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カスタマーレビュー

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71件中1 - 10件目のレビューを表示(高評価). すべての77レビューを表示
2015年7月7日
今年3月に落語家桂米朝さんがお亡くなりになりました。本書を読んで、お弟子さんの桂ざこばさんが、師匠が亡くなるまでの様子の話をしていたのを思い出しました。「もう亡くなった人を何人か看てきたけど、これほどキレイに苦しまんとフェードアウトできるかっていう、見本みたいな…キレイな亡くなり方でしたわ…」

とある数値が時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり下がっていくそうです。「人はこんなにキレイに死ねるものか」とも言われてました。

また、本書で触れられている医者の『自己保身』については、サラリーマン(私)のまわりでも常に「進むべき道」を阻む最大の邪魔物であり、酷く残念ではあるが同じ人間である医者ーーであり且つ人の一生の最期に携わる仕事ーーにも暗い影を落としているということが、なんともうまく表現できない世の中に対する悔しさというか、歯痒さのようなもの…を感じました。

その中において「変えるべきは、変えよう!」と、多くを背負って前に進める著者の想いが素晴らしいと思える作品でした。
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2016年12月27日
すごく難しい問題で、何が正しいとか間違っているとかはないのですが、
私自身が大好きなおばあちゃんの「死」に向き合った時に、
どうしてあげることが一番おばあちゃんにとっていいのかをすごく悩み、手に取った1冊です。
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2012年10月15日
 生き方が人それぞれなように、死に方も人それぞれで強要はできませんが、でも「こういう最期であってもらいたい」とは思います。無理な延命治療でつらい思いや経験はしたくないし、してもらいたくもありません。現実はそうはいかないこともあるかもしれませんが、まずは、その思いや知識を持つことは大切です。

 終末期の胃ろうについて、「無理に食べようとすると誤嚥して、肺炎を起こします。そのため胃に直接栄養剤を入れる胃ろうの手術を勧められます。」とあります。本書では、「誤嚥するから」というよりは、「無理に食べようとすると」が問題であるとしています。同じく、過剰な水分と栄養の補給。無理に摂ろうとするから起こる問題があります。本当に必要としているのか、していないのかの判断が重要です。

 つまりは、人それぞれです。人それぞれだからこそ、このように問題となるのでしょう。だからその都度、考えられる必要があります。誰もにいずれは訪れる「死」について、考えてみてはいかがでしょう。
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2010年3月22日
私も在宅医療をやっている医師の一人で、寝たきりの高齢者や施設の高齢者を多く診ています。
まさに現実はこの本にあるとおりです。口から食べられなくなるということが死を意味していた一昔前のほうが、はるかに本人も家族も幸せだったと思います。医療の技術が進歩するということは、逆にきちんとした死生観を持つ必要があるということです。臓器移植の脳死判定も含めて、日本人はもっとも苦しい問題には正面から向かい合わず、きれいごとを言って逃げてばかりです。その結果が現在の状況を生んでいると思います。冷静で真摯な筆者のことばに非常に感銘を受けました。
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ベスト500レビュアー2015年12月16日
著者は慶応大学を卒業し、現在は老健施設で医師として勤務しています。
本書は著者の施設での看取りから、「心安らかな最期を迎えること」について考察したものです。

著者は昭和10年生まれで、外科医としてキャリアを歩みました。
若手のエースとしてドイツで最先端の医学を学び、黎明期の血管外科医として多忙な日々を過ごして来ました。
手術前には真剣に神に祈り、力を尽くしても死の転帰を迎えた時は苦悩することもありました。
それでも失敗と向き合い、努力し、この道を自らの使命と定めて邁進しました。
しかし順風だった人生が、病院内での派閥抗争に巻き込まれると暗転します。
信頼していた仲間から裏切られ、失意の中で病院を追われた時には初老となっていました。
己の寄って立つ大地が予想以上に脆かったことを知ったゆえに、絶頂だった頃には考えもしなかった現在の職場への奉職を決めました。
華々しかったかつての場所とは異なり、そこは様々な問題と矛盾を抱えた暗い場所でした。
訴訟のリスクを挟んで利用者と親族やスタッフ間にある緊張関係、配置医師が保険請求できないために被る途方もない手間、そして死の扱い。

