Androidアプリストア Amazonファミリー nav_flyout_booksbusiness psm Amazon MasterCard summer_Bike nav_flyout_Music ファッション Fire 7 ・Fire HD 8 Fire TV 熊本県フェア 年末年始ダイエット特集 大型家具・家電おまかせサービス Echo Kindle Amazon MP3 釣具・釣り用品 バチェラー シーズン2

カスタマーレビュー

5つ星のうち4.5
8


2015年5月6日
炊き出しの列に並ぶイエスキリスト。奉仕する側ではなくサービスを受ける弱くされた者の側におられる神。
本田牧師と同じく、クリスチャンとして聖霊の働きで恵みを貧しい人に与えるような態度を取っていましたが、何か大切なことを見逃してきたような思いに駆られ本書を購入しました。
霊的な目が開かれ、大切なことを多く学べる本です: イエスキリストご自身も弟子たちもクリスチャンであったことはなく、ユダヤ人として、キリスト派として生きたこと、聖なる者として神から報いを受けるために貧しさを競う必要はないが、神が福音を伝えらるために世に遣わされたのは貧しい人だったこと、そして弱く小さくされた者の方が聡いことを知って関わること等々。
釜ヶ崎(あいりん地区)での実体験を通して、様々な宗教の現界やクリスチャンの間違った思い込みに気付かされ、福音の実践を続けられる本田牧師。
マザーテレサの働きに代表される、最も貧しく小さくされた人に尽くす働きの意味をこの本を読んで少し理解出来たように思います。
39人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|1コメント1件|違反を報告
2016年12月9日
わかりやすい内容でした。勉強になりました。一度は読んで見ても良いと思います。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告
2015年7月25日
今までのステレオタイプのキリスト教観を崩してくれます。現役の神父がそこまで言うかぁと感じながら読んでます。神父といえども弱いのよ、弱いんを神様がちゃんと見てくれているのよ...繰り返し語ってくれます。
23人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告
2016年7月10日
私若かったころ、クリスチャンの友人に教会に誘われた。私のセンセイでもある大学教授がそこの信徒で、その日は彼の講演があるという。教授の話は量子力学のトンネル効果と神の奇跡とを関連づける内容だったが、私は“バカか!”と反応して、センセイにもキリスト教にも背を向けてしまった。もっと後になって、姪ッコと(こともあろうに)長女が、ブライダル産業と化した教会で結婚式をあげた。“神は愛なり”と唱えるアルバイト(らしい)牧師に吐き気がした。
 イエスには親鸞と似た思想があると感じるところがあって嫌いではなかったのだ。しかし“キリスト教”については、ニーチェのキリスト教批判やリチャード・ドーキンスの「神は妄想である」に共鳴するところが強い。それでイエスとキリスト教は違うんだと、私の中で一応のケリをつけていた。しかし「釜が埼と福音」を読んで、本田牧師の聖書理解だと違和感なく受け入れることができる。伝統的な聖書の記述の不可解なところがかなりの程度氷解する。例えば、イエスは文字どおり密通による不義の子として生まれたと素直に理解する。そのことがイエスが“貧しく小さくされた者”として生きなくてはならず、そこから立ちあがろうとするイエスの生き方に繋がるのだと読み込むのである。他にも眼から鱗がたくさんある。本田牧師がそのようなことをできたのも、誠実に生きるべく自己反省が強かったことだけでなく、聖書の原典にあたる語学力と熱意によるものに違いない。未だに聖書を誤読しておとぎ話にしてしまう人たちは、よろしく脱帽すべし。
26人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告
2015年8月12日
テレビで本田哲郎神父の活動を拝見しました。
聖書を原典からひも解く姿に感動しました。
12人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告
2015年11月25日
形式: 単行本Amazonで購入

キリスト教徒は、神の選びの本質を無視しているという指摘が胸に突き刺さる。

神は洗礼を受けたキリスト教徒を選んだのではなく 人から人として扱われず、追いやられ小さくさせられてしまった人々を選ばれている。

「神の選びの本質」を 聖書の中でどのような人物が選ばれているか、またイエスの語られた言葉からひも解き、そのことを釜ヶ崎にいるホームレスにされてしまっている人々の感性から学んだことを語られています。

福音とは何か 神の国とは何か 神とはどこにいてくださるものなのか せまってくるものがあります
16人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告
2015年8月12日
実際の生活に根差した宗教のあり方が伝わってくる。自身のあり方に反映させるのはなかなか困難と思ってしまうが。
11人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告
VINEメンバー2017年8月2日
聖書には、クリスチャンでなくても知っている有名な言葉がたくさんある。
著者は生まれついてのクリスチャンで、教えられるまま素直に従来通りの解釈を身につけた。
しかし行き詰まり、聖書を学びなおした結果「従来の解釈にはには誤ったものが多い」と気づき、本書の中で自身の解釈を披瀝してくれる。
その解釈はクリスチャンでなはい私にも、むしろしっくりくる。
「なるほど本来そうであるべきだよなぁ」と思える解釈である。
恐らく、カトリックである著者が、聖書に新たな解釈を加えることはかなりの冒険なのではないかと思う。
イエスの説く本当の教えを解ってもらいたい、という熱意の現れだろう。
ただ、最後に至って「弱き者とともに行動しなければならない」「行動はどうしても社会的、政治的にならざるを得ない」と説く。
「具体的にこういう行動をせよ」と説くわけではないが、イエスもそのように行動したと言う。
イエスがそうであったかどうかは私には分からない。
しかし、社会的、政治的な行動を推奨する姿勢には、私は残念ながら賛成しかねる。
宗教者の行動とは何か、聖と俗の線引きはどうあるべきか、などは議論が分かれる問題だろう。
イエスの生きた時代の「社会的、政治的行動」が、今の時代と同じだったとも思えないし。
最後まで読んで、「なぁんだ」とちょっとがっかりしてしまった。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
|0コメント|違反を報告