Androidアプリストア Amazonファミリー Prime Student 本10%ポイント還元 9000 Amazon MasterCard nav_flyout_biss B07B53H89P ファッション Fire 7 ・Fire HD 8 Fire TV 母の日特集2018 対象の日用品まとめ買いで30%OFF 新生活ストア2018 Echo Kindle Amazon MP3 自転車・自転車用品 ドキュメンタル シーズン5



2015年2月24日
信者として、伝道に使いたかったのですが、『なぜ信者になられたのか』のポイントを読み取れませんでした。
0コメント| 2人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2015年3月15日
よそはよく見えるということと、
可愛い女の子に誘われたということ。
0コメント| 3人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
ベスト500レビュアー2013年3月15日
 著者は東京谷中霊園のすぐそばにある天台宗の寺、了'寺(りょうごんじ)の次男坊。仏教系の大学を出て僧侶として仏教修行をしていたものの、仏教の源流をたずねて韓国に留学する中で、ふと足を踏み入れた教会でキリスト教の信仰に導かれる。やがて著者は仏教からキリスト教に大転向。僧侶の道を捨て、サラリーマン生活を経て自ら牧師になってしまう。本書はそんな著者のユニークな「信仰の歩み」を記した本だ。読み物としてはやや冗長なところもあるのだが、著者の個人的な「証(あかし)」に勇気づけられる人もいるだろう。日本では実家の墓を継がねばならないだの、親戚に誰もクリスチャンがいないなどの理由で、キリスト教の信仰を告白することができない人が大勢いるのだ。お寺に生まれ育ってお坊さんになった人でもクリスチャンになることができるという実例を見れば、家が仏教だというだけでキリスト教を受け入れられないはずがない。

 本書は全体で3部構成。第1部と第2部が、著者のこれまでの歩みだ。第1部は寺で育った生い立ちから、仏教僧になり、韓国が好きになるまで。第2部は韓国でキリスト教に出会い、やがて劇的な回心を遂げてクリスチャンになり、牧師になる現在までの歩み。第3部はそうした人生経験を経た上で、キリスト教の視点から仏教を振り返った、比較宗教学的なコラム。読み物としてはこの第3部が面白く、全体のバランスとしてはこの3部にもう少しボリュームが欲しかった。
0コメント| 3人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2012年3月17日
 「法然の弟子である親鸞(1173‾1262)が、結局、浄土真宗という別の宗派を形成する結果となったのも、人間の中にある、どうしようもない悪に目を向けた信仰を強調したためと思われる。その点では、よく言われるように、親鸞の信仰とキリスト教とはよく似ている。」
「もともと仏教も、また聖書も、人生の問題を解決するための道を示すという面では同じである。  私は聖書の教えを知れば知るほど、釈迦の姿勢や教えは、聖書に反するものではないということがわかった。現在では、その思いがさらに強くなってきている。」
 この箇所を読んだ時、心が震えた。私がぼんやり感じていた事が、書かれていて、「あー、やっぱりそうなんだ!」と思った。
 そして松岡さんは、キリスト教だけを勧めてはいらっしゃらない。求道の精神が大切だ、と。真理を真剣に求め続ければ、自分自身、最終的にどちらに進んだらいいか、わかるはずだ、と。
 私はこのような締めくくりをされた、松岡さんを尊敬する。イエスか、釈迦か、どちらが正しいのか、を議論する本ではなく、イエスを求める人も、釈迦を求める人も、求道の精神という点で、共通している、ということが感じられる本だった。
0コメント| 5人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2014年2月26日
韓国のキリスト教の様子が見られます。

