上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0著者が生涯かけて追いかけてきた自由の問題を語った書
2018年10月18日に日本でレビュー済み
あまりにも多様な角度と論点から歴史が論じられており、逆説でしか語り得ない真理が随所に示されて、簡潔な内容紹介や的確な論評などを容易には許さない書物である。他で公開された書評を二点読んだが、いずれも本書をむんずとつかんでいるとは言いがたい。大家が力を込めて出したものだけに的確な論評には高い力量を要求する。
本書から引用をしてこれからの読者の参考に供したい。
「自由(Liberty)の範囲が広がり、与えられるものが得ようとしているものより手厚く、潤沢であればあるほど、生命力は衰え、トータルとしての民族の力は下降線を辿ることになる。自由を豊富に与えられることは自由をもたらさない。人間は大きな自由に耐えられない存在である。
人口の減少は生命力減退の決定的な証である。戦後の食糧難、住宅難のひどい時代、人口は増え、人は自由で生き生きとしていた。
根本的な問題は、人間が生命の延長を図って、かえって生命力を枯渇させるという逆説である。種族の繁殖のためには、個体は自己の消滅を顧みない。大量に死に、そして大量に誕生する、それが生物の自然な、健康な姿であろう。生殖と死は元来自然の全生命に所属していて、個体が死んでも生命そのものは亡びず、死はそれ自身すでに生命のうちに含まれ、生命の一部を成していると考えられていた。近代のヒューマニズムはただひたすら個体の生命にだけ執着し、個体の延命を絶対善と考えてきた。その結果、生命力そのものを薄め、弱めるという思いがけぬ結果を招いたが、それも近代のヒューマニズムが大自然の生命の法則に根本において違反する思想であったからではないか」。
「文部省の中央教育審議会以下、すべての審議会のモチーフは『自由化』であり『個性化』でした。旧いしきたりがどんどん消えて、個人の好き勝手が自由とみなされている社会でさらにいっそうの『自由』と『個性』を説くことは、子供の自己崩壊に拍車をかけるだけだということにどうして気がつかなかったのでしょうか。
『自主性』や『自発性』は育てるということの反対側にあります。そういう意味では、教育は学校や親が計画し、目的とすることのできない領域に深く根差しているといっていいのです。意図して得られるものは大したものではありません。生活の中に訓練があり、人間が陶冶されている「場」が必要で、この種の基礎を欠いた単なる『個性』や『自主性』は根無し草の好き勝手に(中略)終わるでしょう。
愛国心も善いことです。善いことばかりを言って人を駆り立てるのではダメだと私は言っているのです。一方的に『個性』や『自主性』ばかりを言い立ててきたのも政治であって、教育ではありません。その逆も同様です」。
先の戦争は突然わが国に襲いかかった世界の理不尽と戦った真性の「悲劇」であり、開戦時にはその決断以外に選択の余地はなく、その選択の行為こそが「自由」の発露であった。大航海時代に源を発するグローバリズムの潮流は「人類」の名で「正義」を独占し、日本を断罪した当の運動にほかならず、それは今現在に及んでいるのである。日本の運命を洞察するには、五百年にわたるスパンで歴史を見ることが必要であると著者が力説するゆえんである。
日本を取り戻すとは、われわれの歴史を取り戻すことであり、悪いのは日本だけだとういうことは断じて許せない。そのことを明確に世界が認めなければ、認めるまで戦うし、そのことをアメリカが認めない限り真の同盟国ではないと著者は力説する。まことにそのとおりである。この歴史認識を共有しない同盟など砂上の楼閣に過ぎまい。最後に現在の浮薄な風潮への頂門の一針というべき一節を紹介する。
「アメリカは民主主義の教師であるとか、科学文明の母であるとかいってこの帝国の正体を見ないようにして来たのは日本人ではありませんか。
アメリカは征服者であって文明の使徒ではありません。アメリカからはたしかに独自の文明は来ましたが、文明もまた征服の手段であり二〇一八年もまだこの瞞しはつづいています。『働き方改革』などといって日本国民が乗せられた労働の仕方の転換は、日本人らしい勤勉さや繊細さの美点を見えない形で奪い取ろうとする征服者一流の奸智に長けた政略でなくて何でありましょう」。