上位の批判的レビュー
5つ星のうち3.0アニメで描かれた2つのゴジラ
2021年12月23日に日本でレビュー済み
・GODZILLA 怪獣惑星(2017年11月17日)
GODZILLA 決戦機動増殖都市(2018年5月18日)
GODZILLA 星を喰う者(2018年11月9日)
全編3DCGによる3部作の劇場作品である。
取り敢えずまとめて「3部作」と省略しておこう。(流石に「GODZILLA」と略すのは混乱の元だ。)
・ゴジラ S.P<シンギュラポイント> 全13話
こちらは2021年4月~6月放送のテレビアニメ、従来の2Dアニメと3Dアニメを併用した作品で、略称は『S.P』としておく。
「3部作」は実写寄り、『S.P』は従来のセルアニメ寄りの作品だが、共にCGでゴジラを描いたアニメ作品だ。
2作を比較しつつレビューしてみたいと思う。
■アニメゴジラに関して & 「怪獣映画」論
因みに、アニメゴジラとしては、過去にアメリカで製作された2つのテレビシリーズが有るのだが……
・Godzilla (1978年のテレビアニメ) 1978年~1980年 全26話、 『トムとジェリー』のハンナ・バーベラ・プロダクション製作
・Godzilla: The Series(ゴジラ ザ・シリーズ)1999年~2000年 全40話(ローランド・エメリッヒ版『GODZILLA(1998)』の続編)
どちらも日本語吹替も字幕も無い北米版しか出ていないので私は未見だ。
見たい様な見たくない様な……『ゴジラアイランド』を見た様な人間には問題無い?
ゴジラの日本製アニメは1994年・1996年に学習研究所が製作した短編の学習アニメ『すすめ!ゴジランド』なる物が「3部作」『S.P』以前に有るそうな。
『よめるよ かけるよ ひらがな(1994年)』『 かぞえられるよ かず1・2・3(1994年)』『ゴジラとあそぼう たしざん(1996年)』『ゴジラとあそぼう ひきざん(1996年)』
OVAなんだそうだが、題名を聴いただけで「う~~む。」であるが、一部サイトでは結構褒めてる。
----さて置き。
自分の「怪獣映画」に対する観点から評すると、「3部作」と『S.P』とでは真逆なのである。
先ず私は初期の「怪獣映画」とはシュルレアリスムの映画だったと思っている。
シュルレアリスム、和訳は超現実主義で、画家としてはマグリットの作品が代表的だ。
似て異なる物にアブストラクト、抽象主義があり、こちらの代表的画家はモンドリアンだろう。
両者の違いは、絵を適当に切り刻むと解るのだが、何かを描いていると感じるのが超現実主義で、何か塗ってあると感じるのが抽象主義。
現実世界の具象「現実」を組み替えて世界を描くのが超「現実」主義なので、現実や現実に近い世界に異物である怪獣が放り込まれ、その世界を侵食していく「怪獣映画」の構造はシュルレアリスムと思うのだ。
怪獣自体のデザインはアブストラクト的発想で生まれた物も多いが、そうした怪獣造形の先駆者として名高い成田亨氏は、ウルトラマンと怪獣の対比をコスモス(調和のとれた宇宙)とカオス(混沌の宇宙)の対決としている。
話をアニメゴジラに戻すと、「3部作」は現実がゴジラと言う新しいコスモスにとって代わられた世界が舞台で、「怪獣映画」ではなく怪獣的生物が自然な存在として有る世界を描いたSFなのだ。
対して『S.P』は、現実が猛烈な勢いで「紅塵」と言う異物に侵食されていく物語であり、SFである前に先ず「怪獣映画」なのである。
私は正直、『S.P』の方が好きなんだが。
(「紅塵」は『モノリスの怪物 宇宙からの脅威(1957)』に登場する宇宙鉱物の様な、「特異点怪物」と言って良いかもしれない----流石に怪「獣」とは呼べないが。)
■怪獣好きには実に残念な「GODZILLA 3部作」★★★
『GODZILLA 怪獣惑星』のゴジラは、言わば「僕の考えた最強のゴジラ」が世界を蹂躙し尽くした後の世界である。
「僕の考えた最強のゴジラ」ってのは、例えば『ゴジラvsデストロイア(1995)』の「バーニングゴジラ」なんてのはスペック的に該当し、劇中の脅威度では『シン・ゴジラ(2016)』のシン・ゴジラが該当する。
ゴジラ映画の歴史を考えると、最初に「僕の考えた最強のゴジラ」が登場すべきだったのは『ゴジラ(1984)』の続き、実際の作品では『ゴジラvsビオランテ(1989)』だったのだが……
『ゴジラ(1984)』のラストで、ゴジラは誘導されて三原山の噴火口に消えた訳なんだが、原爆以上の火山のエネルギーで死なないならば、ゴジラに効く攻撃って何なの、人類の兵器って効果あるのって話である。
(火口に誘導されるのは兎も角、落ちてしまう段階でゴジラの生存本能は如何なっているんだーとか、一度誘導できたんなら被害を抑える為だけにでもまたやれよ、とか思うんだが、まぁこれは置いておく。)
