カスタマーレビュー

2019年5月12日
 〈ちくま学芸文庫〉ベルクソン第二彈。第一彈である合田正人・平井靖史譯『意識に直接与えられたものについての試論 ――時間と自由』(二〇〇二年六月)での「これまでの訳書に較べると、原語を添記した箇所がかなり多いはずだが、そこには、従来必ずしも鍵語と思われていなかった表現を、新たに鍵語――もちろん訳者たちにとっての――とみなし、鍵語たる語彙をレリーフのように浮き彫りにしたいとの意図が込められている」(合田正人「訳者あとがき」p.305)といふ方針は、受けつがれたらしい。さらに本書では卷末に「事項索引」もあって各項見出しにも該當するフランス語が附してあるので、キイワードに注意して讀み解く助けになる。
 しかし、原書(下記URLでPDF公開)と照合すると、第三章の十四段落目(本書p.208)の「その連鎖の一つの環でしかないからだろう。」の後が脱文である。即ち、原文で": cet anneau communique alors son actualité au reste de la chaîne. "とある一文が本譯書では脱け落ちてしまって、これに對應すべき譯文が缺けてゐる。改版での修正が望ましい。
 http://www.ac-grenoble.fr/PhiloSophie/bergson-en-version-numerique/
 また「事項索引」は必ずしも網羅的でなく、例として「潜在的 virtuel」の項では、擧げられた七箇所のページ以外にp.15・18・38・40・41・48・55・68・70・108・125・140・149・187n・191・193・199・204・222・256・326・331・332・333・334・335・344・353の二十八箇所が遺漏である。重要な箇所だけ選擇した風にも見えない。
 「潜在的」の對義語と見られる「現在 présent」の項目も問題があり、三十三箇所採録されたページのうち「69」、即ちp.69にある「現在の努力」といふ譯語中「現在」の原語はprésentではなくactuelであるから、譯語は同一でも異語の混入である。そこで原文の形容詞actuel/actuelleや副詞actuellement等を本書に見ると、「現在(的)」と飜譯された箇所が大半だが(五十箇所以上あるうち二割程度は「現実(的)」「現勢的」とも)、これらは索引に採られてない。さらに類縁語を調べると、名詞actualitéは本書p.85・199では「現在性」だがp.313では「現勢態」と譯され(p.208で脱文なのは前述の通り)、動詞actualise/actualiserは全て「現実化」とされて「現在化」とは譯されないものの、réalise/réaliserも同じく「現実化」といふ譯語なので本書の譯文上では識別できない。例へばp.193に三箇所出てくる「現実化」は、原文だと前二者がréaliséで最後だけs'actualiseである。これらは混用され、ドゥルーズ『ベルクソニズム』第五章が對立を強調する程には峻別されてなかったわけだ。
 第四章p.313に「現勢態すなわち行動」とあって、原文を繙くとl'actualité即ちl'actionであるから語根を同じくすることが看て取れる。この「行動〔活動〕 action」も「事項索引」に立項濟みなのは良いとして、actionは第一章では神経經系を記述する語として「作用」と譯された箇所も多い(p.12以下)。p.30で「実在的作用の諸中心」といふ箇所には原語が添へてあるので「行動」と同語だと察せられるかもしれないが、「作用」と譯されたactionを本書の索引からは拾へないので、讀み直しながら氣をつけるしかない。「反作用」(p.17以下)とも「反応」(p.28以下)とも譯されるréactionについてもこれと同斷である。
 もとより一對一對應の逐語譯にするなんて無理にせよ、せめて譯註での語釋や譯者解説ででも補説しておかないと、折角の原語附記や事項索引が活かせまい。
 單純な脱字衍字も散見されるのは、譯者だけでなく「筑摩書房編集部の天野裕子さん」(合田「訳者あとがき」p.418)にも責任の一半はあらう。次の通り。
 p.78・13行目「放射されるめには」→「放射されるためには」
 p.92・12行目「示さざをえない」→「示さざるをえない」
 p.191・15行目「並置れた」→「並置された」
 p.222・14行目「刻印その行動に」→「刻印をその行動に」
 p.337・12行目「想起が真に脳のなかに真に置かれる」→「想起が脳のなかに真に置かれる」
 以上の如く、讀者が讀みながら補整してゆくべき所が種々あるわけで、本書一册だけ讀めば濟むといふほど完結した出來の譯書ではない。他の日本語譯とも併せて對照せられたし。本書の後に竹内信夫譯『物質と記憶 身体と精神の関係についての試論(新訳ベルクソン全集2)』(白水社、二〇一一年)、岡部聰夫譯『心と身体 物質と記憶力―精神と身体の関係について―』(駿河台出版社、二〇一六年)、杉山直樹譯『物質と記憶』(〈講談社学術文庫〉二〇一九年)等も出てゐる。
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