『哲学入門』という邦題を最初に付けたのは誰だか知らないが、本書 "The Problems of Philosophy" (哲学の諸問題)はそう訳されてきた歴史がある。この本の題名を「哲学入門」とは、上手く訳したものだ。本書は考える力さえあれば、誰にでも読むことのできる哲学書。種々の哲学説に関する専門的知識は必要とされない。本書の原書が出版された頃は、哲学の「問題本」ブームだったようで、G. E. ムーアやウィリアム・ジェイムズも、似たようなタイトルの本を出している。ただし本書のタイトルには ”The” が付いていて、それはおそらく、「これが決定版なのだ」というラッセルの自負の現われだろう。とにかく、ラッセルの『哲学入門』では、先人が何を言ったかではなく、何が哲学の問題になるのか、それらの問題をどう考えるのかが、おもに論じられるのである。本書を読むには専門的知識は必要ないというのは、そういう意味である(プラトンやカントの名前が出てきても、そういった固有名は実際のところあまり重要ではない)。 とはいえ、著者ラッセルについて、すこし知っておいても良いだろう。ラッセルは、「ラッセル・アインシュタイン宣言」などの政治的活動でも有名だが、もともとは数学者として、アリストテレス以来引き継がれてきた論理学に革命をもたらした、現代の「古典論理学」の基礎を築いた人物の一人である。哲学者としてのラッセルは、自らが作り上げたその新しい論理学をベースにして、同時代のケンブリッジ・ヘーゲル学派(本書ではブラッドリーが言及されている)の観念論を批判し、新たな実在論的哲学体系を構築しようとした。本書がそのような歴史的文脈の上にあることを知っておけば、いくらか読みやすくなる。まあ、もちろん「観念論」などという言葉を初めて聞いた人でも、本書を注意深く読みさえすれば、ラッセルの言わんとすることを理解することはできる。