上位の批判的レビュー
5つ星のうち1.0一期とはほぼつながりのない別作品
2017年10月20日に日本でレビュー済み
一期のバハムートジェネシスからのファンです。
二期製作発表から楽しみにしており、ヴァージンソウル全話視聴しました。
いや~~……ここ数年でダントツ視聴者を馬鹿にした結末だったなあと怒りを覚え、それすら通り越していまや虚無感を覚えるほどです。
実際この二期の大筋を作った大御所脚本家はアニメファンなんて馬鹿たちにはこれで充分でしょって思ってるんでしょうね。
「一期の脚本の言いたいことがわからなかった」とすごいこと言ってましたがそのうえで満を持して出してきたのがこれですから。すごい神経です。
まず1話から神・魔・人それぞれのめまぐるしい状況が示され謎もふんだんにちりばめられますが、はい、そのすべてが最終回まで何も説明されないし解決もされません。なにひとつです。
本作の主人公であるニーナは竜に変身できるという特性があり初期には「小さいバハムートのよう」などと非常に意味深な表現をされていましたが結局とくに最後までそのへんの設定は活かされることなく、ただただ顔のいい男に一喜一憂するキャラに終始します。
また、この二期のキーマンである人間の王であるシャリオスは過酷と言える厳しさで神魔を弾圧しますが、その理由は当然途中で明かされるんだろうなあたのしみだなあと思っていましたが、これもまったく説明されません。
ニーナの恋愛相手としても、この物語の骨子としても、そこスルーするのってアリですか…?全24話はいったい何のためにあったんだ???
『冷酷だけどどこか秘密を秘めた王』が突然恋愛脳のそのへんにいそうな男に成り下がり、秘密も使命もそんなもの最初からなかったとばかりにほったらかしたまま最終回まで走り切ったのを見てもしかして今作は脚本家渾身のギャグだったのかとすら思いました。
また一期が大好きだった者としては許しがたい改変の大盤振る舞いで、「本当にこの脚本家は一期を見たのか?見てないだろ?」としか思えない有様です。
何故かファバロは一期で世界と好きな女を天秤にかけて世界を取った腰抜け的設定にされていますが一期ではもちろんそんな話はありません。
カイザルやジャンヌ、アザゼルといった一期の人気キャラも、一期を見ていれば「いやいや10年後っていう設定だとしてもそんなことするか?ぜったいしない」という言動行動のオンパレードでもう終盤では同じ名前の別キャラではと遠い目で見ていました。
そしてもう何より、軽い。命のおもさがかるいかるい。
一期から二期からの登場問わずキャラが容赦なく意味なく無駄に死にます。登場した意味ってあったのかなっていうレベルで死にます。
他のキャラの新しい行動のきっかけにさせるという意味合いのためだけに死にますし本当に特に意味もなく死にます。
そしてその失われたたくさんの命をかえりみることも思い返すこともなく、主人公は自分では何もせずむしろ邪魔ばかりしながらもなぜか他のキャラに助けてもらいながら存分に恋愛だけに注力し、好きな男とダンスを踊ってしあわせそうです。その過程で「私の大切な仲間」がたくさん死んでるのに。
最終回ラストのダンスシーン、冗談でなく寒気がはしりました。
今作では『恋愛』以外は脚本家にとって意味がないし興味もなかったんでしょうね。だったらオリジナルでやってください。
一期の設定もなにもかもぶち壊してやりたいことやった結果、広げた風呂敷を畳むこともできず恋愛だけ雑に成就させてハイおしまい。
びっくりしますね。
一期に劣らぬ作画の美麗さと壮大な音楽は素晴らしかっただけにストーリーのぐだぐだっぷりが余計強調されてもう悲劇以外に当てはまる言葉を思いつかないです。
ジェネシスとこのヴァージンソウルをまだ見ていない人にひとつ助言するなら、ジェネシスを見たらこの作品は見ないほうがいいかもということです。多大なショックを受けるので。百歩譲ってソウル→ジェネシスの順番で見ればまあ…ショックは軽減されるかもしれません…。
脚本家の大石静さんの言いたかったことってなんなんでしょうね。誰か私に教えてください。