カスタマーレビュー

2013年7月15日
 『哲学入門』という邦題を最初に付けたのは誰だか知らないが、本書 "The Problems of Philosophy" (哲学の諸問題)はそう訳されてきた歴史がある。この本の題名を「哲学入門」とは、上手く訳したものだ。本書は考える力さえあれば、誰にでも読むことのできる哲学書。種々の哲学説に関する専門的知識は必要とされない。本書の原書が出版された頃は、哲学の「問題本」ブームだったようで、G. E. ムーアやウィリアム・ジェイムズも、似たようなタイトルの本を出している。ただし本書のタイトルには ”The” が付いていて、それはおそらく、「これが決定版なのだ」というラッセルの自負の現われだろう。とにかく、ラッセルの『哲学入門』では、先人が何を言ったかではなく、何が哲学の問題になるのか、それらの問題をどう考えるのかが、おもに論じられるのである。本書を読むには専門的知識は必要ないというのは、そういう意味である(プラトンやカントの名前が出てきても、そういった固有名は実際のところあまり重要ではない)。
 とはいえ、著者ラッセルについて、すこし知っておいても良いだろう。ラッセルは、「ラッセル・アインシュタイン宣言」などの政治的活動でも有名だが、もともとは数学者として、アリストテレス以来引き継がれてきた論理学に革命をもたらした、現代の「古典論理学」の基礎を築いた人物の一人である。哲学者としてのラッセルは、自らが作り上げたその新しい論理学をベースにして、同時代のケンブリッジ・ヘーゲル学派(本書ではブラッドリーが言及されている)の観念論を批判し、新たな実在論的哲学体系を構築しようとした。本書がそのような歴史的文脈の上にあることを知っておけば、いくらか読みやすくなる。まあ、もちろん「観念論」などという言葉を初めて聞いた人でも、本書を注意深く読みさえすれば、ラッセルの言わんとすることを理解することはできる。

 さて本書は、そう言った歴史的文脈にある、1912年の原書の翻訳である。したがって古すぎる(と思ったほうが良い)。ラッセルの主張をそのままで正しいと見なしている現役の哲学者は皆無である。つまり、本書を通して、ラッセルの主張をただ理解するだけでは意味がない。知識がほしいなら、最新の哲学の解説書を読むほうがよっぽど良いはずだ。
 では本書の価値はどこにあるのか。本書が既存の哲学説の解説ではないところである。本書でラッセルは、初学者にも分かりやすい仕方で(つまり模擬的にだが)彼自身が考えを進める仕方を見せてくれる。だから初学者は、ラッセルの論述/思考に付いていきながら、彼の哲学の仕方を実地に学ぶことができる。そのとき読者は、ラッセルの議論の筋がちゃんと通っているのか、見落とされている論点はないのか、そういうことをしっかりと考えながら、ゆっくり綿密に読むべきなのだ。そうすると、ラッセルの議論に甘いところが幾つも見つかって、自分なりの反論を思いつき、それがそのまま初学者にとって、最初の「自分の哲学」となる。現在でも本書が価値のある「哲学入門」であり続けるのは、初学者が、精読と反論という「哲学の基礎訓練」を行い、さしあたっての「自分の哲学」を作るのにうってつけの本であるからだろう。
 ところで、20世紀を代表する大哲学者、ラッセルの弟子かつ友人でもあるウィトゲンシュタインは、この本が大嫌いだったらしい。ラッセルが本書で示すような哲学のやり方がほんとうに良いかどうか、あるいはそもそも哲学と言えるのか ―― この問題も、心に留め置きつつ本書を検討すべきかもしれない。
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