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ロシア文学に詳しいイギリスの歴史家E.H.カーは、『白痴』は「ドストエフスキーの作品のうちで最も深い悲劇的な作品で、他の傑作にはみられない清澄さにつらぬかれている」と評している。深い思想という点では『カラマーゾフ』かもしれないが、芸術表現という点では『白痴』が最高傑作と言ってよいであろう。それは、悲劇的であると同時に限りなく美しい。臨場感に富んだ、手に汗を握るような恋愛小説でもあり、トルストイが「これはダイアモンドだ」と評したのも頷ける。人間を生き生きとした存在として描くという点でも、主人公のムイシュキン公爵、そして、ヒロインのナスターシャ・フィリポヴナやアグラーヤは、今日、我々の中に現実に生きているかのような鮮烈な印象を与える。木村浩訳は、やや硬質であるが思索的で格調高い日本語であることを特徴とする。最近の望月哲男訳も優れた訳であるが、やや会話的であるのと比べてみよう。スイスから帰ったばかりのムイシュキンの科白。(望月訳)「先ほどなどは、ひょっとしたら自分こそ本当に幸せな人間ではないかと思ったほどでした。だって会ってすぐに好きになれるような相手にはめったに出くわさないものですが、ぼくの場合は汽車から降りたとたんに皆さんのような方々にめぐり会えたわけですからね」/(木村訳)「さっきもちょっと考えたんですが、ひょっとすると私は実際幸福な人間かもしれませんね。一目見てすぐ好きになるような人には、容易に出会うものではないでしょうが、私は汽車を降りてすぐ、あなたがたのような人にお会いできたんですから」
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2001年5月25日
「あの人は良い人だ。だから、私はあの人が好きなんだ。」
あなたは、他の誰かさんについて、こんな風に思ったことがありますか? もしそうなら、この主人公、ムイシュキン公爵のこともきっと同じように、いや、もしかしたら、その誰かさん以上に好きになるかもしれません。「世界をひっくり返すほどの」美貌と、恐ろしいほど深く傷ついた心をあわせ持つヒロイン、ナスターシャも、公爵に「生れてはじめてほんとの人間を見ました」と告白します...
極端な話ですが、たとえ『罪と罰』と『カラマーゾフの兄弟』がこの世に存在しなくても、ドストエフスキーは、「無条件に美しい人」を描こうとしたこの長編だけで、世界文学史に第一級の天才としてその名を輝かせていたでしょう。超・善人の主人公を中心に、一癖も二癖もある表情豊かな美女達と、彼女たちにすっかり目が眩んだ男達がおりなす、波瀾万丈のラブ・ストーリー。いわく言い難いとぼけた味の脇役達も、それぞれ個性的なやり方で盛り上げてくれます。一体、最後は、どうなるのか? ワクワク、ドキドキして、一度読み出したら途中でやめられない、エンターテインメントとしても素晴らしい作品。それでいて、読者が忘れかけていた、人生にとって大事な何かを、じわぁっと温かく思い出させてくれる力を持った不思議な本です。
あの黒澤明監督が、どうしてもどうしても映画にしたかった、という、この人の心の美しさの極限世界に、あなたも一度どっぷりと漬かってみては如何ですか?
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2015年1月31日
『白痴』。このタイトルは癲癇もちの主人公、ムイシュキン公爵を表している。
が、そんな主人公など話にならないほどのイかれた面子がこれでもか、と登場する。話の主軸は公爵を含めた4人の恋愛物語なのに、あちらこちらへ話が飛び、かなり長い物語になっている。しかも、それぞれの登場人物の背景も主役並みに濃い。チラっと登場するモブキャラですらその半生が設定されているなど、ドストエフスキーの登場時人物に対する愛の深さが見える。
しかし、この作品で一番重要なのはストーリーだ。特に上巻の一章と下巻の四章は本当に素晴らしく(というより二、三章が話の本筋から逸れまくるので少しもやもやする)、今日まで名作と呼ばれる理由が分かる。キリスト的なムイシュキン公爵の純真な発言と、どろどろしたロシア上流社会の生の声のぶつかり合い。しかし、その本質は現代の我々の心にも響くものとなっている。おそらく、古代ギリシャの『国家』や平安時代の『源氏物語』が現代でも読みつがれているように、千年後の未来も帝政ロシアの『白痴』として人類の歴史に残る作品だろう。
時間があったらまた再読したい作品。今度は公爵以外の人物に着目して読んでみたい。また、これを機に『カラマーゾフの兄弟』にも挑戦したいと思う(あっちはこれよりも長そうだが……)。
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2005年8月11日
面白いのだけれども、読んでいると「これは誰の名前だ?」とわかんなくなってしまう。
ロシア人の名前は「本人の名前」「父の名前」「姓」によって成り立っているらしく、主人公はレフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキンという名前です。
これがムイシュキンと呼ばれることもあればレフ・ニコラエヴィチと呼ばれもします。
さらに登場人物によっては愛称、卑称も加わりますのできちんと名前と人物を結びつけておかないと混乱してしまいます。
最初にフルネームがでてきたらとりあえずそれをメモしながら読んだほうがいいかと思います。
本の内容はとても満足できました。
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2004年3月19日
 一応ドストエフスキーの作品は中編・短編まで一通り読んだ、でもごく普通の読者です。難しいことは良く分かりませんが、この物語はドストエフスキーの作品の中でも非常に分かりやすく、また最も好きな作品です。
 ご存知の通りキリストを想起しながら「無条件に美しい人間」を描くことを試みたこの作品に、作者は「白痴」と名付けました。この作品はタイトルが初めから明らかにしている通りに非常に残酷な物語でもあります。
 物語の詳細に触れる必要はないでしょう。とにかく、「無条件に美しい」主人公のムイシュキン公爵はいつでも誠実であり続け、そのために信頼され、同時に失笑を買い、また人を傷つけます。そして、主人公自身も自らの誠実さのために傷つき、最後には文字通り正気を失ってしまいます。
 誠実であろうとすることの困難さ、非常識さ。無条件に美しい人間なんて結局は現実世界と相容れないんだという著者の認識と、この救いようのない結末。
 しかし、おそらく誰もがムイシュキン公爵を愛さずにはいられないし、またどこかでこうした誠実さを渇望している筈です。おだからこそこの物語が多くの人の心を捉えて離さないんでしょう。
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2015年1月31日
大部分が台詞で構成されている。やや説明的な、現実の会話としてはくどめの台詞の組 み合わせ。人物の性格づけは 、手短な外見の説明と台詞の話しぶりを以てしている。 登場人物はとても多く、主要な人物が一つの場面に勢揃い することも多い。以上から、戯曲を読むような 感覚がある。大部だが、大河小説とはまた異なる。

