上位の批判的レビュー
5つ星のうち1.0本末転倒の一作
2018年5月8日に日本でレビュー済み
本書は、教育学者でもない一介の門外漢が書いた代物です。
渡部も中川も専門家ですらなく、教育原理や教育史も知らない素人に過ぎない。
本書は、門外漢である渡部と中川が好き勝手なことを主張して教育理論や教育の現場や法制度を愚弄しているだけでしかない。
気に入らないことは、全て共産主義と罵る。渡部・中川はサルでもできることで有頂天になっているが、研究者としての分析はない。
彼らのあり方は、自身の学者としての職務放棄を棚に上げながら、教育理論を貶めて調子に乗っているだけのチンピラさながらである。
本書では、保守派が重んじる歴史についての言及はほとんどない。ルソー、ペスタロッチ、モンテッソーリ、ミル、スペンサーが断片的に紹介されるが、彼らが生きた時代や教育の実情は一切言及されない。それどころか、彼らは各々が世を去ってずっと後の時代に登場した共産国家ソ連の手先にされている。はっきり言って理解不能である。ソ連悪玉説を語りたいだけの渡部・中川の駄弁りの結果、教育史は最後まで論じられず、学校教育の社会的必要性を高めた児童労働など19世紀資本主義の病理に関する批判は最後まで登場しない。
教育の理論と制度がどのような歴史過程で発達し、これからどこに向かうのかという学問的な立論は一切ない。ただ、ひたすらに共産主義がどうしたこうした、ソ連がどうしたとか、思想が気に入らないとか、凡そ教育とは無関係な政治対立を語り合ってるだけで終わってしまっている。ソ連消滅後の今日にあって、日本の教育風土を米ソ冷戦の文脈で議論するところが、教育的価値があるのかどうか、まったく意味不明である。
本書は、結局生徒・児童にとって教育とは何かが議論されていない。江戸時代の道徳が美しいと言ってみたり、いつの時代の常識かは知らないが、時代錯誤な男尊女卑を支持したり、4,5百年前であろう大昔の中世の伝統を大事にしたいと述べてみたりで、現代の教育をどう導き、学校という現場で児童・生徒に何を伝えていくのか、学習のプロセスや方法論など科学的で実践的議論にもとづく有益な結論はただの一つもないのである。
そういう理由から、本書はまったく読むに堪えない。単細胞保守の無責任で中身のない落書きである。本書を読むのであれば、教育について基本的な事柄を概説書を踏まえて読み、こんな文献は相手にしないことです。学問性が無くて、時間の無駄ですから。
以上が本書の評価です。