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カスタマーレビュー

5つ星のうち4.2
124
草枕 (新潮文庫)
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2017年7月3日
熊本の城下町からほど遠い那古井温泉。東京の雑踏から逃れて、三〇歳の画工が旅の宿を求めてにやって来た。彼が来たのは物見遊山のためではない。うんざりするような人と人とのつながりを逃れて、「非人情」の詩境に浸るためである。やっかいな人間関係から距離をおいて、画工は人と自然をあるがままに眺めようとするのである。

那古井で生きるさまざまな人と彼は出会う。しかし、この物語には騒ぎもなければ大きな喜怒哀楽もない。美しい女性に目を惹かれても、恋に落ちるまでには至らない。目の覚めるような事件は何も起こらない。那古井の日常風景をのんびりと楽しむ画工に、読者はひたすら心を委ねるだけで良い。不思議なことに、俗世間のわずらいを忘れ去った画工と同じく、私達も心が落ち着く場所へと運び去られていくのである。
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2017年12月29日
 山里の温泉へ向かう画工は、四角な世の中の一角を削るのが芸術であると言う。温泉宿は日露戦争の影響で客足が途絶えている。画工は、山里で俳句や漢詩を作って日を送る。宿の娘那美は、夫が勤めていた銀行が戦争の影響で破産したのを機に離婚して帰っている。ある日、那美のいとこの久一に召集令状が届く。画工は、出征見送りの供に加わる。ふもとの駅へ向かう川舟の中で、那美は、久一に「御前も死ぬがいい。生きて帰っちゃ外聞が悪い。」と声をかける。宿の老人は「死ぬばかりが国家のためではない.。わしもまだ二三年は生きるつもりじゃ。まだ逢える。」と久一に生きて帰ってきてくれと言う。駅に着くと、久一が乗り込んだ列車の窓から仕事を求めて満州へ行く那美の別れた夫の顔がぬっと出る。呆然と列車を見送る那美の顔。『草枕』は、山里での芸術論と日露戦争の影が対照的な作品である。
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2018年3月10日
 書き出しが有名だが、全編夏目漱石の学識に裏付けられた名文を楽しむべき作品と思った。ひなびた田舎を訪れた画家が謎めいた美女と出会うストーリーは怪談風だったが、そうではなく、出征していく若者と食い潰して満州に出稼ぎに出掛ける女性の前夫を皆で見送るラストまで、画家は絵を描くチャンスを常にうかがっているものの、遂に1枚も描いてはいない。絵を描く替わりにその画想を俳句やら漢詩として記し、芸術論らしきものを吐くと言う、やくたいもないストーリー。明らかにこの作品には何かを言いたいと言う作者の主張はなく、かと言って出来事や人物の心境をあるがままに描く自然主義と言うわけでもない。通常の小説としては欠陥品のような作品だが、それを補って余りある名文がとても印象的で心に残る。
 だが同時代の作家の中で唯一今もなお読み継がれているのは夏目漱石であり、内容は乏しいが名文の塊と言うこの「草枕」なのだ。恐らく夏目漱石自身、実験的に書いたと思われる本作は、小賢しい私達の理解を超えているのだろう。不思議な作品だ。
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2018年1月4日
よくここまで言葉がほとばしり出るなと思いました。
その領域は広く、特に漢詩の造詣の深さにはやはり明治を感じる。
(この作品は、明治49年の作とのことである。)
こころを少し前に読み返し、その昏さが心に残った。
そして、昨年は行人を読んだが、その兄の精神のありよう、兄嫁の不穏さにいいようのない昏さをまた感じた。
その点この本はまだお気楽であり、特に、探偵がひった屁の数を数えるところには苦笑してしまった。
人の行状を詮索する、人のこころもちを同定するなど、実につまらないことだと思った。
次は、門の予定。
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2018年1月10日
新聞の書評欄で、さる高名なアニメ映画監督が、繰り返し読む とのことで読んでみました。
最初は難解な熟語や昔言葉に戸惑いますが、繰り返して読むほどに味わい深くなっていきます。
キンドルで読めば、漢字の意味や、語彙の確認や、散見される中国古代の詩人・高僧らについてgoogleやwikiで手っ取り早く調べることができるので、便利で理解が深まります。結局、中年男(漱石)の願望を、主人公と那美さんとの関係に反映させていてまさに桃源郷と思う私は、うわべだけしか読み込めていないのでしょうか?
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2014年3月14日
山路を登りながら色々考えた人がいたそうな。
その後に続く一文は至極もっとも、一々うなずかされる。
たしかにそうなのだ。
人の世に暮らすと思いもよらぬことが実に不躾に土足でどやどやと懐へ上がり込んで来る。
これら闖入者に一々かかずらえば心はあっという間に困惑と動揺でとっ散らかってしまう。
人はそのとっ散らかりを不条理と呼ぶ。
一方、喜怒哀楽、人情と呼ばれるものもある。
この人情をとっ散らかりの心に注いでやる、するとそこにメロドラマが生まれる。
時には中島みゆきの唄も生まれる。
すべての模糊とした混乱は晴れ渡り、人は晴れ晴れと泣いて笑ってまた日々の営みへと戻ってゆく。
このようなショックアブソーバーが世のからくりをつつがなく運営させるには欠かせない。

