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カスタマーレビュー

5つ星のうち3.6
10
百歳までの読書術
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2015年11月4日
う~~ん。  私にとっては、面白くない本でした。
そもそも題名がいけません。「百歳までの読書術」とあります。 素直に解すれば、これからの(百歳までの)心構え、また技法、思い、等々の内容であろうとの期待を持って楽しみに購入しましたが、書かれている内容は、これまでの(過去の)著者の読書遍歴と、現在の老いた自分を自虐的に(それもごくありふれた内容、どこかで聞いたような)述べ、、またそれを如何に乗り越えているかを、実は自慢げに述べてあるだけです。 知る人ぞ知る、というような内幕的なことも書かれていますが、当該著者を知らない人にとっては、何の興味も湧きません。
蛇足ながら、著者は道を歩きながら本を読んで一度も人にぶつかったことがない、と誇らしげに書いていますが、それは実は相手がよけてくれていたのでしょう、ということに思いが至っていない。 歩きケータイは危険だが、歩き読書はそうでもない、などと勝手な屁理屈を述べている。(さすがに最近はできなくなったと書いているが)。 大変傲岸不遜な迷惑な人間だと思います。
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ベスト500レビュアー2015年9月29日
 著者の津野海太郎さんは、晶文社の編集責任者、大学教授、図書館長、そして評論家と本と深くかかわる仕事に携わってこられました。
 その津野さんによると(現在77歳です)、60代はいま思うと、ホンの短い過渡期だったそうです。
 また、読書好きの人間の多くは、歳をとったら、自分の性にあった本だけ読んでのんびり暮らしたいと思っているようです・・・・・・。
 しかし、こんなことを思っていると大間違い!!
 本書は、70代を迎えた津野さんが、「幻想抜きの老人読書の現実」を先人たちの例を引き、
 ユーモア(ブラック?)を交え、ざっくばらんに語ったエッセイです。
 私、直いい親父も現在60台半ばで、ホンの短い過渡期にいる人間です。そして、本が少し好きな人間にしかすぎませんが、
 本書を読んでいると、この年齢的にならなければわからないことが、少なからず出てきます。
 確かに体力が衰え、記憶力、集中力が落ち、当然、目はかすむし、耳は遠くなるし、すぐつまずくし、
 「路上読書」なんて危なくてできません!!
 それと、収入の減少!・・・トホホです!!・・・・。
 次は、本の処分、草森紳一さんは、6万冊、久保覚さんは4万冊、津野さんんは7千冊、
 本が崩れてトイレから出られなくなった話、床が抜けた話、いろいろ逸話がありますけど、津野さんは、徐々に減らすことにしたそうですけど、 
 これも途中でとん挫、最近は図書館も個人の蔵書はめったに引き取らなくなったそうです。
 さらには老人にしかできない読書「渡り歩き」・・・・・・・。
 そして、「70歳を越えれば、自分の死がすぐそこに迫っている。もうどこへも逃げ道はない。
 そうときまったことで、ふわりと頼りなかった自分の人生の底に、思わず固い岩盤が出現した。」・・・・・・・ 
 この感じもぼやっとですけど、何となく理解できます。
 本書は、若い人が読めば、ふーん、そうなのかな、と面白く読み飛ばせる本だと思いますが、
 それなりの年齢に達した人には、日ごろの体験から、ズーン心の奥に響く本でもあります。もちろん私は後者の方ですが!!
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2016年6月12日
高齢の父のためにと思って購入したのだが、けっきょく自分で読んでしまった。

言わずと知れた名編集者の「老人読書」を綴ったもの。かつて読んだ津野さんの別の本(たぶん『新・本とつきあう法』)で紹介されていた「路上読書」を当時さっそく真似してみたクチだが、この人のように早く歩きながらではとてもムリだった。本書によれば、その「路上読書」もとうとうやめてしまったとのこと。でも、それはまたそれで、現在の、それができなくなったあり方を、自分にとっての「読書史の最前線」として、好奇心の対象として書いてしまうところがすごい。ひそかに抱いていた、いつか本を読めなくなる日への不安を軽く吹き飛ばしてくれた。そのときできるやり方を探究するのもまた楽し。

