上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0ソン・ガンホの表情!
2018年11月28日に日本でレビュー済み
ソン・ガンホ主演の「弁護士」の拙レビューでも触れさせて頂いたが、劇場で見逃していた今作をようやくBDにて鑑賞した。
確かにこれは世評通り骨太な社会派映画ながらエンタテインメントとしても十分楽しめる作品だった。
80年代軍事独裁政権下にあった韓国で激化していく民主化のムーブメントの大きな契機となり象徴であった光州事件、日本でも大きく取り上げられたこの事件の真実を伝えようとした有名無名な人びと、これはひとりのドイツ人ジャーナリストと韓国のタクシー運転手の物語、映画的フィクションを絡めながらも事実に基づいた実話と言う。
ご存じの通り、朝鮮戦争が終わり南北断絶、一種触発状態が続いた韓国では反共主義を旗頭にした極右政権が誕生し、それは長らく支配していたパク大統領の暗殺後も軍事クーデターにて政権を握ったチョン・ドゥファン独裁政権で継続されようとしていた。
パク亡き後、民主化への動きに一抹の期待を抱いていた人びとは落胆し、そこから抵抗の火の粉が挙がったのが地方都市の光州だった。
映画では連日激しさを増すデモや抗議行動とそれを武力にて制圧する国家権力の弾圧ぶりが描かれる。
老若男女を問わず容赦なく人びとに発砲する軍隊の暴挙、さすがにここまでやりますか的な描写に言葉を失う。
ここら辺がいかにも感情を剥き出しにする韓国映画らしい。
でも、こんな感じで紹介すると政治色の強い理屈っぽい映画との印象を持たれるかも知れないが決してそうではない。
前述したように今作の主人公はタクシー運転手、社会意識も薄く日常の生活に追われながらも幼い娘を男手ひとつで育てる事に慎ましやかな幸せを感じている中年男、ソウルから光州を往復するだけでいいお金になるとの話を盗み聴きし、ちゃっかり客を奪うずるさも持ち併せている。
映画はこの主人公がドイツ人ジャーナリストを光州まで乗せ、彼に同行し目撃した事や現地の人びとと出逢い体験した出来事を追いながら、国内メディアで伝えられている事とまるで違う事実を否応なしに知っていく展開、つまり徹頭徹尾庶民の目線で描かれているのだ。
ましてや、演じているのがソン・ガンホ。壮絶でシリアスな映画を救ってくれるようなコミカルで温かみを感じるのはガンホの功績が大きい。
喜怒哀楽、揺れ動く心の動きを表情ひとつで観る者に伝えるだけでなく心響かせる、舌を巻く名演ぶりだ。
幼い娘を想うあまり後ろ髪をひかれる思いで光州をひとり後にした主人公が途中で立ち寄った食堂で改めて知る事実と報道の乖離。このままソウルの日常に戻るのか、光州に戻り事実を世界に発信しようとするジャーナリストをソウルまで送り届けるのか、様々な感情が交錯し逡巡するガンホが素晴らしい。
カンヌ映画祭で絶賛された「万引き家族」の安藤サクラの泣き顔と共に、生涯忘れ得ぬ泣き顔であったと思う。
ドイツ人ジャーナリストと問題意識を持つ大学生を除けば物語の主要人物はみな市井の人びと。言い換えれば、光州事件は社会活動家や学生たちが煽動した暴動ではなく、民主化を心から願うと同時に国家体制への嫌悪から抗議行動にシンパシーを感じた一般庶民たちの思いが後押ししたものだった。
光州事件と天安門事件、80年代の初頭と末にお隣の韓国と中国で起こった激しい民主化闘争、イデオロギーがなんであれ強権独裁的な政治体制に立ち向かう人びとの姿に熱い共感を覚える。