上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0対米従属の偽保守自民党政権を徹底批判する真正「日本派」の叫びを聞け
2017年9月28日に日本でレビュー済み
左翼リベラルからの安倍政権批判はたくさんあるが「保守」の立場からの批判は著者も言うようにほとんどない。
「保守の本質に立つオピニオン誌」を自称する『表現者』には安倍政権の新自由主義経済政策への批判があるが、本書のように安倍首相の「言っていること=日本の保守」と「やっていること=左翼リベラル政治」の詐欺的違い、その無作為と怠惰を批判するような論はあまりない。
本書は著者が『WILL』『正論』『HANADA』『産経新聞』などのいわゆる保守論壇誌紙に書いた最近の時局論と過去の著書からの再掲載(Ⅳ保守とは何か―私の主要発言再録)から構成されているが、圧巻はどこの保守紙誌も掲載してくれない安倍首相と安倍政権への苛烈な批判(直言と言ってもよい)を展開する「書き下ろし」の論にある。
すなわち
「第一部 Ⅰ日本を窒息させている自由民主党と保守言論知識人」のうち「一 「安倍さん大好き人間」はどのようにして生まれ、日本政治をどうゆがめたか―二〇一七年の状況を踏まえて」
「Ⅱ日本列島が軍事的に脅迫されている情勢下でついに出された憲法改正への安倍新提案」の「一 思考停止の「改憲姿勢」を危ぶむ」
そして
「Ⅲ 首相に妄信追従するエセ保守を弾劾する 加藤康男・西尾幹二緊急対談」である。
タイトルを見ただけで中韓朝批判と安倍政権弾劾批判だけでメシを食っているような保守誌紙が尻込みする内容であることがわかる。
冒頭から著者は、拉致被害者の味方を名乗って期待させながら何一つ解決しなかった不作為をまず弾劾する。「拉致のこの悲劇を徹底的にくり返し利用してきた政治家は安倍晋三氏だった」保守の中の保守として登場し彼が引き受けたなら大丈夫と思わせて結局は今日に至るまで「現実は何一つ動かなかった」「政治家の虚言不実行がそれまで燃え上がっていた国民感情に水をかけ、やる気をなくさせ、運動を潰してしまった一例である」
次にあの憲法改正のための姑息な手法、第9条の1項、戦争放棄と2項、戦力保持の否定の改正に触れずに3項、自衛隊合憲を加えると言う逃げ腰の改正案をあざ笑う。
西尾氏の安倍晋三氏評はこうである。
「逃げ腰の小手先戦術は、臆病なこの人の体質」
「いつもいいとこ取りをし、ウロウロ横見ばかりして最適の選択肢を逃げる安倍首相の甘さ」「もし自分にはできないとわかっていたら、やると言わなければいいのだ。」
書き下ろし部分での安倍批判は歯に衣着せぬ、と言ってよいほどの怒りである。
しかも、安倍首相のこの体質はすでにお見通しだった、と言って二〇〇七年の『WILL』誌のエッセイを引用している。
「政治家は行動で自分を表現するのであって、思想で表現するものではありません。」「頭で考えていることと身体でやっていることがチグハグで一貫性がありません。私が見たところ、安倍氏は真正の保守の政治家ではない。」
著者の安倍首相批判には全く同感する。日頃思っていたことが本書では胸のすく言葉で直言されている。ただ西尾氏も安倍政権の全ての行動を批判しているのではない。第2次安倍政権での全方位外交などの成果は高く評価している。
しかし本書の最大の論点は、安倍政権及び自民党が、その根本的出自が対米従属への依存体質であるために占領国であったアメリカに気兼ねする気質が骨肉化して、著者の言う真正保守の5大テーマから逃げていることである、と言う本質的な批判にある。
保守が守るべきその5大テーマとは、
1.国民統合の中心である天皇の宮中祭祀を皇室の私事とされたままでいいのか
2.領土問題はその一部でしかない中国人に買い占められつつある日本国土の保全
3.移民政策を野放しにして民族問題を深刻にしつつある無防備
4.中国の人権無視を黙認する左翼リベラリズムと同根のグローバリズムへの反対
5.日本人の誇りと活力の源である日本人による歴史の復権と中韓の嘘への反撃
これらのテーマを安倍政権も自民党も避けている、有効な政治家としての決断をしていない、これが安倍政権及び自民党批判の要である。
言論でどれほど威勢のいいことを言っても政治家はその実行で評価される。西尾氏は今回取り上げていないが、あの稲田議員はかつてこれらの5大テーマの主張者ではなかったか。それが政治家として何もできずしかも自衛隊を傷つけて失脚したことは、わが国の「保守政治家」の覚悟のなさを象徴している。しかもこれらのことを保守を自称する知識人は中韓憎しの反動で「安倍さん大好き」症候群に陥って誰も直言しようとしない。
この本を読んで、今更ながらわが国の危うさに慄然とさせられた。
引用したい部分はたくさんあるが、最期に一つ、なるほどそういうことかと認識を新たにした指摘がある。それは「世界の韓国化とトランプの逆襲」の章で、1980年代以後、欧米の植民地支配や原住民迫害の歴史を自覚して白人であることが「原罪」とする「ホワイト・ギルト」という概念がリベラリズムの進化の中で浸透し、世界が韓国的な「恨」に一種の普遍性を与えるようになったという世界史の潮流のことである。慰安婦像の設置の容認や日本の「戦争犯罪」の荒唐無稽なプロパガンダに迎合する欧米のリベラルが、自身の先祖が犯した犯罪を戦時下日本が犯していないはずはない、と言う思い込みと贖罪の投影を日本に向けていると言う背景があることがわかった。
これから中朝韓と歴史戦を本格的に戦わなければならない時代を迎えて、さて安倍政権と自民党とそれをヨイショする言論人しかいない日本に、世界の誤った潮流を正し日本の誇るべき歴史を提示して21世紀の世界をリードするくらいの気概をもって、あの大風呂敷の中華帝国の歴史の嘘をやっつけるだけの勝ち目はあるのか。
西尾幹二さん、まだまだ長生きしてこれからもこんな日本を見放さずに太平楽の国民の神経を逆なでする直言をお願いします。