カスタマーレビュー

2019年5月4日に日本でレビュー済み
 23巻のレビューに今更書くことでもないが、まずこの作品の登場人物が目指しているヒーローとは「職業ヒーロー」である。現実の子供たちもTVや雑誌で医者・弁護士・警察官といった職業に憧れ、「なりたい職業」欄に書いたりするものだが、その中に「ヒーロー」という職業がある。そういう世界である。
 登場人物たちの動機も、「どんな困ってる人も笑顔で助けちゃう」「最後は必ず勝つ」姿に憧れて、「お金稼いで父ちゃん母ちゃん楽させる」、同じ職業に就く家族の影響、など様々である。ヒーローとは街にいる、家族にいる、手を伸ばせば手が届く、そんな身近な存在なのである。
 そんな我々のヒーローのイメージが既に覆っている舞台設定において、「本当のヒーローとは何か」を作中人物が一歩一歩模索している姿を追っているのがこの作品である。この作品にヒーローはいない。ヒーローという職業に就いている人を「ヒーロー」と呼んでいるにすぎない。作中でNo.1と呼ばれたオールマイトでさえ例外ではなく、本人なりにひた走ってきただけであり、第1話から読者の目に晒されているのは全盛期を過ぎ骸骨のように痩せ衰えた彼の姿である。一般的な理想のヒーロー像とはかけ離れた、なかなかショッキングな姿が、彼のトゥルーフォーム、本来の姿だ。
 そう、現状まだこの作品にヒーローなどいない。それぞれの生い立ち、立場、価値観等々をもって「本当のヒーローとは何か」という問いを作中世界に、引いては我々読者に投じる者たちがいるだけである。
 「こんなのヒーローじゃない」という感想は、まさにその問いを受け止めた読者だからこそ出る賛辞に相違ない。その感想の裏に、「ではヒーローとは何か」という問いへの思索があり、「これこそがヒーローだ」というその読者なりの答えがある。壁にぶつかり、考えては、その時その時の自分の答えを信じて進む作中人物たちのように。作品と読者の一つの理想的な関係ではなかろうか、とさえ思われるのである。

 かく言う自分も毎巻「こんなのヒーローじゃない」「何をもってヒーローなのだろう」と考えながら楽しく読んでいるクチである。この23巻では、爆豪と轟がようやく仮免を取得する。爆豪の暴言は相も変わらずで、「何でコイツにヒーロー仮免が出るんだ」と思う。一方で、取得から30分で轟と共に窃盗集団全員の身柄拘束・盗品確保・人命救助を全てこなしたのもまた事実である。職業ヒーローの仮免許取得も納得の素晴らしい活躍である。
 現実でも医師・弁護士・教師等々の職業も資格取得者が従事している。彼らは資格取得時点で既に手腕・人格共に完成した申し分ない素晴らしい人物ばかりなのだろうか。それに越したことはないだろうが、理想ばかりでは圧倒的に数が足りなくなるだろうな、などと考える(最近も大門未知子を見ていて、腕は完璧だが人格に難ありな医師の是非について考えたことを思い出す)。なんにせよ職業ヒーローになれることと本当のヒーローになることは、また別問題である。
 また今巻、前半でOFAの力がAFOの力に通じるという示唆もあった。デクを将来の最高のヒーローたらしめる大きな要因と思われていたOFA、「ヒーローの象徴たる力」が、本当に善き力なのかどうかさえ雲行きが怪しくなってきた。「この力は味方になってくれる」というデクのモノローグと「あいつ(AFO)とおんなじじゃねえか」という爆豪の台詞の反復を収めたページがあるが、果たして物語はどちらに転ぶのか。
 後半は敵サイド。一旦全てを壊すことを目指す弔と、職業ヒーロー含め許可の出た者のみが個性を使用できるという、現在の個性社会の枠組みを壊すことを目指す異能解放軍。どちらが勝つにせよ、職業ヒーローという歪な枠組みの崩壊が近いのかもしれない。同時に、枠が取り払われてこそ「本当のヒーローとは何か」という問いの答えを否が応でも各々が示さねばならなくなるだろう。その意味で、是非敵にも頑張っていただきたい。応援している。
 最終的にデクはデクなりの「最高のヒーロー」の姿を示してくれることだろう。その時までに、自分も「最高のヒーローとは」と問われて自分なりの答えが出せるよう、作中人物たちの姿を通して今後も考えていきたいものである。
45人のお客様がこれが役に立ったと考えています
違反を報告 常設リンク

商品の詳細

5つ星のうち4.7
星5つ中の4.7
558 件のグローバル評価