全体としては様々な読書が、津野さんの心身の加齢にともなう読みぶりの変化とともに紹介されていくのだが、森於菟のエッセイと幸田文の対話集からの引用が特に印象的だった(読者の楽しみのために、再引用したいところを我慢します)。もちろん、津野節は健在で、絶妙な息の抜き方はますます磨きがかかったのではないかしらん。
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VINEメンバー2015年9月22日
最近売れている一書のようですが、増え続ける本を如何に減らすか、利便性を極めて増した現代の図書館システムを如何に活用するか、そして老いを迎え自在の境地を得たいま如何にして読書にそして人生に向かうかなど、「読書論+人生論」としていわば一粒で二度美味しく拝読させて頂きましたが正直、まあそりゃそうだろう、と思うことばかりで、個人的には(残念ながら)膝を打つような達見を得るには至りませんでした。むしろ一番参考になったのは、幸田文が話し留めた幸田露伴翁の読書法(勉強法)である「一つのところばかりに専念するのでなく、八方にひろがって、ぐっと押し出す」(153頁)、「八方にひろがって、パッとつながって凍る。それが知識というものなのだ」(233頁)という言明でして、今度『増補 幸田文対話』(岩波現代文庫)を買い求めてみようかと思った次第です。
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2015年11月22日
本書の著者のファンのつもり。
蔵書の処置を巡る話は面白かった。しかしちょっとである。
ちょっとの所は幾つか。
一つは、蔵書との付き合いの話が、これを題名にしているにしては、中途半端。もう少し色々書くことがあった気がします。
一つは、年寄りがあまり本を読まなくなり、若者はそれほどではない、という様なことをおっしゃっている。まあ、希望としては私も
人後に落ちないつもりだが、若者は活字を余り(可成りか、殆どか)読まないのは現実であって、年寄りより酷い。現在の出版不況の最大
の元凶であることは、まあ、ジャーナリズムの世界に身を置いていらっしゃれば、ご存じなのに書き落としたのか、と思う。
 速読についても、自分は遅読ができない(?)と言っているが、私が不思議に思うのは、例えば、この人(速読の人たち)はケインズ
「一般理論」とか本書に出てくる「朱子語類」、あるいは「21世紀の資本」ついでにドゥールーズ !、なども速読出来てしまうのであろ
うか。ほとんど信じがたい。
 全体として、この様な本は老人に共感を受けやすいと思うが、傷の舐め合いにばかり話が行って、老人である私が読んでいても、余り楽しくなかった。
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ベスト500レビュアー2015年11月13日
『百歳までの読書術』(津野海太郎著、本の雑誌社)で語られているのは、老人の、老人による、老人のための読書術である。著者は、70歳からの読書を念頭に置いているようだ。

正直に白状すると、前半は淡々と読んできたのだが、後半に入るや俄然、目を瞠らされることになった。

「そうこうしているうちに、ある瞬間、ああ、こういうことだったのか、と全体の感じがふっとつかめたような気がする」と書き出された一文で、『増補 幸田文 対話』(幸田文著、岩波現代文庫、上・下巻)の話が出てくる。「小堀杏奴、志賀直哉、江戸川乱歩、安藤鶴夫といった人たちとの対談集。なかの一編、山本健吉との対談で、文さんが、父は日ごろ『一つのことに時間をとって、まごまごしていては損だ』とよく口にしていました、と語っている。それが『父』こと幸田露伴の読書法、もしくは勉強法だったというのである。<・・・一つのところばかりに専念するのでなく、八方にひろがって、ぐっと押し出す。軍勢が進んでいくようにとか言ってましたね。(略)氷がはるときは先に手を出して、それが互いに引き合ってつながる。そうすると中へずっと膜をはって凍る。知識というのはそういうもので、一本一本いってもうまくいかない。こういうふうに手が八方にひろがって出て、それがあるときふっと引き合って結ぶと、その間の空間が埋まるので、それが知識というものだという>。本を読んでいて、これこれ、まさしく私はこういう文章が読みたかったのだ、と感じることがよくある。このときがそうだった。そうか、露伴先生の読書は八方にひろがってパッと凍るのか。すごいね。もちろん露伴もだが、むかし父親が語ったことを、かくもキリリとひきしまったコトバで思いだせてしまう娘もすごいやーー。そう考え、あわせて、おや、この『八方にひろがってパッと凍る』というのは、どことなく、私のお祭り(式読書法)のやり方に似ているんじゃないかな。そう思った。・・・死んだ露伴先生が巫女としての娘の口を借りて勝った『知識』についての論が、老いた私を元気づけてくれた。そう感じさせてもらっただけでじゅうぶん」。これこれ、まさしく私もこういう文章を読みたかったのだ。

「全く、本など手元になくても何ら不都合が生まれないことは、私たちの常識だ。同胞の過半数あるいは圧倒的多数が本なんか読みゃしないという事実を、もし忘れかけていたのなら、もういちど頭に叩きこんでおこう。叩きこんだ上で、なおかつ私は本を読む。本から本へと渡り歩く」という岩田宏の文章が引用されているが、私も本から本へと渡り歩いてきたので、共感を覚えるなあ。著者の、「『古い本』を読むことは単にそれだけでは終わらない。しばしばそれが読む者を予期していなかった方向へと押しやってしまうからである」という指摘にも、思わず頷いてしまった。

