上位の肯定的レビュー
5つ星のうち4.0よく噛んで味わう終わりなき日常
2004年6月21日に日本でレビュー済み
この小説は、一見すると単なる身辺雑記のように見えますが、読んでいるうちに、何か違う、という感じが沸いてきます。それが最もはっきりするのは、ちょっとわざとらしく挿入されているチェルノブイリ原発事故のくだりで、ここで登場人物は、環境問題について一席ぶつわけでもなく、国政政治についてウンチクをたれるでもなく、逆にノンポリ居直り宣言をするでもなく、くだらない感想だけで流してしまいます。つまり、この作者は、単に思いつきを書いているのではなく、何を書き、何を書かないか、ということを、強い思想を持って選別しているらしいのです。
この小説に書かれないものは、そういった社会的大事件や個人的大事件だけではありません。たとえば、いわゆる心理描写のようなものも省かれているようで、この小説には、似非精神分析には格好の素材と言える、ちょっと癖のある人物がたくさん出てきますが、その心理が深く掘り下げられたりすることもありません。
しかし、この小説を、いわゆるアンチロマンみたいなものだと考えるのも間違っていると思います。なぜなら、アンチXXというのは、何かを書かないことによって、逆に書かれなかったものにスポットを当てようという意図を持っていますが、この小説の力点は、あくまで書かれたものの方にあるからです。そのような作業を通して、著者が書きたかったものは何か、それは、陳腐な言い方ですが、「日常の中の官能」のようなものかもしれません。
おそらく、「あのころ楽しかったな~」というノスタルジーだけで小説を書いてみても、決してこの感じは出ないでしょう。作者は、そういう微妙なものを、強力なフィルタリングによって抽出することに成功しました。それは、「終わりなき日常を生きろ」とか悲壮に叫ぶよりも、よっぽど人々に勇気を与えるものだと思うし、もともと、小説の社会的機能というのは、そういうものだったかも知れないのです。