カスタマーレビュー

2020年9月4日に日本でレビュー済み
作者が日常生活にてなんとなく使っていたことややっていたことをやめてみたら生活が豊かになったよ、という漫画。冒頭でこれらは自分にとって”必要なかったもの”であり、皆さんにとっては必要不可欠かも知れない、でも”本当に必要なもの”とはなんだろう?と考えるきっかけにでもしてもらえたら…とある。

まず炊飯器が壊れたことを切っ掛けに土鍋で米を炊いたところ、米がツヤツヤのピカピカ、土鍋ごはんメチャウマ!ということでこれを切っ掛けに炊飯器を止め土鍋で米を炊くことに。残った米は冷凍庫で保存しレンジでチンすれば炊飯器で保温していた米より全然美味い!…尚、作中でこの作者は”美味しいお米ランキング”を載せているのだが、土鍋炊きたてご飯が1位なのは言うまでもないが、保温ごはんは”最下位”ですらなく”ランク外”なので、保温ご飯に非常に強い嫌悪感を抱いていることを理解しとくべきである。それから、このランキングには4位(実質的最下位)に”冷凍炊飯器ご飯”も載っているのに、台詞では冷凍土鍋ご飯と保温ご飯を比較して語っているのだ。同じく冷凍した炊飯器ご飯も食べているのにそれとの比較(保温と比べるより遥かに重要だろう)を行っていないのはアンフェアでしかない。「土鍋は使ったあと丸洗いできるのが気ももちいいなあ、炊飯器はこうはいかないもんね」…どー考えても元から炊飯器にネガティヴな感情を抱いていたとしか思えんのだが。炊飯器メーカーは怒っていいぞ。

これを切っ掛けにいろんなものが不要なのでは、と思い始めた作者、次はテレビのつけっぱなしをやめてみよう、と。最初のうちはテレビを付けてないと時間がわからん…いつもテレビで時間を見ていたから…とデメリットを話す。結論を言うとこれは嘘である。何故なら作者はこのあとの話で、スマホ中毒だったと告白しているのだ。だったら時間もスマホで見ているに決まっているのである。テレビをやめるメリット・デメリットの話も眉唾臭く思えてくる。

次は掃除機もやめよう、掃除機きちんと使ったつもりでもジュータンがホコリだらけ、タンスの隙間や狭いとこには掃除機が届かないからやっぱりホコリだらけ、そこでフロアワイパーを購入したらめっちゃ楽、部屋全部これでいける!軽いしコードレスだし排気がないしフィルター掃除も要らない、そんでワイパーメインにしたからワイパーが使えないジュータンはやめちゃお、脱衣所のマットも風呂のドアにひかっけよう、床にものを置くのをやめよう、となって部屋もスッキリ!…掃除機でも床のものは片付けないといけないのでは?と思うのだが、「掃除機をかける事自体が面倒だから掃除は週に2度くらいしかしなかったけどワイパーなら毎日やる」という事である。そして掃除機の任務も終了したのであった。問題の根幹は”掃除機はめんどくさい”という著者の思考にあるだけ。掃除機メーカーは怒っていいぞ。

晩酌のビールもやめよう、ということになる。しかしなかなかやめられずにいたが、ある日、ビールと思い呑んでいたのがノンアルコールビールテイスト飲料だったと判明。要はシュワシュワした飲み物でカンパイして一日の労をねぎらえればなんでも良かったのだ!ということでそれ以降、晩酌は炭酸水になりました。…なんかおかしくないか…。偽薬効果みたいに”ビールだという思い込み”があったからこそそれで満足したんじゃないのっていう。だいたい、夫もビール呑んでるのになんでそんなもんが家にあったんだ?…重箱の隅をつつくのは”やめ”ませんよ。

一方で作者は自分に可愛い服は似合わないという”思い込み”もやめてみよう、と決心して心が楽になったりもする。また、着回しのきかない個性的なファッションを好む作者がそのこだわりもやめて”シンプル”で”定番”なファッションをするようになったら着こなしのバリエーションも増え、外側だけでなく内側のおしゃれも磨かないと!と思うようになったという。…なんか作者がどんな服を着てたのかイメージが湧きにくいが、そこは置いておこう。

こんな感じでコンビニにちょこちょこ立ち寄って小物を買うのもながらスマホもツアー旅行もケータイゲームも微妙な人間関係もすぐに謝る癖も人生を充実させないといけないという思い込みも友だちの少なさを恥じることも夫はこうあるべきという固定観念も夜ふかしも自信を持ちたいと思うことも否定からはいることもガードルも白砂糖もファンデーションもゴミ箱も長マットもトイレブラシもトイレマットもやめていくのである。

…もう言わなくてもわかると思うがこの作者は”やめること”をやめられないのである。もっとわかりやすくいえば”やめるという行為それ自体”を別のなにかをやることで得ていた精神的な充実感の埋め合わせに使っているだけなのだね。だから本質的な意味では何もやめられてないんだね。この作者はそれで生活が豊かになったと言うけども、客観的にはプラマイゼロにも見えるね。

それでも生活費が削減出来たとか、部屋がスッキリ片付いて心がときめいたとか良いこともあるだろうという話かもしれんけど自分は”必要なものがあればいい、不要なものは処分せよ”という断捨離の精神自体がよくわからんからな。普段の生活で”不必要”でしかないものでもあるいっときだけに有ることで有益になるものもあるんじゃないか、その時の為だけにそれは”必要”なんじゃないかとか色々な視点が必要な気がするなあ。生活のなかにあるものを合理性だけで切り捨てたりする感性よくわかりませんな。
例えば、この作者に子どもが生まれてさ、毎日夜泣きがうるさい、近隣住人から苦情が来る、子育てと仕事の両立がしんどい、仕事が減って子育てにかかる費用がかさんで大変、その子どもが生まれつき重い病気を患っていて生涯治療し続けなくてはいけない、となったときに”必要”か”不必要”かで子どもをどうするかを判断するかね?子育てやめてみようって考えるのかね?
…こういう冷笑的な態度もやめなくちゃいけないな!ま、やめませんけどね。

[追記]
続編を読むと上記で述べた疑問のいくつかが解消される感があった。物理的な有用性を求めるという単純な話ではない、ということがよくわかる。この本だけではそれがわかりにくいので興味のある人は続編も読んでみるといいかもしれない。
簡単に言うと作者にとっては「やめること」自体に意味はなく、「やめてよくなったと思いこむこと」が大事なのである。よって、例えば「風水によれば家の南側に黄色いものを置いておくと運気が上がる」と思った人がそれを実践し、「近所の人に明るく挨拶された!これは風水の効果で幸運になったからだ!」…作者がやっているのはこれと同じ事である。
そういう本であることを理解した上で、自分に本書が”必要”かどうかを判断したら良いと思う。
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