んで、此の状況からゴジラが復活するんなら、どんな超ゴジラに進化するんだと思っていたが、実際の所は超ゴジラと言うより一寸凄いゴジラに成っただけだった。
『怪獣惑星』のゴジラはあの変容した地球の自然(コスモス)の象徴で、人類の方が異物扱いなのだ。
SFとしては、人類が居住可能と思われる未知の惑星に宇宙船が到達して~ってパターンをアレンジした物に成るんだが、「怪獣映画」の文脈からは逸脱しているのだ。
既に完成された怪獣の世界に、人間が紛れ込む構図なので、シュルレアリスムと言うより空想画である。
小説に成っている前日譚『GODZILLA 怪獣黙示録』『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』なら「怪獣映画」的と思われるんだけどね。
そう言う訳で、『怪獣惑星』は、SFとしては古典的だが、ゴジラ映画としては人類は唯虚しく抗うだけで「3部作」の最後まで救いが無い。
SFとして見てれば、映像は渋く美しいんだけど。
『決戦機動増殖都市』は、仮にも「怪獣映画」を名乗るなら、本編中は回想シーンで動かない頭部が1カットしか登場しない「メカゴジラ」、ほぼセリフでのみ語られる「メカゴジラ」を形としてきちんと出せよと思うのだ。
『ゴジラ対ガイガン(1972)』の「ゴジラタワー」の様に動かなくても良いから、対ゴジラ用機械化都市の象徴・顔として存在しているだけで良かったのに。
(動かないメカ怪獣が居ても良いと言うのは、昔からの自論である。)
『星を喰う者』の「ギドラ」、過去作品では最初の『三大怪獣 地球最大の決戦(1964)』以降は毎度宇宙人に操られて出てくる「キングギドラ」、こいつは本当は逆に宇宙人を操っているんじゃないかと言うのが自論なんだが、それを肯定してくれる様な展開をしてくれたのは嬉しい。
嬉しいんだが「信徒」が居なくなればあっさり消滅ってのもなぁ。
ゴジラに千切られてこちらの次元に残留したエネルギーが具象化してゴジラと対決、滅ぼされるくらいの展開が無いと「怪獣映画」とは言えない。
商品で出ていた怪獣然とした「ギドラ」と「メカゴジラ」は何だったんだ?
映画を見に来て貰う為の釣りか?
いや、もう腹が立ってきた、詐欺だろこれは。
SFとしては★★★★付けても良いかなとは思うんだが、怪獣好きとしては★★、総括して評価は★★★とした。
一寸ストーリーを直すだけで理想の怪獣映画に成りそうな要素を孕んでいただけに、残念と言うより悔しい事此の上無い。
3人のヒロインの運命が夫々に悲しい。
否、活躍自体が少なくて……女性が活躍しないよ、寧ろ主人公周辺は押し殺した男色臭が漂っていて、微妙に引いてしまう。
嫌う程ではないんだが。
古いOVA『大魔獣激闘 鋼の鬼(1987)』を思い出した。
あれも周囲のヒロインそっち退けでメインの男2人の愛憎が……面白かったけど。
■町内から世界へと異変が拡大していくスリリング『ゴジラ S.P』★★★★★
古典的な「怪獣映画」の魅力は、異変がジワジワと拡大していく所に有ると私は思っている。
何時の頃からかヒーロー対怪獣又は怪獣対怪獣のバトルが不可欠に成ってしまったが、日常に怪獣が現れる異常事態が複数並列して起こるなど有り得ない。
シリーズの怪獣物は、既に幾らかのレベルで世界が非日常化しているのだ。
併し乍ら同種同傾向の怪獣が何等かの要因で複数或いは群れで出現するならば、物語として許容出来る。
『S.P』の怪獣達は「紅塵」と言う要因で次々と出現する。
怪獣の大量発生の要因を設定し、複数発生どころか世界規模で怪獣を大量に出現させてしまったのはいっそ爽快だ。
町内のお祭りから世界規模の大異変へと、雪達磨式に異変が拡大していくスリリングは嘗て無い。
新聞記事などで世界の異変が描写された事はあったが、此処迄の世界異変描写は、アニメの利点を大いに生かした展開と言える。
怪獣が「放射能」の影響で出現する展開自体は、使い古され過ぎて無理が有るとも感じていた。
反面、「紅塵」と言う「放射能」に代わる設定上、ゴジラは原水爆とは無関係な生命体と成ってしまい、物語の「核」へのメッセージ性が減じたのは残念だ。
「紅塵」は画期的な怪獣発生の要因なのだが、他の物語に使い回しが出来ないのが残念な所だし、「放射能」に比べるとメッセージ性は判り難くなるのが辛い所。
(メッセージ性が無い訳ではなく、危機の要因が判り難く成っている分、現代に即した問題提起とは言える。
使い回し云々の部分は、単に類似作品を創り難いと言うだけなので、本作品の価値とは関係無い。
「3部作」も「放射能」云々の部分は無いが、怪獣誕生の部分が殆ど描かれていないので、抑々視聴者の意識に上らなかったりする。)
驚いたのは、本作の展開のメインに「ジェットジャガー」と言う往年の色物キャラが据えられていたこと。
最初は完全に受け狙いの冗談だと思っていたからネェ?
