カスタマーレビュー

2020年7月10日に日本でレビュー済み
上杉謙信については様々な文献があり、しかも内容が食い違っていて
そこから色々と推測するのが愛好家の楽しみ方の一つとなっています。
作者もそんな歴史愛好家の一人なんでしょう。
この作品は、そんな話の中から上手くチョイス&アレンジしています。
習った日本史なんて覚えていなくても十分に楽しめますが
覚えていると「そうきたか!?」と、つい笑ってしまうでしょう。
因みに、本巻は1560年頃の話です。
以下は史実(私の憶測を含む)ものです。
これがどんな風に調理されるのかは読んでからのお楽しみ。
-----------------------------------------------------------------
1546年に北条に大敗、1547年には武田に大敗した関東管領の上杉憲政。
冷夏もあって兵糧に苦労しながら戦線維持しようとするも敗戦と離反が続き、
1557年に自力での立て直しを断念し長尾家を頼って越後入りするも、
川中島の戦いや上洛があり肝心の長尾景虎(=上杉謙信)に中々会えない。
ようやく話ができたのは1560年に入ってから。そこで失地回復を懇願。
だが、(2月頃)越中が神保に攻められたため景虎自身が出兵できない。
これは景虎の資金源が真麻であり近隣諸国への販路を持つことに起因。
真麻は日本中に生えている雑草の一つで山林へ行けば簡単に見つかる。
加工は必要だが原料原価ゼロの物を高額販売する術を長尾景虎は開拓した。
それは真麻の消費国に対して治安や防衛のための軍派遣である。
乱世であり、国境不安を抱える近隣に飛ぶように高値で売れる真麻。
中でも越中は真麻を大量購入してくれる上得意様。
ここは長尾景虎自身が援護に行かなくては今後の売上に大きく響く。
一方、上杉憲政に対して長尾家として何もしない訳にもいかない。
上杉家旧臣達の要望もあり、止むを得ず上杉憲政に軍を貸し出す。
軍を借りた上杉憲政は上野国へ戻り沼田城を攻略。
本来の領主が戻ってきたことを知り、離反した旧臣達も戻ってくる。
本編に出てくる唐沢山城(下野国)の佐野昌綱も上杉側に戻るも
ここを要所と判断した北条氏政に3万5千の大軍で城を包囲される。
だが、思いのほか城の守りが固く攻略に頭を悩ませる北条氏政。
攻めあぐねるうちに敵の援軍到着を許してしまう。
尚、下野国は長尾家から真麻を購入しない国だったので
援軍派遣は恐らく長尾景虎本人の指示ではない。
しかし妨害が鬱陶しくて攻城に専念できず、北条氏政は止むなく撤退。
それでも上杉として万々歳とは行かず、
赤井や那波など北条で優遇されている旧臣は降伏せず籠城を決めこむ。
それは長尾家から虎の子の軍隊を借りている上杉憲政が
更なる増援を要請するのは難しいだろうと踏んでのこと。
北条援軍が到着し武田の北信侵攻が激しくなれば長尾軍は撤退せざる得ないのだから。
実際、神保侵攻が一段落した後も長尾景虎は越後から動けなかった。
理由は防衛強化。根知城建設や村上義清を家臣に迎えたのもこの時期。
一方、北条も兵糧を大量消費してしまったため援軍準備に時間が掛かる。
限られた兵力で早く片を付けたい上杉側と、
限られた兵糧でできるだけ粘りたい(北条側)旧臣達。戦況は膠着する。
そんな中、桶狭間で今川義元が戦死。(5月)
北条も武田も戦略を一から練り直さねばならなくなり、遠征や軍派遣にも慎重に。
逆に、二正面作戦がないと読んだ景虎は今が好機とばかり上野国へ自軍を進める。
結果、北条の援軍到着前に小川城や白井城など多くの拠点が次々と落城。
半年も掛からず、長尾景虎は前橋城を居城に上野国を平定。
また、北条討伐のため関東管領上杉憲政の名代として関東各将へ協力要請。
これを受けて馳せ参じる者が多く、年明け(1561年)には10万を超える大軍となった。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
違反を報告 常設リンク

商品の詳細

5つ星のうち4.7
星5つ中の4.7
68 件のグローバル評価
星5つ
70%
星4つ
26%
星3つ
4%
星2つ 0% (0%) 0%
星1つ 0% (0%) 0%