断言を避けた、ほのめかしの発言や叙述によって、陰謀やハプニングが読者に提示される。詐欺や裏切りの数々。

しばしば激昂し、気絶すらする登場人物達。「彼はつい最近はじめて彼女(ナスターシャ・フィリボヴナ)のなかに発狂の兆候を認めた(後略)」(427頁) 。メンタルに課題を持っているのは主人公だけではない。

主人公のムイシュキン公爵は、上巻の範囲では、思考能力が低いわけではない。むしろ、「どうかするとおどろくほど早く、しかも細かい点まで 万事を了解し、並々ならぬ説得力をもってそれを人に伝える能力を持っている(後略)」(1 64頁)。理解力ではなく、「これを言うと不利になるから黙っておこう」「「相手の出方を伺いながら小出しに反論しよう」といった、発言における戦略性が、欠けている。つまり人が認めたがらない真相のようなものを文脈をわきまえずに明言するので、周りの人達が混乱する。出来事の本質が早期に明らかになるという面もある。

人物から打算や自己欺瞞や嘘を削り落としていくと、物語の中でどんな生き方をする人物が造形されるだろう。 それが物語の中で姿を表すことになっているなら、それに憧れも期待も持ちたくなる。

ドストエフスキー『白痴』(上 )木村浩訳
新潮文庫 ト-1-3
昭和四十五年十二月三十日 発 行
平成二年四月五日 三十五刷
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2015年1月9日
作家のモームかスタンダールが言っていた事であるが、<最良の読者と言うのは、作家の作品の中で至福の時を過ごす人である。>あれこれ小説の分析や批評をすることなく、読者が小説を楽しめば、それが作家冥利に尽きるのであると言っている。であるから、どのような解釈をしてもそれはそれで自由なのであるが、小説の構造や論点を一応押さえて読むと言うことも楽しいと思う。

一つは、「白痴」と言うタイトルである。白痴は、主人公ムイシュキンを表しているが、彼は普通の見方をすれば知能が劣っているとは言えない。そして、彼は、世の男性が羨むナスターシャとアグラーヤから愛された人物である。なぜ、「白痴」と言うタイトルを付けたのだろうか。もう一つの論点は、ナスターシャがなぜ、ムイシュキンを好きであるにも関わらず、2度も愛の成就の一歩手前で関係を壊し、逃避したかという点である。

