上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0「電気グルーヴ」とは、兄弟以上の絆を育んできた2人とって正に「人生」そのもの
2016年4月4日に日本でレビュー済み
いきなり英語のナレーションから映画が始まり、ビックリしました。
海外でもその名を知られる「電気グルーヴ」のことですから、この作品も世界市場を意識して制作されたのだと思います。
そして、破天荒と表現したいほどの熱気、無尽蔵とも思われる2人のパワーに改めて驚かされました。
非常に見応えのあるドキュメンタリーだと思います。
「DENKI GROOVE THE MOVIE? ― 石野卓球とピエール瀧 ―」は、2014年7月25日の「FUJI ROCK FESTIVAL」グリーン・ステージでの大観衆を前にしたライブ映像からスタート(この映像は、要所要所に差し込まれています)。
ナレーションが英語でビックリしました(日本語字幕が付いているのでご安心を)。海外でもその名を知られる「電気グルーヴ」のことですから、この映画も世界市場を意識して制作されたのでしょう。
年代順の貴重なライブ映像と、スチャダラパーの3人(BOSE、ANI、SHINCO)、初期のメンバー CMJK、CORNELIUSの小山田圭吾、そしてこの人抜きで電気グルーヴは語れない 砂原良徳(まりん)など多くの関係者の証言により、四半世紀以上もの間、シーンの最先端を突っ走ってきた恐るべきテクノ・ユニット「電気グルーヴ」の本質を、監督 大根仁は暴き出そうとします。
さて、時代は一気に1989年に遡ります。
「人生」を経て結成された「電気グルーヴ」が大阪 十三ファンダンゴで初めてステージに立った時の荒い映像がそれ。卓球さんがベースを演奏し、瀧さんがキーボードをつま弾く姿を確認できるのも楽しい。当時から、おしゃべりもライブでの重要な要素でした。
その後、1991年「FLASH PAPA」でメジャーデビュー。たった2年で日本武道館単独ライブを敢行するほど人気を博し、更に評論家も絶賛した1993年の「VITAMIN」で音楽的次元を飛躍的に高めるも、1996年「ORANGE」で最初の躓きを経験。
この時期は、アルバム・セールスの落ち込み、ライブ観客動員数の下降ばかりか、マネジメント面でもトラブルが続き、彼らの心もかなり荒んでいたようです(卓球さんは涙ながらに、その悔しさを語ったとか・・)。しかし、「ここで決めないとダメだ」とばかりに、我々には想像もつかない努力を重ね、1997年、大ヒット・アルバム「A」で彼らはリベンジを果たします。収録曲「Shangli-la」は、テクノ以外の音楽ファンにもアピールするほどのメガ・ヒットを記録。我が国における「電気グルーヴ」の存在は不動のものとなります。
1997年7月26日の第1回「FUJI ROCK FESTIVAL」セカンド・ステージでの、台風をブッ飛ばすほどのテンションに満ちたライブ映像は圧巻。ここで、瀧さんのキャラクターが固まったと良徳さんも語っています。
もはやその勢いは国内にとどまらず、1998年にはヨーロッパに進出。現地のステージでは、その激しいサウンドと相まって、ケンタウロスに扮した瀧さんに、観客は度肝を抜かれたことでしょう。
しかし、卓球さんがドイツのシーンを意識していたのに対し、良徳さんはイギリス中心のサウンド志向という相違がこの時期に明確になり、1999年4月に良徳さんが脱退。
遂に電気グルーヴは、石野卓球+ピエール瀧のユニットとなります。
しかし、以降も、サポート・メンバーを従え、国内外でライブを敢行。また、卓球さんは、レイヴイベントWIREを主催するなど、その勢いは増すばかり。
しかし、2000年の「VOXXX」で行き着くところまで行ったのか、2001年には一旦、活動を休止。
しかし、2005年、同じく休止状態であったスチャダラパーとのコラボレーションをきっかけにシーンへの復帰を果たし、ライブ活動をこなしながら、2008年に「J-POP」「YELLOW」、2009年「20」と立て続けにアルバムをリリースし、完全復活。
