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2019年10月27日に日本でレビュー済み
『漫画の仕事』 によると、著者は直接経験のある範囲で題材を選んでいるそうです。恐らく舞台も生活範囲に登場する風景を利用しているだけで、そこにあまり意味はないのかもしれません(最初は、作者が高校時代ギターをやっていたということで、その後美大に進み漫画家として成功した作者の美術技能をギターに置き換えた自伝的漫画なのかもと思っていたのですが、あまりそういうわけではなさそうです)。しかし、『イエスタディをうたって』は、明らかに90年代の梅ヶ丘や豪徳寺あたりを中心とする世田谷区の景観とその雰囲気が感じられますし、『マホロミ』には東横線神奈川区あたりの景観が登場しています。

本作は、『イエスタディをうたって』と同様、下北沢付近を中心とする世田谷区が舞台ですが、主人公たちの通う学校のある駅では小田急線の本厚木付近の描写、和泉多摩川駅近辺の多摩川にかかる世田谷通りの多摩水道橋、世田谷区内の小田急線の駅のホームの描写などが登場し、バンドメンバーの大学生の通う東開大学は、その名称を東海大学から採用したのだと思われます(東海大学は小田急線東海大学駅前、ただし実際に登場する建物自体は世田谷区にある日大あたりがモデルだと思われ、主人公たちの行動からすると、高校も世田谷区内にあると思われる)。

このように、本作は、世田谷区内の小田急線沿線の生活風景を背景とした作品です。たぶん作者はそれほど意図してこのような舞台設定にしているわけではないかもしれませんし、このあたりをアピールしても、逆にローカル過ぎて集客に逆効果となってしまうかもしれません。特に意識せずに読めば、下北沢や江ノ島以外は、日本全国どこでも見られる景観だからです。しかし、私は、本作(空電ノイズの姫君から)を、本厚木が登場する、という情報をキャッチして興味を持ち読み始めましたので、もしかしたら、他にもこのような点に興味を持って本作に関心を持つ方もおられるかも知れないため、また本作全巻を通してまだこの点について記載されたレビューもないため、このようなレビューを書いてみた次第です。

主人公の一人が住む昭和四十年代風の規格化された団地は、当時日本全国で見られたものだとは思うのですが、私が幼年時代に過ごした団地とそっくりです。作者は本厚木に近い座間出身のようですし、小田急線沿線で10代を過ごし、大学や社会人となって世田谷区の大学や職場に通勤したり世田谷区に住んだりした人には、本作の風景は、よりなじみのあるように感じられるかもしれません(残念ながら本巻には本厚木の描写は登場しませんでしたし、バンドのメンバーの一人が大学を辞めてしまったので、東開大学ももう登場しないかもしれません)。

『イエスタディをうたって』が、長期連載にも関わらず、最後まで90年代世田谷区の雰囲気を表象していたように、本作も、長く続いて、将来思い返してみると、2010年代後半の世田谷区と小田急線沿線の雰囲気が味わえるような、読み返してみて、あの頃の風景ってこんな感じだったな、と思えるような作品となりうることを祈っています。『イエスタディをうたって』と双璧となりうるような、長期連載となることを願う次第です(既に四巻ですが、まだプロローグを読んでいる気がします)。

本作は、『イエスタディをうたって』の(90年代末に20代中盤くらいだった)世代の主人公たちが40代となり、10代後半の子供を持つ大人世代となった時代という位置づけになるような感じがします。この作者の作品には、ノスタルジーを感じるものが多く、本作にもノスタルジーの要素はあるものの、それは基本的には大人世代があるていど自覚的に持っているものとして登場しているくらいで、子供世代の方は(ハードロックという親世代の70年代趣味ではあるものの)今現在のこの時代を生きている、という感じが強く伝わってくる内容となっています(いまのところは)。

二つの世代とその世代景観が、ロックを通じて交錯するという点に本作の面白さを感じています。小田急線沿線住民やかつて住民であった人にも広く読まれて欲しいと願う次第です。

※本作で木根というマニアックそうな生徒が登場したのでノイズ3巻帯にあった『放課後シネマ』の連載予告を思い出したのですが、これはどうなってしまっているのでしょうか。そのうち思い出して連載して欲しいと思います。
※※前々から思っていたのですが、絵柄の一部が80年代前半の内田美奈子に似ている気がします(作品の方向性はまったく違うのですが)。本巻のp92など、当時の内田美奈子の作品の一部といわれても納得しそうなくらいです。
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