仏教信者(特に僧呂、お坊さん)がキリスト信者になったいきさつが大変ユニークである。

先祖を大切にすることは仏様を拝む事と違うのがわかる。家に仏壇がある人でも、それは仏様を拝むと言う神をないがしろにしたこととは違うことがこの書物で理解できます。

キリスト信者が仏教の葬式に参加したとて、それは遺族への愛の行為であって、偶像崇拝にはならない。

キリスト教が真の神を崇拝する信仰できる宗教であると認められます。それゆえ、お坊さんが牧師になったのです。
0コメント| 3人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2013年4月24日
キリスト者でありながら、元僧侶として仏教の観点からも記述していて日本人の知らない仏教、神道の混同による誤解のこともわかりやすい内容で一般者にもお勧めです。
0コメント| 1人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2017年11月21日
2003年でしたか松岡師が私たちの教会に来てくださり、天台宗の僧侶からクリスチャンになられた経緯を語って下さった。
その際に購入した本です。松岡師の父(上野の寛永寺に関係を持つ多勢の檀家を持つ了ごん時の住職)で兄も同じ。仏教の矛盾、お盆の真実等、
日本人は何も知らず、(ご先祖様には申し訳ないが)ただ家の宗教として葬式仏教なるものを奉っているだけの僧侶をの懐を温めるものなっている。今一度、日本の家の宗教を見つめ、人生の意味を探ってほしい。
0コメント|このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2003年8月23日
 お坊さんから牧師へ、その変貌ぶりに驚いた。「僧侶の仕事をするようになり、大学での仏教の勉強も自分なりに一生懸命やったが、‥‥人生の意味を見出せないまま卒業」(37ページ)。それが、結果的に韓国での仏教大学に留学へとつながった。
 韓国、ソウルは夜になると十字架のネオンが目に飛び込んでくる。異国の地で、キリスト教会へ。聖書の学びを受ける。「イエス・キリストこそ私が求めていたものだったということがわかった」(76ページ)。
ついには、僧侶をやめてしまう。
 この本を読み終えて、すべての人が求道者であるのかもしれないと思った。松岡氏は、真剣に人生の意味を追い求めた人であった。道は確かに備えられていたのだ。
 キリスト教の出版社からでた本であるが、宗教書を読んでいる思いにはならない。やさしいことばで書いてある。この本を読んで、人生の意味を問い直してほしい。
0コメント| 20人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2003年6月20日
 日本人にはキリスト教が分かりにくいというのが一般的。でも、この作品は秀逸。なんせ、元お坊さんが書いているのだから。
 だが、松岡氏にとっては、取り立てて凄いことをしているわけではない。ずっと慣れ親しんだ言葉で表現したところ、大変日本語としても分かり易くなったということ。何よりも痛快なのは、彼がキリスト教の教会で講演する際に、もっともキリスト教徒の耳目を集めるのは、仏教について語る時であるそうな。面白い! 逆に言うなら、キリスト教徒はそれだけ仏教を知らない?のである。もっと言うなら、仏教でないキリスト教というアイデンティティを造ってきた弊害が見えると言うこともできよう。
 日本人としてキリスト教を受け止めていく道筋として大変興味深かった。
0コメント| 25人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告
2004年11月26日
私個人はキリスト教から仏教(禅)に移ったので、著者の主張は奇異に感じる。仏教の欠点として多くの仏典が釈迦が実際に語ったことに遡れないことを挙げているのだが、著者はそれがそのまま聖書に対する批判になることに全く無頓着である。四つの福音者が描くイエスの復活の場面など、もっとも大事な教理であるはずの箇所で、聖書はなんら一致した描写をしていない。イエスの伝記がフィクションで彩られている可能性が濃厚なのである。
著者はそうした矛盾を、自分が救われたと感じたから、という直感のみで突破しようとする。
そういう論拠には当然私のように、仏教(禅)で私は救われた、といわれれば何の反駁もできないのだ。
とにかく信仰とは単なる思い込みのことか、と絶望感を感じる書物である。
0コメント| 10人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? 違反を報告

他のお客様はこれらの商品もチェックしています

天路歴程 ハンディ版
¥1,200

カスタマーサービスが必要ですか?こちらをクリック