その後のサポート・メンバー KAGAMIさんの2010年5月の急逝はショックだったとは思いますが、2013年には「人間と動物」をリリース。そして、冒頭の「FUJI ROCK FESTIVAL」に戻り、このドキュメンタリーは幕を閉じます。破天荒と表現したいほどの熱気、無尽蔵とも思われる2人のパワーに改めて驚かされました。
「電気グルーヴ」とは、兄弟以上の絆を育んできた卓球さん、瀧さんにとって「人生」そのものだと思います。
そして、この映画を観終わった一人一人にも、自らの人生を振り返るひと時が訪れるに違いないと感じました。
尚、特別編集映像には、本編で紹介されたライブがロング・ヴァージョンで収録されています。その88分のボリュームには大満足。
1989.8.20 大阪での電気グルーヴ初のライブで歌われる「N.O.」は非常に新鮮。
1989.11.27 新宿ロフトではギターが加わり、卓球さんがリード・ヴォーカリストのバンドみたいです。
1990.2.11 原宿クロコダイルもギター入りですが、サウンドはグッとディスコ風に。瀧さんのファッションはPublic Enemyみたいで可笑しい。
1991.6.28 日本武道館は、ハードなラップで押し切っています。
1991.8.1 NISSIN POWER STATIONでは、ハンサムなCMJKがゲスト。彼への熱い声援に、2人は「俺たち誰・・?」と。
1991.11.17 渋谷公会堂では、新宿2丁目ダンサーズがアンコールで登場。このある種のハチャメチャさも彼らの魅力のひとつ。
1992.5.23 日比谷野外音楽堂は、冒頭で「テクノ・ロックンロール!!」と絶叫する卓球さんが印象的。
瀧さんは、1992.7.23のパワステでは拡声器を抱え、1992.8.31のパワステではペットボトルの水を客席に浴びせかけます。このあたりから、ステージでのパフォーマンスはエスカレートしていったようです。
そして、1992.11.13 千歳空港大パニックは、巨人軍のユニフォームに着替えた2人が、空港出口でファンにもみくちゃにされる様子が写しだされています。当時は正にアイドル的な存在でした。
1995.8.27 日比谷野外音楽堂は、10周年ライブで、派手な花火の演出も。
1997.3.18 新宿リキッドルームでのサウンドは混沌としており、ハードかつヘビー。
そして、1997.7.26 富士天神山スキー場「FUJI ROCK FESTIVAL」のライブ映像は凄まじい迫力。富士山の被り物の姿で何かに取り憑かれたように叫び、走り回る瀧さんの姿が目に焼き付いて離れません。彼らのテンションがひとつの頂点に達した瞬間でしょう。
1998.4.30 ドイツと、1998.5.2 スイスの映像からは、欧州への進出を果たした彼らの雄姿を確認できます。
1998.9.4 ポーランドでは、観客が踊り狂っています。
1999.8.7 オランダでも凄い人気。異星人に扮した瀧さんが笑いを誘います。
2001.9.8 横浜アリーナは、「WIRE01」のステージで、瀧さんはハードゲイの雰囲気。
休止期間を経た2008.4.1 恵比寿リキッドルームでは、まりんがゲスト参加。ステージに躍り出て「ママケーキ」とヴォーカルも披露します。
2009.7.11 恵比寿リキッドルームは、結成20周年ライブ。正装した2人にはもはや貫録が。歌い出しを間違え、3度もオープニングをやり直すのも余裕でしょうか?KAGAMIさんの姿が確認できるのも嬉しい。
2015.7.13 同じく恵比寿リキッドルームは、このライブハウス移転後11周年記念のライブ。サウンドが成熟しています。瀧さんも地に足がついている。この落ち着いたグルーヴも快感。
最後の最後で2人の挨拶が。インフォメーションを告げようとする瀧さんに「カット、カット!!」とダメを押す卓球さん。そのテンションに負けじと、絶叫する瀧さんに爆笑しつつ、充実の特別映像は幕を閉じます。