死は全ての人々に等しく訪れる契機ですが、徹底的に忌避され、少しでも長く生かすために鼻や胃にはチューブが差し込まれて栄養が無理矢理流し込まれます。
しかし過剰な食事は誤嚥性肺炎を、点滴による余分な水分は肺を水浸しとして肺水腫を誘発し、苦しみに満ちた死を迎えていました。
その一方で、様々な事情で医療が介在しなかった患者たちは穏やかな死を迎えていて、著者は延命治療の意義について考え込んでしまいました。

そこから著者の奮闘が始まります。
死は根源的な問題で、当事者も入居者だけでなく、家族、医療関係者、国の制度にまで及んでいて、さながら迷宮のようです。
しかし実存にも関わる大切な問題だと試行錯誤を続け、理想に近い形での施設運営を可能にしました。
それは著者自身がかつて暗夜のような苦しみを経て、己の実存に向き合ったことが大きいと感じました。
逆にもし日々の気晴らしの中に埋もれていたならば、決して気づくことがなかったことなのでしょう。
本書の最後は次の言葉で結ばれていて印象に残りました。

 「この世で一番幸せなことは、精一杯生きて心安らかに最期を迎えることです。
  私は施設の医師を引き受けて、初めてこのことを知りました。」

本書では著者が提唱する「平穏死」に対する考察が丁寧に行なわれていましたが、評者にはメメントモリ、死というフィルターから眺めた光景が琴線に触れました。
施設の入居者達は人生の終盤に立ち、枯れ木のような相貌で、活動性は薄く、思考も認知が混じって混沌としています。
その枕元に飾られた写真には、彼女たちの人生の軌跡が鮮やかに写しこまれていました。
はにかんだ少女、生命力に満ち溢れた水着姿、軍服姿の若かりし亡夫、そして少し前の新年会で息子さんと並んだ姿など。
セピア色の思い出の数々と、死に向かう姿との対比から浮かぶ世界の儚さ、人が持つ実存に圧倒され、心揺さぶられました。
読みやすい文章で綴られていましたが、その言葉は切れば血が滲むように熱い思いが込められていて読み応えがありました。
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2010年11月3日
どうして長生きが幸せにつながらないのか。
どうして人に元気を取り戻す技術のはずの医療が社会の負担と言われてしまうのか。
「とにかく抑えなければ大変」というのではなくて、力の入れ方、お金のかけ方が間違ってるのでは?
という思いで手に取りました。
「老い先短い年寄りは金のかかる治療は受けるんじゃない」という話かも・・・と思ってかかってましたが、
読むうちに、筆者の静かな中に懸命な本気に打たれました。
バリバリ最先端の外科医から一転、初め「お客様」扱いで、特養の常勤医に迎えられた筆者が、本気で看取りの医療を目指していく様。
適当にお飾りでこなすこともできたのに、軋轢覚悟で「よりよい最期」を迎えられる道を探し求めていかれた姿に、なぜそこまでまじめになれるのかと。
あとがきを読むと、そこには筆者自身の人生のリベンジ、理不尽な不遇の底から自分の生きる道を見つめ直した末の悟りのような意味合いがあるようなのですが、
その真摯さと、
「以前、特養に来る配置医には多額の収入が入るので、そのポストを割り振っていた医師会は三カ月ごとの交代制にしました。
そのままにしておけないので、厚生省は是正策として初診料等の打ち切りをした」(本書p.111より)という話と。
まさに、現実と理想のギャップというか、今の社会の行き詰まりを招いたものの正体を見るようです。
「平穏死」をどう考えるかということ自体には、もちろん異論もあると思いますが、
皆が「現実はきれいごとでは動かない」「本当にこれでいいとは思わないけど仕方ないんだよ」と手近の利を優先して、
よりよく変えるためのまじめな苦労をすることをバカにしていたら、どうなってしまうのでしょうか?
医療や福祉の話は、結局行きつく先は負担の話・削る話になってしまうとしても、その前に望む中身から考え直してみるべきでしょう。
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2010年2月24日
私たちは今の法律や制度の中では安らかに、穏やかに死んでゆくことが難しいのだと、その現実を知って戦慄が走りました。しかし、石飛先生のように、法律や制度の中で「できない」のなら、準備をし、熟考し、「できる」ようにして行けば良いのだと、勇気をもらいました。「死」について行政も私たちも未熟です、だから皆がこの本を読んで考えてもらいたいと思います。
一方、この本はマネジメントの参考書としても有効です。石飛先生のリーダーシップの取り方、組織改革の進め方、ビジネス面でも大変参考になりました。
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VINEメンバー2010年4月26日
 老衰の為に体に限界が来て、徐々に食が細くなって、ついに眠って静かに最後を迎える平穏な死を誰もが理想的と考えるだろうが、現実は延命措置を施され、苦痛を味わって死んでいく事も多い。
 本人がそのような死を望んでも、それは“治療の差し控え”として、家族の反対や、医師に保護責任者遺棄致死罪の適用されるケースもあって果たされがたい。
 しかし、胃瘻や経管チューブによる栄養補給は、栄養や水分過多となり、誤嚥性肺炎などの原因となり、結果として苦しみを招く。