そんな点を意識して読んで自分なりの答えを見つけるのも楽しい事だと思う。別に、単に読み進めてもドフトエフスキーの名作には、その文章の中にとてつもない情念とエネルギーが満ち溢れており、あがらえない磁力で引きつけられと行くと思う。
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2004年3月16日
『白痴』。 初めて読んだのは、暇に任せて近所の図書館に入り浸っていた大学生の時。
読み始めてすぐに、ムイシュキン公爵に魅せられた。
ムイシュキン公爵が語り掛ける言葉を読むと、なぜか素直な気持ちになり心地良かった。
そんな自分に気づき、意外な気持ちになった。
自分自身の新しい面が発見できたのを感じた。

周りの人たちに壁を作っていた自分。
自分のことを、素直に表現することが出来なかった自分。
そんな私にとって、ムイシュキン公爵が羨ましかった。
ムイシュキン公爵の言葉が、心地良かった。

そしてムイシュキン公爵に、人と素直に接することがいかに美しいことか知った。
しかし、それから十数年、二度、三度とこの『白痴』を読むたび、今の自分を思うたび、
人と素直に接することが如何に難しいか痛感している。

そんな時、ふと、ムイシュキン公爵のような人が恋敵になったら苦しいだろうなと思う。
ムイシュキン公爵を否定するのは、自分自身の最も大切な部分を否定してしまうようなものだ。
ロゴージンは苦しかったろうな。
そう思うと、私は切なくなる。
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2011年10月7日
上下巻読み終わって、ぜいはぁしちゃったくらい最後ははらはらして
打撃を受けました。
ああ、ムイシュキン公爵は最後どうなってしまうのというミーハーな
読みだけど。

僕がこの本で一番すごいと思うのは、作者の悲願だったとされる
無条件に美しい人を描くことの成否よりも、そのための
演出でしょうけれど、周りの人々の俗っぽさ、下劣さ、下品さ、
粗野、粗暴、悪意、敵意、それらの描かれ方の具体的で
もう読んでてちょっと腹が立ってきちゃうくらいの迫り方
でした。
そして、ちょっと考えてみるとそんなことは自分でもどっかで
やってそうで、ムイシュキン公爵の応答を読み進めるにつれて
1400ページをかけて自分の内側を全部こそげるみたいな
何とも言えないお掃除感を受けました。

ただね、この本はやっぱり罪と罰なんかに比べたら登場人物
が多い感じで、できれば一気に読みたいし、僕みたいに
2週間もかけてちょっとずつしか読めない状況であれば
どっかネットで探して登場人物一覧を手元に置いた方がいいの
でしょうね。相当回数、「あれ、誰だっけ」となって、
前に戻って探すことになりました。

これで40過ぎにして5大長編を3つまで読むことができた。
止められない。ドストエフスキー。
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2004年2月17日
スイスの精神療養所で長期療養を終え、ロシアに戻ってきたムイシュキン公爵。純粋で無垢な心をもつ公爵が、現実を知らぬままにロシア社会に飛び込み、巻き起こす騒動とは・・・。公爵と遠縁の良家エパンチン家の三女で身勝手なアグラーヤと、汚辱の中にありなお気高さを失わない美貌の女性ナスターシャ、正反対な二人の女性と分け隔てなく接し両方を愛するムイシュキン公爵の三人の交流を核に、ロシア社会の病理を描く。
あとがきに、「この長編の主要な意図は無条件に美しい人間を描くことです。・・・(中略)・・・この世にただひとり無条件に美しい人物がおります――それはキリストです」というドストエフスキー自身の言葉が引用されています。確かにすべてを許し、常に与え、その純粋さゆえに、俗にまみれた取り巻きから「白痴(ばか)」と呼ばれるムイシュキン公爵は、ドストエフスキーによる、当時流行の無神論に対抗して神の存在を証明する、もしくは個人に内在する神性を具現させる試みといえそうです。
一般的に、意志を持って何か行動を起こす、という行為そのものに、目的を達する障害は排除する、というエゴイズムが内包されていると思われます。純粋な善玉キャラクターを創造する試みの中では、そうしたエゴイズムを避けるために、往々にして極端に無色透明な性格に描いてしまうことがあるようです。結果として、キャラクターの意思が不在になり、行動の動機が希薄になるのです。それこそがドストエフスキーの狙いだったのだとは思いますが、ムイシュキン公爵の人物造形は、あまりにつかみどころがなく、残念ながら私は感情移入がしにくく感じました。
また、物語を進行させるための伏線の数が大変多く、筋が見えにくいのも難点の一つです。ドストエフスキーの思想を理解する上では重要な作品だと思いますが、もう少しシンプルに面白い作品があるので、最初に読むのであればそちらを先にお勧めします。
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