上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0ワクワクするような開発物語!
2019年2月27日に日本でレビュー済み
著者の古澤さんは「量子テレポーテーション」実験に最初に成功したチーム(米国カルテック)の一員(第4章を参照)だった。その実験の一つのカギは、「エンタングルメント」とよばれる「もつれた量子」を利用することだった。これらの概念は本書でていねいに説明されているが、手みじかに解説すれば、次のようなこと。まず、「もつれた量子」とは?例えば、2つの光子aとbの間に相互関係(一つの波動関数で記述される)があって、aの状態が1であればbの状態は0、逆にaの状態が0であればbの状態は1になるという相関があるとせよ(話をわかりやすくするために、0と1で便宜的に2つの状態を表現したにすぎない)。ただし、測定がなされなければいずれの状態もわからない。このとき2つの光子(およびその状態)は「もつれている」ことになる。つまり、2つの状態は独立ではなく、分離できないということ。これを「重ね合わせ状態」(例えば光子aは状態0でもありうるし1でもありうるが、測定しなければ状態は確定しない)と混同してはならない。実は、量子の「もつれ」と状態の『重ね合わせ」という、量子論特有の性質をうまく使うことで量子計算が成り立つのである。もつれた量子は実験的に作り出せ、それが量子計算を可能にする。
では『量子テレポーテーション」とは?これは、量子論特有の不確定性を切り抜けて情報伝達を行うことで、それには前述の「もつれ」が不可欠となる(詳しくは第4章参照)。古典的情報であれば、元の情報を手元においたまま、コピーを相手に送れるが、量子情報(重ね合わせ状態)ではそうはいかない。その情報の送信者ができることは、自分の情報 が(一定の手続きによる送信によって)消えることを承知して、受信者のもとで同じ情報が再現されるようにすることである。したがって、手元にあったはずの情報 J が消えて、遠隔地の受信者のもとで J が再現する様子が「テレポーテーション」と呼ばれる(第3章)。
さて、本書は光を使った量子計算機、「光量子計算機」の開発に取り組む古澤さんが、その仕組と開発のこれまでの過程を一般読者向けに解説したもの。素人向けに読みやすく書かれているが、これまでの2つの段落で述べたことがきちんと理解できていないと中途半端に「わかったつもり」で終わる恐れがありそうなので、あえて最初に注意を喚起してみた次第(すでにご存知の方は無視されたし)。
では、光量子計算機のメリットはどこにあるのか。まず、(1)計算機の消費電力が格段に少なくてすむこと。それは、計算過程での機械の状態遷移が、基本的にはユニタリ変換という可換過程であって、古典計算機のような不可逆過程(エネルギーが一部熱に変換されて失われる)ではないことによる。また、光子を使う量子ビット(0と1、2つの状態の重ね合わせ)は、極低温での超電導現象を利用する方式と違って、常温で可能だから余計な電力を使う必要がない。次に、(2)光子を効率よく検出する技術がすでによく知られていること。(3)光子の状態を容易に制御できること。そして、(4)量子状態を壊さずに長距離の伝送ができること。(以上、46、67−69ページ)しかし、もちろん、このようなメリットを活かすためには数々の技術的な開発が必要であり、その解説が第3章から第6章にわたって展開される。そのハイライトだけを以下で紹介しておく。
ひとつ目は、第5章で出てくる「シュレーディンガーの猫状態」の量子テレポーテーションが実現できること。これは、普通の世界で見られるマクロな対象(例えば猫)になぞらえられるような、「マクロな光パルスの重ね合わせ状態」を量子テレポーテーションで遠隔地に伝送するという技術である。つまり、量子テレポーテーションの対象は、ミクロな量子ビットだけには限られないことが実証された。ふたつ目は、最終の第6章で出てくる「時間領域多重性」を使う計算方式である。評者がすでに書評を書いた「観測に基づく量子計算」(小柴ほか共著、コロナ社)では「測定型の量子計算」が解説されているが、古澤グループの大胆な試みは、「飛んでいる光パルス」(100万量子ビット以上)を絡み合わせて測定型の量子計算を行わせようとする。量子もつれが次々と伝播していくので、量子ビットが時間の中で次々と並んでいくという(時間領域多重)方式で、大規模な回路を、比較的小さな装置の中で実現することが可能となる(ループなども使う)。これは、目がさめるような発想の転換というほかはない!さらに、量子もつれを生成したり検出したりする装置を小型のチップ化することまで試みられている(169ページ)。以上のような解説の合間に、古澤さんの個人的なこぼれ話まで盛り込まれているので、あまりかたくならずに読み進めることができるのも長所の一つだろう。願わくば、主要な文献などのリストもつけてもらえると、もっとよかったのだが。