『S.P』を見る前に、「貴方は2021年にジェットジャガーの活躍に心躍らせられるだろう。」なんて予言されても、絶対信じなかったろうし、事前情報で此の事を知っていたら、『S.P』を視聴する気が失せていたに違いない。
「ジェットジャガー」の登場する『ゴジラ対メガロ(1973)』は、昭和ゴジラシリーズ最低の作品と私は思って居るんだが、其の超駄作を嘲笑うかの様に「ジェットジャガー」は『S.P』で大活躍する。
もう「ゴジラ対ジェットジャガー」と副題を付けても良い位に、物語の根幹を背負ったキャラクターと化している。
然も旧作の無茶苦茶不合理な展開に呆れ果てた部分を拾うかの様に、彼是と整合性を付けて活躍しバージョンアップしていく「ジェットジャガー」。
否、今作に拠って『対メガロ』が実は傑作だったなんて言う積りは全く無いんだが。
何れにせよ、こうした視聴者を驚かせてやろうと言う遊び心は嬉しい限りだ。
「3部作」の方はこうした遊び心が乏し過ぎるんだよな~。
以下、ちょいと蛇足を。
登場する怪獣の内「シャランガ(サルンガ)」は過去の東宝怪獣に原型の無い新怪獣だが、「バラゴン」と「ガバラ」がイメージソースとも言われている。
私自身は上記に加えて、「サル」ンガの名前から言っても動きから言っても、版権の問題で登場できないだろう「キングコング」が意識されているんではないかと踏んでいる。
蛇足其の2、主要女性キャラが皆個性的で男性も中々個性的、チョイ役&モブ女性キャラが可愛い---正統派美少女&美人キャラがメインにいないって何だろね~面白いけど。
■本家は如何した?
『ゴジラ FINAL WARS(2004)』以降、『GODZILLA(2014)』『シン・ゴジラ(2016)』「3部作(2017~2018)」(ゴジラは登場しないが『キングコング:髑髏島の巨神(2017)』)『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(2019)』『S.P(2021)』『ゴジラvsコング(2021)』と続いたゴジラシリーズ。
日本版の実写作品が『シン・ゴジラ』しか無いのは聊か寂しいのだが、0から作品世界を仕切り直す場合は別として、『シン・ゴジラ』は続編を創れる様な作品ではない。
創ってしまうと、多分「シン・ゴジラ」の新種が出てくる様な展開と成り、平成のVSシリーズを追随してしまうだろう。
平成VSシリーズの「ゴジラ」は、『ゴジラvsビオランテ』以降、多くの作品が「ゴジラ」対「ゴジラ亜種」の戦いと成っている。
植物ゴジラ「ビオランテ」、ロボットゴジラ「メカゴジラ」、宇宙ゴジラ「スペースゴジラ」ってな具合だ。
平成2期も宇宙人+ゴジラパワー「オルガ」、「メガニューラ」+ゴジラパワー「メガギラス」、3代目メカゴジラ(+ゴジラの骨)「機龍」だったしね。
『シン・ゴジラ』の続編を創ってしまうと、此れ等の二番煎じに成るとしか思えないし、其れ以上を目指すならば余りにもハードルが高く成り過ぎる。
かと言って怪獣と怪獣の対決路線では、アメリカ版と比較される結果が容易に想像でき、戦わずして敗色濃厚なのである。
要するに、日本版の実写作品としては、ゴジラと言うコンテンツは積んでいる様な気がするのだ。
怪獣と言うコンテンツならば、「ウルトラマン」シリーズの様に未だ々だ切り口は有ると思えるのだが。
ゴジラの日本版実写作品を作るなら、暫く期間を置いて熱りが冷めるのを待つか、例えば『ゴジラ対ガメラ』の様なトンデモ展開を目論むとかしないと、駄目なのかも。
----まぁ、意外にひょっこり復活してしまう可能性も期待しないではない。
矢張り可能性が高いのは実写+3Dゴジラかなぁ?
尤も、アニメゴジラは上で評した2作で十分と思う。
2023.1.追記
何!?「ゴジばん」って!!!斜め後方からの不意打ちだよ、知らなかったよそんなもん。
2024.7.追記
アニメ「ただいま!ちびゴジラ」「ちびゴジラの逆襲 」----ああああ?