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2014年4月17日
自殺を予防したい心理学者としてはそれなりに活躍しようとしている著者の努力はある。
しかし、本書にあるキリスト教や聖書の引用が、ためになる人もいれば、ためにならない人もある。
私の知っている友人が自殺したいと言う気持ちに追い込まれた原因は、彼の通う教会にいる、東京神学大学出身の牧師のかたよった福音主義的説教、さらにその牧師の態度の背後にある教団内部での社会派と福音派のあくなき対立、福音派を標榜するキリスト教徒どもの社会の苦しみに目をそむける偽善などであった。
キリスト教がいかに人類の歴史において、犯罪的であったかということは、すでに海外ではよく知られている。「犯罪の歴史としてのキリスト教」という何冊にもおよぶ大著があるが、残念ながらまだ和訳がないらしい。すでにヨーロッパ各国の言語で出版されている。キリスト教は、イエスの人格と教えなどとはおよそかけ離れた教会、教団を形成してきた。たぶん、聖書の教えを、キリスト教とか教会とかと切り離しつつ読めば、それなりに読めるのかもしれない。
日本の新教の教会は、経済的な基盤のある中産階級かインテリが多く、経済的に窮地に追い込まれた人、本当に苦しんでいる人は、あんなところには行かないし、いつけない。
著者は聖書の理念をふりまわすのがはたして実践的に意味があるのか、原理的な反省が必要である。
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2012年2月23日
この手の本はどうしても向き不向きがあると思いますが、
私にとっては非常に良い本でした。
キリスト教の引用が多いので、
キリスト教に抵抗がある人は辛いかも知れません。
個人的には☆5なのですが、
期待させ過ぎてがっかりさせると悪いので☆4にしました。
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2011年9月13日
筆者の碓井氏は、人が「死んではダメ」という時、正論を吐いているに過ぎない(助けにならない)、ということをよく知っている。死んではダメと言う人は、それでも「死にたい」と言い続ける人に対して結局のところ「死んではダメ! なぜわかってくれないの?」と言いたくなるのである。誰かが死にたいと言っているのを聞くと、たいていそう言ってしまうものだろう。でもそれは、ほんとうはそれを言う自分自身がそう思いたいっていうことなんだ―これが、本書のメッセージの根っこにある。

私たちは誰かに慰められた経験を多かれ少なかれ持つと思うが、そんなとき、自分はどう感じていただろうか? 私もその一人だが、そのとき(なぜこの人はわかってくれないのだろう? 私は死にたいと思っていることを)とひたすら感じていた。その人の方は「なんでそんな風に考えるの? そんな風に考えちゃダメ」とひたすら言い続けていた。「信じられない、あなたみたいな人がそんなことを言うなんて」とも言っていた。お説教され、批判され、その人がいなくなった後、私は、自分がダメなんだ、という罪悪感にいっそうまみれているだけ。(そんな風に考えちゃうから私なんかいない方が本当にいい)と、感じてしまっていた。

「死んではダメ! なぜわかってくれないの?」という想いは、本当はその人自身の恐れの裏返しであって、目の前で、死にたい、と訴えている人への真実の愛のこころで語っているわけでは、多分ない。慈愛のこころから、死にたい、という声を受けとめるなら、なぜこの人はそう思うのだろう? という問いになり、「あなたはどうしてそう思うのですか」となるのだと思う。死にたいと思う理由を聞いた上で、なお聞き手がその語り手に言えることがあるとすれば、それが「あなたが死んだら私は悲しい」なのだ。本当はいろいろ言いたいし、聞きたい。でも、真剣に向き合えば合うほど、結局それが、聞き手が語り手の今・ここのこころを尊重してなお、押しつけるでなく、唯一言うことができることになっていく…このことを筆者は体験し尽くしているのだろう。

また、聞き手の側の気持ちとして名言だと思ったのことには、「辛いのは、泣く人と共に泣きたくなることではなく、泣いていたことを知らなかったこと」と筆者は書いている。ほんとうにそうだと思う。「あなたが悲しみのどん底にいるとき、あなたの悲しみを知ることができなかったことを、後になって苦しむ人がいる」ということだ。

ただ、

「あなたは一人ではないし、あなたは愛されているのですから」

と言ってしまったところは、キリスト教信者ならではの台詞なのかとも思う。筆者も何度か言及しているマザー・テレサが言ったように「この世で最も不幸なことは、誰からも必要とされていない、と感じること」という現実を生きている人がいるとすれば、筆者のこの言葉の部分は誤解を受けるかもしれない。また、同様の観点から、筆者は、「だからこれからは、楽しいことも、楽しくないことも、何かあったら連絡してほしい」と友人に伝えた、というが、この点も、微妙だと思った。つまり、「あなたが死んだら私は悲しい」というメッセージは、「あなたは一人ではないし、あなたは愛されているのですから」というお説教を押しつける代わりの言葉だったはず、と思うのだが。

そういう意味では、本著には相反する両義を同時に伝えてしまっているところが散見される。碓井氏自身は自身のこの矛盾について終始語ることがないため、なんとなく透けて見えてしまう矛盾が、個人的にはやや息苦しかったりする。

だが、その両方の気持ちが本当のところなのだろう。碓井氏自身(私たち自身)も自身の恐れを持っている…それ自体は自然なのだ。相手の身に自分を置く、ということは口で言うのは易しい。私たちは意識的に、身を置き換える、という修行をする必要があるのだろうと思う。

本書は専門家向きではないが、「あなたが死んだら私は悲しい」とっかかりを考えさせてくれる好著だと思うので、うつに苦しむ方などの周囲の人にひとまず奨められると思う。
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