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カスタマーレビュー

5つ星のうち4.4
22
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2012年12月5日
I like this book because it is a fresh look at the Bible from within the perspective of the Japanese worldview. The author does not try to conform his translation to acceptable evangelical thought patterns. Rather, with credible scholarship in the Greek language, he gives us a fresh view of traditional passages. His translation fits the Japanese mindset. It makes sense and it is communicated as the incredible good news that it is. I especially like his definitions of Greek words into understandable Japanese at the end of the book. I've been searching for a Japanese understanding of Jesus and his message for a long time and finally I've found it. I'm very excited about this book.
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2012年4月2日
聖書箇所で有名な「山上の垂訓」、何だか分かったようで分からなかったその内容が、この本で明らかになりました。
神は人を罪に定めるものではなかったのだ。心を切り変えて真理と出会うなら、愛が私の心の中にもあったのだと気がつく、目からウロコの一冊でした。ケセン語が心をポカポカに暖めてくれます。
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2013年3月8日
時々笑いながら読む聖書などほかにはありません。
初めての方にもお勧めです。
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2011年を締めくくるにふさわしい素晴らしい宗教本。著者のケセン語訳聖書の入門篇であると同時に、震災という苦難の後に何かを信頼して活き活きと生きていくことの意味を深く考えさせてくれる。「愛する」→「大事にする」、「悔い改める」→「心をスッパリ切り替える」、「信仰の薄い者」→「頼りにならないやつ」といった斬新な訳を著者が選択するにいたった理由がわかりやすく述べられながら、自分の生きる土地の人びとと言葉に対する愛情があふれまくってきて好感触である。医師という自然科学の徒の観点から聖書の「非科学的」な記述をどう解釈するかというところも注意を引く。そして、瓦礫の山と無数の見知った死者の前で人が立ち尽くしたとき、聖書は、イエスの言葉は、何をしてくれるのか。「本当の幸せ」について少しでも考えたことのある方なら、キリスト者ならずとも、一度は読んで損のない作品だと思う。
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 2002年から2004年にかけて、新約聖書の福音書をケセン語(岩手県気仙地方のことば)に訳して発表した著者の最新刊。気仙地方は今年3月の東日本大震災で甚大な被害を受け、著者の自宅や仕事場も被災し、ケセン語訳聖書の版元も津波をかぶってケセン語訳聖書の在庫も波に洗われた。ところがこの水をかぶった聖書が「お水くぐりの聖書」として話題になり、東北被災地復興支援の機運も相まって飛ぶように売れた。準備中だった世間語訳聖書(四福音書を幕末頃の日常語で訳した聖書)も「ガリラヤのイェシュー」として無事発売され、今回こうして新書まで出るというのは不思議な巡り合わせだ。

 タイトルだけ見るとこれまでに著者が出してきたケセン語訳聖書の抜粋かダイジェスト版のようにも思えるが、この本は東日本大震災という未曾有の災害を体験した著者が、聖書の言葉をどう読むかというエッセイだ。ケセン語に訳された聖書の一部を紹介し、それにまつわる自分自身の考え方を述べていく。それは訳文の解説になっていることもあれば、著者自身の信仰告白になっている部分もあるが、巨大な災害をくぐり抜けて生き延びた著者の聖書を読む目は深みを増し、聖書の中のイエスの言葉は生き生きと豊かに立ち上がってくる。引用されている聖句はこれまで「ケセン語訳聖書」として発売されていた範囲を超えて、新約聖書の書簡や、旧約聖書にまで及んでいる。

 イエス・キリストが生まれ育って主たる活動拠点としていたガリラヤは、ガリラヤ湖での漁業が主たる産業であり、イエスの弟子にも漁師出身者が多かったことはよく知られている。神殿のあるエルサレムから見ればこれは田舎町であり、イエスも弟子たちも粗野で無教養な田舎者だっただろう。しかし彼らの活動には、生活に根ざした力強さがある。その力強さが、著者の綴るケセンの言葉からダイナミックに伝わってくるのだ。この強さがあればこそ、キリスト教はその後数百年の迫害にもへこたれることなく耐え抜くことができたのかもしれない。

