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カスタマーレビュー

2013年6月16日
本書は、元裁判官の現法科大学院教授が、裁判官をやめた後に初めて出した書籍であり、「民事裁判、裁判制度と法学、実務のあり方を洗い直し、その科学化、客観化を図る」ことが目的だという。
論述の対象が広すぎる故か、いささか散漫な内容だという印象も受けるが、全体としては民事裁判と制度の問題を扱っているといえる。

一読して、これまでの筆者の書籍に比べて、方向性が異なる(時に正反対に近い)意見なり事実認識が目につく。
たとえば、『民事訴訟実務と制度の焦点』337頁では、 裁判官による和解の「強引な説得」は稀な例であると述べていたが、本書では、「裁判官の独善的な和解、和解の強要、押し付け」が「現在の民事訴訟の最大の問題」の1つである(159頁)とか、 「困難な法的判断に対する裁判官の及び腰」の反面として、「安易な、あるいは押し付け的な和解」がなされる傾向がある(168-169頁) とまで踏み込んだことを述べている。
また、法曹一元制度について、『民事訴訟実務と制度の焦点』では否定的見解を明確に示していたのに(489頁)、本書では、「可能な限りすみやかに」実現すべきだとまで述べている(225頁)。

その他にも、現在の裁判官・裁判所の在り方に対する激しい批判の文句が多々あり、なるほど、裁判官を辞めた後でなければ発表しづらいだろうと思わせる。
具体的には、最高裁が裁判員裁判賛成にまわったのは刑事系裁判官達の基盤強化・人事権掌握のためであるとか(184-185頁)、最高裁事務総局による裁判官の支配・統制が強力であり、不遇な人事を重ねられた例を幾度も見ているとか(201頁) 、最高裁判決に対し、違憲判断が極めて少ないなど、「人権を踏みにじる判決を平気で下す」ものだという批判とか(226-227頁)、現在の裁判所の「ピラミッド型のキャリアシステム」には自浄作用を期待できないという現状認識とかが見られる(231頁)。
また、現在の裁判官の質に対しても否定的で、司法研修所教官は、最高裁事務総局のお眼鏡に適う人間をリクルートする能力を基準に選ばれる傾向が強いことから、裁判官の選別も客観性が乏しくなっているという現状認識も示されている(246-247頁)。

筆者は、こうした現在の裁判所・裁判官制度の問題点の要因を、最高裁事務総局の「上命下服、上意下達のシステム」にあると見ている。しかし、そんなことは、筆者が『それでもボクはやってない』に対して述べた感想と同様(198頁)、「まともな法律家なら誰でもわかっていること」に過ぎない。
裁判所の内部にいた者の述べることとしてリアリティーと一定の生々しさがあることは事実であり、筆者の受けた陰湿な対応にも若干触れられているが(225、256-258頁)、その種の「暴露モノ」としては物足りない。むしろ、井上薫・元判事くらいにぶち撒ければもっと面白かったと思うが、筆者の品性がそれを許さなかったのだろう。
当然、読んで疑問も沸いてくる。なぜ、今頃になって、そんなことを言うのか。かつての発言は何だったのか。
筆者は、あたかも自己が共産主義社会で統制を受けていたかに述べるが、上記のようなことを在任中に述べたとしても、最悪でも左遷されるだけである。国外追放されたり収容所に入れられたりするわけではない。退官を決意していたのであればそこまでの不利益でもないし、もっと言えば、現に裁判官でありながら勇気を持った発言をした前例は複数存在する。

勇気がないだけなら仕方ない。もっと問題なのは、筆者の過去の書籍での記述には、筆者の現在の記述に照らして「嘘」に近いものがあることである。
本書は「2007年の初めころにはすでにその初稿ができあがっていた」(4頁)というが、上記のとおり、その前年である2006年に出版された『民事訴訟実務と制度の焦点』では、本書と方向性が異なる(時に正反対に近い)意見なり事実認識が述べられていたのである。
それ以外にも、筆者は、かつて『民事訴訟実務と制度の焦点』の中では、最高裁事務総局も「合理化、透明化が進んでいるようであり、また、少しずつではあるが、開かれたものともなってきているようである。」とか(509頁)、裁判官の指導態勢も「開放的なもの」になってきており、任官者の水準もかつてに比べてそれほど劣っているものではないなどと述べ(524頁)、総じて、裁判所は自由で開放的で、能力を発揮し伸ばしていける場所だと述べていたのである。
 これらは、言いたいことをオブラードにつつんだとか、言いたいことの一部しか言えなかったというものではない。明らかに方向性が反対の主張内容であり、かつ、裁判所の実情を不当に美化したものである。筆者は、本書と『民事訴訟実務と制度の焦点』との関係について、「この書物において、その制約から書けなかった部分を補い、本意でないことを書かざるをえなかった部分を修正した」と述べるが(318-319頁)、書きたいことを控えることと、積極的に自己の意見と異なる(認識する事実に反する)ことを述べるのは、倫理的にも大きく次元が異なるはずである。しかし、不当に事実を歪めたことに対する反省めいた記述は見られない。
 
内容面について付言すれば、上記の事務総局支配について、本来は司法改革で正されるはずであったのに、事務総局の政治的要領の良さで素通りされてしまったという捉え方、司法改革について総論賛成・各論反対という見方(201頁)も視野狭窄である。
司法改革の論理からすれば、司法の権威が強化される方向に向かうのは全く自然な帰結だし、司法改革の「三つの柱」の1つである裁判員制度を批判しつつ総論賛成というのは苦しい立場というほかない。
しかし、司法改革で創られたロースクールの教員だという筆者の現在の立場からすれば、司法改革の全否定はできない相談であろう。筆者が本気で司法改革を支持しているのか、そうした利害故の記述なのか(あるいは、自分をもだましているのか)は、ここでは問わない。確かなのは、筆者は、かつては、裁判官という立場に反しないように、自己の主張や認識に反する記述も含む本を書き、現在も、ロースクール教員という自己の立場(利害)に反しない意見を述べているということである(本書でも、法科大学院に対しては肯定的である)。かつて、その立場の「制約」から自己の認識に反することすら述べた者が、今度の言説は違うという保障はどこにもない。

とはいえ、筆者個人に対する倫理的批判をするだけでは生産的ではない。そのような書籍ではあるが、裁判官に対する弁護士(会)によるアンケート評価など外部からの客観的評価をするべきなど、積極的提言と言うべき内容もあるのだから(251-253頁)、元裁判官からの意見として役立てるべく取り上げるのが前向きではあろう。

※以前のレビューは2013/6/16に投稿したが、7/2頃に、削除されていた。問い合わせたところ、「過度の引用」がガイドラインに反したためだという。引用した方が分かりやすい部分を適切に引用したつもりではあったが、amazonの方針に従い、「過度の引用」を抑えたレビューに改めた。結果的に、当初のレビューよりも不正確な紹介になっていないかという懸念もある。
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