 本書は、特養に常勤医として勤務し、4年で47名を看取っている現職医師による、そんな現状を踏まえての理想的な死の提言。
 ほぼ寝たきりの経管栄養状態でも、1200kcal/1400ml程度からゼリー食などで600〜400kcalまで減らすことで人間らしい穏やかな死へと向かう。
 最後は喉の渇きや空腹を訴えながら“餓死”していくのではないかとも思ったが、本書は老衰死の場合、栄養や水分の補給がない方が楽に逝ける例として、以前より三宅島で行われている同様の例や、欧州、日本老年医学会・植村和正医師の説をあげる。

 ちなみに生命維持装置をつければ、3日間で¥100万の費用がかかる。
 それで患者本人が苦しまずに逝けるなら値打ちはあるかもしれぬが、以前より無駄な延命ではないかとの不信感を持っていた私としては、自身はもとより、身内にもそのような死は求めたくはない。
 今後も類書や研究結果が多く出版され、コンセンサスを得るようになればと願う。
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VINEメンバー2011年1月28日
本書の立場に対する批判もあるだろう。

認知症患者の自己決定はどうなるの?とか。
いのちは与えられるもので、自分が決めるものではない、とか。

それでも、読んで、ラクになる、言いたいことを言ってくれた感が、わたしは強かった。
他の人は、その人なりの基準、死に方でいい。無理に考えを押しつけたり、基準をひとつにしなくてもいい。

でも、わたしは、この本に書いてある、自分で食べられなくなる時、という基準が、とても気に入った。
自分は、こうありたいと思ったし、家族にも、押しつける気はないけど、この本のことを話してみようと思う。

ひとつだけ。
胃ろうは、一時的に必要になってつけた後、元気になって外すこともできる。 本書は、あくまで、末期の話。
元気なのにも関わらず、自分で歯を折って食べられなくしようとしたおばあさんが出てくる小説・映画『楢山節考』は
いのちを考える上で衝撃的だったので、オススメです。
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2010年12月29日
老衰による延命治療は本人も家族も実は望んでいないのに選択できないように
治療されてしまう現状。

体がもう寿命であるのに治療したり点滴や胃ろうを行うのは、
患者にとって苦しく負担のかかることだという。
食べられなくなるということは、もう体が寿命だと言うのである。
より安らかに看取る方法が具体的に書かれていて
死・老後・未来への不安や恐怖が軽くなったように思った。

老衰患者を苦しめる延命医療に莫大なお金がかかっていることも、
問題だと思う。

曽野綾子著の「老いの才覚」も読んだが、あわせて読まれることを
おすすめします。
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