しかし、メロドラマによってシェイプされた心の澱たち、これらはどこに行ってしまうのだろう。
運が良ければそれらはアートと呼ばれる活動によって拾い上げられ、表現へと昇華されるのかも知れない。
だか、そのほとんどものは誰も知らない何処かへとただ流されてしまう。
その行き先を彼岸と呼ぶか、なんと呼ぶかは定かでないが、流すことと営みはイコールであり、ケジメ、セレモニーといったものはこの流れを司る水門である。

時には世の隅々に敷衍されたこの暗渠の仕組みにはたと気付いてしまう人もいる。
それはそういうものだと割り切れば良いものを、その類の人たちは心に起こるざわめき悉くに愛着が強く、内に抱える諸々を己の手で撫で検分するのを自分の仕事と課している人々だ。
しかし、流れてくるものを一々拾い上げて検分していては、滞ることを良しとしない世の流れから大きく置いてかれてしまう。
両者の間に摩擦が生じる。
彼らにとって一見無慈悲にも見える世の営みを背に感じながら生きるのはなかなかに息苦しい。
では、いっそ世の流れに背をむけ草庵にでも篭るか。
いや、どれほど距離を隔てたところで人を世の営みから隔絶することは不可能だ。
人が人として存在すること、それ自体が世の営みの一部だからだ。
野に咲く花のように生きたくとも、いくら貝になりたくとも、人は人であることをやめられない。
そのような願望を抱くことほど人間臭い思考もない。

しかし、どうにもならない世の流れを眼前に控えながら、己の仕事の進捗を確保する鄙びた観測地点だってあるのではないか。
情に棹させば流されるが、むしろ流れの中に身を横たえ錨を降ろして留まることだって可能ではないか。
その重しのように心に抱く錨のごときもの、それこそがあわれと呼ばれる観念ではないかという気がする。

絵を描くのに大事なのは、美しいライン、美しい色合いを生み出す指先の技術はもちろんだが、それ以上に絵画の美醜を本質的に決定づけるのはキャンバスをどこに置くかということではないか。
観測地点をどこに設定するか、対象との位置関係をどう捉えるかに絵描きとしてのセンスが問われる。
なんなら絵を描くのなんて二の次かも知れない。
この物語はちっとも絵を描かない絵描きによるキャンバスの置き場を探る旅である。
一所に留まり絵をしたためるには、この世の全てはあまりに美しく、人の世は難しい。

このような物語を残した漱石という人物は、あまりに多くのものが見えてしまう人だったのだろう。
しかし、多くを見渡せる事と人格のタフネスは決して一致するものではない。
人一倍多くを受け取ってしまう感受性は、やはり傷つきやすい普通の人々と同じ器だったのではないか。
高みから世を睥睨し気炎を吐くような大人物では決してなかった漱石。

立派な人格者でもなく、悶えに悶えながらも己の仕事を完遂した先生をお慕い申しあげます。
立派な人は苦手なんです。
僕もそんな人格者じゃないんで。
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2016年5月18日
今読んでみても、古典的良書は胸を撃たれます。
昔とは違った感じで、感情移入もできて満足でした。
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2017年2月12日
幼少のころ、50年前、古い漱石全集が自宅にあり本棚で圧倒的な位置を占めていました。便利な時代になりました。
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2013年11月28日
漱石の本は学生時代すべて読みましたが、あらためて読んでみました。あて字の名人漱石。そして昔は、難しい漢字がたくさんありましたが、現代風によみやすくなっていて、今でも通用するのは漱石ぐらいでは?さすが自己本位主義の文豪です。
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2015年6月5日
草枕を最初に読んだのは高校生ぐらいだったか、あの時は自分自身にボキャブラリーもなく、文章の影に隠れた「あわれ」を意識することもなかった。が、この歳になって読み返してみると、この小説の持つ切なさ、哀れがようやく読み取れるようになった。
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