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2021年2月28日に日本でレビュー済み
(本単行本の14巻から16巻には【太陽編】が収録されています。)

【太陽編】十市媛のシーンは切なくて美しい

朝日版で734ページ。本作品(「火の鳥」【太陽編】)は7世紀と21世紀を行ったり来たりしながら物語が進行する。7世紀のストーリーの具体的な年代は白村江の戦い(西暦663年)から壬申の乱(西暦672年)あたりまでで、21世紀のストーリーは2001年に幼い日のスグルがシャドーに連れていかれる描写があり、それをスグルが「7年前の"あの日"」と回想しているので2008年。
7世紀のストーリーでは【異形編】との関わりもある。仏教の神々と戦い傷ついた日本土着の神々(妖怪ともいう)が火の鳥に導かれて【異形編】の八尾比丘尼の元に行き治療を受ける。

7世紀と21世紀、両ストーリーの主要登場人物はかなり明確に生まれ変わりを匂わせるような設定となっている。
7世紀:21世紀
犬神宿禰(百済王族のハリマ):坂東スグル
おばば:イノリ
狗族のマリモ:小沼ヨドミ
大友皇子:光教団の教祖 大友
大海人皇子(天武天皇):シャドーのリーダー “おやじさん”

本作品は【鳳凰編】に次ぐ名作だと思う。
壬申の乱の背景には、国策としての仏教の布教と土着信仰の対立があったのではないかという考察、そして仏教の神々と日本土着の神々が登場して戦うファンタジー要素もうまく融合している。手塚治虫の歴史モノは、歴史に対する考察がいいかげんなのをフィクションでお茶を濁すパターンが多く 【乱世編】もその悪いパターンのひとつだが、本作品は非常に良い歴史モノに仕上がっている。

史実がしっかりと描かれているから、本作品の読後にWikipediaを読むのも楽しい。中大兄皇子(天智天皇(第38代天皇))、大友皇子(弘文天皇(第39代天皇))、大海人皇子(天武天皇(第40代天皇))、壬申の乱のWikipediaの項目は必読だ。

なお、【鳳凰編】では本作品のエンドの約70〜80年後の時代が描かれているため、その後の日本の仏教政策がどうなったのかという観点で合わせて読むと面白い。
国策としての仏教に対しては本作品も【鳳凰編】も否定的な立場で一貫しているが、仏教の創始者ブッダの生涯を描いた手塚作品「ブッダ」ではどのように描かれるのか?「ブッダ」も合わせて読みたい。

7世紀の方のストーリーが良く出来ているのに対して21世紀の方のストーリーは凡庸(というかはっきり言えばつまらない)だが、7世紀のストーリーの後日譚として読めるのでこれも許せるレベルに引き上げられる。

私が本作品で好きなのは十市媛(とおちのひめみこ)。十市媛は大海人皇子の娘で、政略結婚で対立する大友皇子の許嫁になっている。
処刑される事になった犬上の脱走を密かに手助けし、人目につかない雨の祠の中で犬神に告白するシーン。
十市媛「アハハハ…私は人質妻!好きでも無い男を夫に持つの」「私まだ14歳なのよ…もっと青春を思いっきり自由に過ごしたかったのに」「人質になって無理やり婚姻を結ばされたんです。そうすれば父も近江に手出しできませんものね。だから私だってバカ娘のふりをして夫を近づけないの」「私…あんな人の赤ちゃんなど産みたくない」

十市媛「私をどう思います…狂った勝手な女だと思う?それとも同情して頂ける?」
犬上「お気の毒だと思います」
十市媛「私を抱いて!!」
犬上「なにを言われます!!」
十市媛「遠慮はいりません。どうせ雨が止めば私たちは別れるのです…それまで抱いて」「もっと」
犬上「こんなことを…いけません 媛」
十市媛「そなたをずっと離したくないのです。たとえ近江とて 私たちのこの一刻を割くことはできぬ…」
…雨が止み…
十市媛「お行き。今日のことは忘れておくれ一切!」
で未練を振り切るようにサッと立ち去る媛…。

「ケモナーたまらん」とかいう下らない事ではなく、十市媛の儚い人生の中の光り輝いたひとときだったろうと思うと、人生の美しさが感じられて本当に好きなシーンだ。

【「火の鳥」全12編レビュー】

手塚治虫の「火の鳥」全12編を一気に読んで全作品のレビューを書きました。
★1〜★5で評価した結果はこうなりました。

★5:(該当なし)
★4:【鳳凰編】【太陽編】
★3:【ヤマト編】【異形編】【未来編】【宇宙編】
★2:【羽衣編】【黎明編】【乱世編】
★1:【復活編】【生命編】【望郷編】

一般に高く評価されている「火の鳥」ですが、バイアスなしで個々の作品として評価した場合、本当にそこまで高く評価されるべき作品でしょうか?手塚治虫が漫画界のレジェンドである事、また「火の鳥」が生命というテーマを扱っている事、これらが合わさってこの作品が神聖視され、「この作品は素晴らしいはずだ」という強いバイアスが世の中に醸成されているように感じます。

私はこのレビューを書くにあたり「火の鳥」全12編を2回以上通読しましたが、忖度抜きで言うとはっきり言って「火の鳥」はつまらないです。

純粋に作品として「読むに値する」水準に達していたのは【鳳凰編】【太陽編】で、★4をつけました。
漫画の神・手塚治虫の代表作「火の鳥」を教養として知っておくことの価値を付加してやっと「読んでもいいかな」と思えるのが【ヤマト編】【異形編】【未来編】【宇宙編】で、★3をつけました。
これら以外の6編は★2と★1です。

「火の鳥」という作品では「生命とは何か」というテーマで大上段の俯瞰視点から人間を見下ろすようなシーンがよく出てきます。
【望郷編】や【未来編】で「どうしていつも人類は間違ってしまうのでしょう」というシーン。
【鳳凰編】や【乱世編】で説かれる輪廻転生の話。
【未来編】で説かれるガイア理論(人間も地球という大きな生命体の一部という見方)の話。
しかしどれも、「今、ここ」を生きる人には関係ありません。ひとりの人間には人類全体の性質をどうこうすることはできないし、輪廻転生やガイア理論があろうがなかろうが今の自分の人生を一生懸命生きるだけ。そして人の心を動かすのはいつも「今、ここ」を生きる一人称の物語です。
つまり「火の鳥」という作品のテーマ自体が、心を動かす物語に水を差すような性質を持っていると言えます。もっと言えば、生命讃歌を表現しようとするあまり人間という存在のもっとも尊い部分を見失ってしまっています。

また、「火の鳥」はプロット・設定・人物像が現代の漫画のように緻密に練られていません。「火の鳥」単行本化の際や単行本の改版の際に多量の加筆・修正が入っているのはプロットが十分に練られていない事の証左ですし、人物像の作り込みは、現代の良くできた漫画が緻密に描かれたデッサンとするなら「火の鳥」は棒人間の絵くらいの差があります。
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