革命理想国(北朝鮮)に赤軍派からの申し出
で人質交換により逃亡したのだ。そのあげくに「北朝鮮は理想国ではない
から、日本国に返してくれ」だと?まだ、獄中生活を選んだ森恒夫とパレ
スチナで実際戦闘した重信房子の方がましであろう。
で、この大阪市大というのは過激派坊ちゃん嬢ちゃんの温床のような一面
もあり、当時は市大卒業生が同僚にもおり、その立ち回りが賢いだけに散
々悩まされた経験がある。まあ、この映画を見て、今の韓国大統領の
文在寅の振る舞いに思いをはせた。大阪市大や専門学校などが第二志望
であれ、こんなことでリベンジする理由はない。そんなことだから、教師
批判ばかりして有頂天になって自らは学力努力せず、市立大学が不合格
になったことを「差別だ」と抗議するイカレタ北朝鮮籍高校生(朝鮮中級
学校卒業生ではない)が出てくるのだ。

文在寅にこの日本赤軍派と同じ臭いを感じる。当時の赤軍派の行動、極左
(新左翼過激派)と同様と同じ臭いである。ピョンチャンオリンピックを
自分の政権維持に政治利用し、仮想敵を日本国とし自分の足固めに利用
してるのである。自分の行動を正当化するために、バックに金正恩・平壌
政権と同調して「慰安婦問題」や「竹島問題」を持ち出している。が、本
当はそんなことはどうでもよく、そのまたバックにいる習近平独裁政権と
プーチン独裁政権がいる金正恩にすりよっているだけなのだ。いわば、当
時の極左が自分達の暴力闘争の後ろだてとして、暴力の正当化のため「日
本ヤクザの仁義なき戦い」を持ち出したのと同じようなことをやらかして
いるのだ。いうまでもなく、金正恩・平壌政権はは理想的社会主義政権で
もなんでもなく自分達の欲望存続のためなら困窮自国民の殺人もやらかす
世襲制国家社会主義(ナチス)思想である。

そこを、オリンピック万歳と切り離して考えねばいけないように思う。小
国家コリアンが大陸での存在感延命を大国や核開発に賭けているようなと
こがある。日本は被爆国の体験から核所有をせず、米国の核の傘の下に入
った。北朝鮮も自国人民が被ばくしてる可能性もある。そんなに自国の体
制に不安があるなら、自国が核汚染になる心配のない独裁政権、中国・ロ
シアの核の傘の下に入り、核放棄して経済の活性を図ればいい。原子核産
業は先が見えている。

戦中・戦後の婦女子の凌辱はスターリンのソビエト連邦における日本人強
制労働の中にもあり、ヨーロッパ解放の米軍兵にもあり、近々では目立っ
た者ではベトナム戦争における韓国軍兵士の中にもあり、戦争と言いう蛮
行の中では常に告発されるものだ。それを日本国一国に限ったのは自国の
恥を隠蔽する意図があると考えざるをえない。竹島問題にしても日韓共有
ということを考え漁業権の共有をすればいい。朝鮮半島の平和的統一など
ありえない。北朝鮮は両国共存ではなく、北朝鮮併呑を望んでる危険があ
ることを文在寅政権はわかってて反日をやってるのか?。今は外敵を作る
のではなく、韓国内政に力を注ぐべき時期と考える。もう大韓民国は世界
が認める立派な独立国という自覚が欲しい。

もう文在寅政権は、金正恩は、虎の威を借る狐であり、ブレーキのきかな
い罵り合いとどつきあいしかできない三流芸人と同じと気づくべきだ。
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