上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0日本は国防平和主義であるべきである。
2017年9月2日に日本でレビュー済み
本書は、アメリカと欧米による石油全面禁輸の中、石油の確保のために、オランダ領インドネシアのパレンバンに、敵の攻撃を受けながらジャングルに落下傘降下し、精油所を抑えた「空の神兵」の一隊長奥本實中尉により纏められた戦記を中心に、高山氏が戦争に至る状況説明を、奥本中尉の子息の奥本康大氏が父の回想を記した本である。若干22才の奥本實中尉は、その功績により昭和天皇に拝謁を賜った。
奥本中尉は、愛する家族の命と生活を守るため、日本の滅亡を阻止し、後世の日本の繁栄のために戦った誇り高い多くの人々のうちの一人である。
激烈な戦争を経験したその奥本中尉が、戦後の昭和21年8月16日に記した手記に、戦争の放棄について、次の文章がある。この手記が作成された時は、GHQの起草した英文の憲法草案のほとんど翻訳に等しい日本国政府の憲法案が、国会で審議されている時である。昭和21年の年初に現国会議員の80%は公職追放されて、4月の総選挙で選ばれた国会議員、したがって、その80%は公職追放に当たらない新人によって、憲法が審議されたことになる。
奥本中尉は次のように手記に記している。
「 (前略) 今日の憲法改正に於いて、吉田首相は永遠に軍の存在を認めずと言って戦争の放棄を特筆大書している。然し吾人はここに一大矛盾を看破している。国家の大憲章たるべきものに戦争の放棄を掲げる以上、国策は当然にこれに則るべきものだ。然るに軍あってこそ戦争の放棄が存在するものなるに、軍なき国に戦争の放棄は論外ではないか。何が故に戦争の放棄を論ずべき筋合いのものだろうか。
しかして吉田首相は議会の答弁に於いて永遠に軍を停めずと言っている。そしてこれは戦後における日本の世界に先がけて行う一大憲章なりと言っている。全く矛盾だ。独立国家ならざる現在に於いて保障占領軍の駐屯間は心配なきものとしても、独立国家となれる暁には如何、第三国人の不逞分子の跳梁は全く今日の比にあらざる事、誰がこれを否定し得ようぞ。斯くの如きは如何なる大きい警察力といえども及びも付かないことだろう。余は是れは全く吉田首相の一種の色気なりと信ず。換言すれば連合軍に対する御機嫌取りなりと思う。一国の首相が斯のような矛盾を敢えて犯していてよいのだろうか。或いは首相たる以上、このような事は言葉文句の綾なりとして其処に深い意味が含まれているのだろうと思うけれども、堂々と議会で自衛のための軍をおかず、しかも永遠に設置せずというをみれば、余はこの内閣の短命なるを予想するものである。(中略)
しかしこの議論に至っては真に歴史の研究が最も喫緊時だ。軍なき国が栄えただろうか。深く思いをここに致したならば冷水二斗の想いがする。歴史は教えるに、軍が過ぎれば国が亡び、国が無上に栄えるには適当なる軍を存することである。軍少なき或いは軍全く無き国も結局亡びているのである。(後略)」と、奥本中尉は記している。
この手記は、敗戦後1年、東京裁判開廷後3カ月後に書かれたものである。
そして、子息の奥本康大氏は、戦争の悲惨さを経験した父は、時折思い出したように「絶対戦争をしてはいけない」を繰り返すと共に、「日本は軍隊を持たなくてはいけない」とも口癖のように力説していたと記している。
すなわち、戦地に赴き悲惨な戦争を経験した奥本中尉は、敗戦後直ちに、軍事均衡による国防平和主義を唱えているのである。
さて、上記の終戦直後の戦地に赴いた人の国防平和主義に接して、GHQ憲法草案を検討した幣原喜重郎首相(吉田首相の前の首相)の著作外交五十年(1951年)に、次の記載があることを思い出した。
幣原は、憲法9条に関して、「戦争を避けるには、積極的に軍備を全廃し、戦争を放棄してしまうのが一番確実な方法である。軍備などよりも強力なものは、国民の一致協力ということである。武器を持たない国民でも、それが一団となって精神的に結束すれば、軍隊よりも強いのである。日本国民全員が死滅されることは不可能である。したがって、国民各自が一つの信念、自分が正しいという気持ちで進むならば、徒手空拳でも恐れることはない。日本の生きる道は、軍備よりも何よりも、正義の本道を辿って天下の公論に訴える以外にはない。殺される時は殺される。むしろ、一兵も持たない方が、かえって安心である。わずかばかりの兵隊を持つよりも、むしろ軍備を全廃すべきという不動の信念に、私は達した。」と記している。
幣原は、「精神的に結束すれば軍隊よりも強い」とか、「日本国民全員が死滅されることは不可能である」とか、「殺されるときは殺される」とか主張し、幣原の理論は、国民の生命を犠牲にした驚くべき異様な無抵抗主義精神論である。
戦地に赴いていない幣原の無責任な無抵抗精神論的平和主義と、戦地に赴き悲惨な戦争を経験した奥本中尉の国防平和主義と、何れか真理であるのか、火を見るより明らかである。
戦後72年が経過した現在の日本において、憲法9条の改正に反対する者は、幣原と同じ無責任な無抵抗精神論的平和主義に立脚しているのであるが、昨今の世界情勢を考えると、戦争の悲惨さを経験した奥本中尉が主張する国防平和主義に立脚すべきであると考える。
そのためには、憲法9条に、国防のための戦力を保持し、国家主権の侵害を排除するための自衛権の行使ができることを明文を持って定めることが、先人に報いる後世日本人の義務である。
国民のために聖戦を戦った「空の神兵」の手記である本書を読んで、そのように思った。