 著者の聖書解釈に納得できない人も多いとは思う。特に既存の聖書翻訳の立場からは、ギリシャ語の語源にまで踏み込んで聖書を大胆に読み替えてしまう著者の主張に疑問の声が上がるかもしれない。僕も正直、「そこまで読み替えてしまえるものなのだろうか?」と思った部分がいくつかある。しかしそれより大きな魅力になっているのは、ケセン語訳されたイエスの言葉から伝わってくる「生きた人間の言葉」としての生々しさなのだ。これまでの聖書が新聞記事や雑誌記事のような伝聞情報だとすれば、この本の中のイエスの言葉は、テープレコーダーに吹き込まれた肉声を聞かされているようなリアリティがある。イエスの「逆説的な説教」の迫力が、ストレートに伝わってくるのだ。
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岩手県の被災地の医師が、
「ふるさとの仲間にふるさと気仙沼のことばで
わたしの大好きなイエスのことばを伝えたい」一心で
新約聖書の4つの福音書を
オリジナルの古代ギリシャ語から翻訳。

本書で初めて
イエスが本当に伝えたかったのは

「わたしの与える掟はたったひとつ。
互いに互いを大事にしあえということにつきる」ということだった、と
理解できた。

有名な放蕩息子の話も、ケセン語訳によって
神の「馬鹿な子ほどかわいい」親心がよくわかった。

イエスが「治した」とされる
奇跡の数々についての
医師としての冷静な検証も勉強になった。
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2012年3月5日
新約聖書に示されたイエス・キリストという生き様は、立場によってあるいはイデオロギーによってさまざまに解釈されてきた。著者は、カトリック信者という枠組みで医師としての医学的な見地も含め、自分の言葉でイエスの生きざまを伝えようとしている。釜ヶ崎に住みながら「貧しい人々」のための新約聖書(福音書、使徒行伝など)を翻訳し続けている本田神父と同じように、自分の言葉で新約聖書を訳すという試みは、大切な作業である。ただ、ひとつ気になるのはフランシスコ会訳やバルバロ訳、あるいは新共同訳とは異なって「病人の癒し」「物狂いにつかれた人の癒し」について、医師としての見解を示している。この点はもう少し踏み込んでいただきたいと願っている。
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2013年12月27日
「心の貧しい人は幸いです。」で始まる山上の垂訓が、原語に戻って解説されています。この説明はいままでに聞いたことがありませんでしたが、より身近にイエスを感じる事が出来ます。また、福音の真の意味が(イエスがどんな思いで語ったかが)、よりよく分かったように思いました。少し読んでは考え、また進んでは意味を瞑想させられます。
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2014年12月4日
6ページにわたり、ページシワがよっている。おそらく、一度書店から返品された本を、私に送りつけた。
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2013年3月12日
 この本は、山浦玄嗣さんが、自分の言葉で翻訳する喜びを、より多くの人々と分かち合おうとした本である。著書はご存知のように、4福音書を「ケセン語」で翻訳し、それをローマ法王にも直接献呈するほど、筋金入りのキリスト者であるが、従来の「ケセン語」の翻訳から、一歩大きく踏み出し、より多くの人が分かる「セケン語」(「共通語」に近い話し言葉)で聖書を、それも大事なテキストとキーワードを選んで、翻訳したものと考えて、大過ないだろう。そして、その喜びに満ち溢れた翻訳であると、私は感じた。
 山浦玄嗣さんの翻訳のどこに魅力を感じるか?私が魅力に感じるのは、一つは、言葉にリズムがあること、もう一つは、日常生活に結びついた話し言葉、実感しやすい話し言葉で翻訳されていることである。これは本書の狙いが、机上で聖書の言葉を学ぶことにあるのではなく、生活の中の具体的な出来事(ダーヴァール)を通して、聖書の言葉(ダーヴァール)を学んでもらいたいということにあるからだと感じる(p.213参照)。日常生活の中での学びとは、より聖書的に言えば、日常生活の中に踏みとどまり(υ'πομενω)、神様の言葉に耳を傾け続ける(祈る=Προσευ'χομαι)ことによって、「イメージ」と「話し言葉」と「出来事」との結びつきを深めることである。著者がそういう学びを狙ったとすれば、著者がそう願うのは、「イメージ」と「話し言葉」と「出来事」の結びつきが深まる時、はじめて、神への信頼=πιστισ(従来訳では「信仰」だが、新しい訳では「神様を力頼みにする」「信頼する」p.178-183など参照)を養うことができるからだと考える。

 巻末に「新しい聖書訳語のこころみ」として、「従来訳」と「新しい訳」を対照表にしてれていることも、そういう学びの助けとなるでしょう。
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