カスタマーレビュー

2018年5月10日に日本でレビュー済み
ヤマシタトモコ氏のマンガというのは「年の離れた人間関係」が多い。
Love, Hate Love然り、ドント・クライ・ガール然り、この違国日記然り。短編で細かく言うともっとあるけれども。
なのに「どこかで見たな」とは決して思わない。主題がそこにないからだと思う。

1巻のレビューでもたくさんの方が書いていらっしゃるが、この人の毒(であり薬)は「言葉」に他ならない。
それは何も「ドヤ顔で書いたであろう決めゼリフ」ではなく、日常会話そのものがそう。
槙生の喋り方は、縫原氏そのものだな、と思う。
朝に日記のことを諭すくだりであるとかは、縫原氏がまんま言いそうだ。あるいは「HER」の武山氏のセリフであるようにも読める。
通常、日常生活で「あなた」とか「きみ」とか、あんまり使わないのではないか。自分もそう。
でも「あなた」であるとか「たいへんうれしい」だとかを聞く時の心地よさ、ある種の高揚感みたいなものが、ヤマシタトモコ氏の漫画にはベースにある。
それだけで、それはうまく言えないから俗っぽく言うと「ワンランク上」なのだ。
だから「あなた」とか「きみ」とかを日常で頑張って使っている自分がいる。
そういう「素敵にふるまいたい」と思わせてくれる氏の漫画は、すべてわたしにとって特別であります。
世界がすべて繋がっている。

2巻に言及すると「6年間 きみがいなかったら 私は息ができなかった」なんてセリフ、
中二病っぽいよね、と普通には思いそうなもんだけど、
あんなカンジで振舞ってるダイゴにも色々あったんだなあ、、、と想像させるものであったりとか、
人間関係で真に大事なものは何であるかとか、えみりの気持ちとかを、たいへん考えました。
わたしは個人的に「人を愛する」ということは「その人をすべてそのまま受け入れる」ということだと思っております。
そのことを「あ、それでいいんだよね」と思わせてくれる2巻でありました。

そうしたら、槙生は今は、生きて自分をとりまくすべてのものを愛している。朝以外。
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5つ星のうち4.8
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