この岩田の、革命ロシアの詩人・劇作家、ウラジミール・マヤコフスキーに対する思い入れが、実に興味深いのである。「岩田さんは19歳のとき、この前衛詩人のとてつもない世界にいかれて以来、一貫してかれへの切実な関心を捨てずにきた。その点で他の作家たちの場合とはちがう。『マヤコフスキー詩集』の刊行が1952年で、71年には『マヤコフスキーの愛』という論集もだしている。にもかかわらず『衝撃的』というのは、詩人の生誕100周年にあたる1993年前後に、途轍もない新事実がたてつづけに明らかにされたからだ。そのひとつは、これまで拳銃による自殺とされてきた詩人の死が、どうやら秘密警察ゲーペーウー(のちのKGB)による謀殺だったらしい、という疑いが生じたこと。そしてもうひとつが、『昔の私たちには詩人のミューズとも、ベアトリーチェとも見えていたこの女性が、実は秘密警察に籍を置く薄汚い<タレコミ屋>だった』という事実の暴露。『この女性』とはリーリャ・ブリーク。私もそのひとりだったが、その昔、マヤコフスキーとリーリャとその夫オシップとの友情と恋愛がいっしょになったような三角関係が、若い連中のあいだで、けっこう伝説化されて語られていた時期があるのですよ。これらの残酷な事実を岩田さんは何冊かの新刊本や新聞記事で知った。しばらくはひとりでその情報をかかえこんでいたようだが、とうとう居ても立ってもいられなくなって、北村太郎、堀川正美、三木卓といった親しい詩人仲間にあつまってもらい、じぶんが知り得た『写真週刊誌的情報』を洗いざらい報告する。それが1988年のことであった。ところがその後、ワレンチン・スコリャーチンという『在野の研究者』が、その事実を精密な調査によって実証してみさた本が1998年に出版される。それを読んで『私の茫然自失がいよいよ募ったことを、恥ずかしながら白状しなければならない』と岩田さんはしるしている」。

「岩田さんにとっての革命ロシアの詩人マヤコフスキーがそうだったように、まだ少年や青年だったじぶんが大切にしていたなんらかのイメージが、何十年かの時間が経過したのち、思いがけず発見された新資料や大胆な仮説によってガラリと一変させられてしまう。そのおどろきから、とつぜん新旧を問わない本から本への集中的な『渡り歩き』がはじまる。『老人読書』とは、このような高齢者特有の発作的な読書パターンをさす。なぜ高齢者特有というのか。少年や青年、若い壮年の背後には、ざんねんながら、それから『何十年かの時間が経過した』といえるだけの時間の蓄積がないからだ。だったら当然、かれらにその種の読書があるわけがない」。そうだ、そうだ、そのとおりだ。

その後、『マヤコフスキー事件』(小笠原豊樹著、河出書房新社)なる本が著者のもとに送られてくる。小笠原豊樹は岩田の本名で、岩田は80歳を超えてもマヤコフスキー事件の真相究明を諦めていなかったのである。老いの執念というべきか。「詩人にとっての『宿命の女』ともいうべきリーリャ・ブリークへの著者(岩田)の愛想づかしのはげしさが、とくに印象にのこった」と書かれては、『マヤコフスキー事件』を読まずにはおられない。こういう気持ちに駆り立てられたのは、私だけではないだろう。

「もうしばらくすると私は消えてなくなる。そんなギリギリのところで、たいていは偶然のきっかけから過去の経験を新しい目で見なおさざるをえなくなる。ちょっとしんどい。でもその一方で、じぶんの経験をもうひとつ複雑なしかたで深めることができた。よし、なんとか間に合ったぞ、という苦いよろこびもある。齢をとると、そんなたぐいの読書も、けっこうしばしばあるのですよ」。「――ざまァ見ろ、こんな読書、若い諸君にはゼッタイにできないだろう。齢をとったおかげで、たまにそんなふうに感じることがある。ふと思い立って、むかし愛読した本を読みなおしたときとかね」。「おおくの老人たちが日々、大小の『記憶の裏切り』とつきあいながら生きている。私だっておなじ。裏切りと遊びたわむれ、それをたのしむのも、老人読書にゆるされた数すくない特権のひとつなのである」。これらの言葉に、老人読書の醍醐味が上手く表現されている。
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2015年12月23日
 読書法の実用書と思って読むと,期待外れかも.また,ボヤキをボヤキととるか,傷のなめ合いと感じるかでも面白さが違ってくるような気がします.
 昔々読んだ,植草甚一の読書論(?)を思い出しました.あれも,虚実取り混ぜた(?)読書に関わるおシャベリを楽しむような本で,過度に実用性を求めると面白くない本でした(ヒントはいろいろころがっているけど).
 本書も,口語的表現,ま,いいか,って感じで話を突き詰めない,ボヤキに逸らす・・・そんな感じの本に関するおしゃべりとして楽しみました.
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2016年1月23日
リタイアしてから読書に精を出しています。読みたいものだけをお気楽に楽しんでいます。筆者の言われるように加齢による肉体の衰えは、読書にも影響を及ぼします。目も、耳も.その他いろいろな器官が読書しづらくなって生きている気はします。年相応に、ゆったりと、多くの人と本の中で触れ合いたい。多くの人の生き方を知ってみたい。読書術という固いものではなく、自然体でいこうと思っています。70代以降の読書については参考にしてみようと思います。
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2015年11月29日
てっきり「歳食ってから、こういう読み方が楽しくなってきた」とか「歳食ってから読んでみるとこの本のこれが大変に興味深くなっていた」的な本だとばかり。
始めから「エッセイ」と思ってれば楽しめたかも知れないが、当てが外れてしまった。
単なる自分の間違いでした。
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2015年9月19日
「えっ、自分と同じだ。」という箇所が、いくつかあり楽しく読み終えることができた。
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