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知らずに使っている実は非常識な日本語 単行本(ソフトカバー) – 2013/9/20
梅津 正樹
(著)
このページの読み込み中に問題が発生しました。もう一度試してください。
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購入オプションとあわせ買い
私たちが日常使っている日本語。
実は気付かないところで、非常識な使い方をしているかもしれないのです。
例えば、以下の文は、日本語として正しいでしょうか?
「昨日、入籍しました」
「お求めやすい価格です」
「ファンの皆様に感動を与えたいです」
「あの子は愛想を振りまくのが得意だ」
実は…、全部不正解!
自分では正しいと理解しているつもりになっている言葉は、
間違った使い方をしていてもその失態には気付かないのです。
本書は、多くの方が用法や意味を勘違いして、
非常識な使い方をしてしまう日本語を多数収録しています。
また、その日本語が正しいかどうかを
○×形式ではっきりと示しています。
著者は、
「ことばおじさん」の愛称で親しまれた、
NHKの元エグゼクティブアナウンサーであり、
獨協大学で日本語の講義を受け持つ非常勤講師を務める
梅津正樹。
日本語のプロフェッショナルです。
本書を通じて、
常識があり誰にでも通じる日本語を
身に付けましょう。
実は気付かないところで、非常識な使い方をしているかもしれないのです。
例えば、以下の文は、日本語として正しいでしょうか?
「昨日、入籍しました」
「お求めやすい価格です」
「ファンの皆様に感動を与えたいです」
「あの子は愛想を振りまくのが得意だ」
実は…、全部不正解!
自分では正しいと理解しているつもりになっている言葉は、
間違った使い方をしていてもその失態には気付かないのです。
本書は、多くの方が用法や意味を勘違いして、
非常識な使い方をしてしまう日本語を多数収録しています。
また、その日本語が正しいかどうかを
○×形式ではっきりと示しています。
著者は、
「ことばおじさん」の愛称で親しまれた、
NHKの元エグゼクティブアナウンサーであり、
獨協大学で日本語の講義を受け持つ非常勤講師を務める
梅津正樹。
日本語のプロフェッショナルです。
本書を通じて、
常識があり誰にでも通じる日本語を
身に付けましょう。
- 本の長さ239ページ
- 言語日本語
- 出版社アスコム
- 発売日2013/9/20
- ISBN-104776208083
- ISBN-13978-4776208082
商品の説明
著者について
【梅津 正樹(うめづ まさき)】
◆「ことばおじさん」の愛称で親しまれた、NHKの元エグゼクティブアナウンサー。獨協大学非常勤講師。
◆1948年生まれ。獨協大学卒業後、1972年にNHKに入局。
◆言葉に関わる番組にも多く出演。『お元気ですか日本列島』や『つながるラジオ』内の「ことばおじさんの気になることば」は2012年9月まで続く長者番組であった。
◆2006年には後輩アナウンサー5人とともに『みんなのうた』の楽曲製作プロジェクトに参加し、リードボーカルを務めた。
◆著書に『似たもの言葉のウソ!ホント?』(東京書籍)、『敬語のレッスン』『プロアナウンサーに学ぶ話す技術』(ともに創元社)がある。
◆「ことばおじさん」の愛称で親しまれた、NHKの元エグゼクティブアナウンサー。獨協大学非常勤講師。
◆1948年生まれ。獨協大学卒業後、1972年にNHKに入局。
◆言葉に関わる番組にも多く出演。『お元気ですか日本列島』や『つながるラジオ』内の「ことばおじさんの気になることば」は2012年9月まで続く長者番組であった。
◆2006年には後輩アナウンサー5人とともに『みんなのうた』の楽曲製作プロジェクトに参加し、リードボーカルを務めた。
◆著書に『似たもの言葉のウソ!ホント?』(東京書籍)、『敬語のレッスン』『プロアナウンサーに学ぶ話す技術』(ともに創元社)がある。
登録情報
- 出版社 : アスコム (2013/9/20)
- 発売日 : 2013/9/20
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 239ページ
- ISBN-10 : 4776208083
- ISBN-13 : 978-4776208082
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,052,011位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 3,915位日本語研究
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2013年10月1日に日本でレビュー済み
日本語のウンチク的な話をする本はたくさんありますが、この本がいいと思ったのは、
・はっきりと○×(△もありますけど)で示していること
・1人の著者が解説していること
です。この手の本を全部読んでいるわけじゃないんですが、意外にこうしている本が少ないと思うので。
内容も、面白いです。
「お求めやすい価格です」も「ファンの皆様に感動を与えたいです」も、
正しいとは言い切れないような日本語だったのにショックです!
ただ、日本語って諸説があって、なかなか決められないことも多いから、
辞書とか専門書によって、違う意見もどうしてもあって、
そこと食い違うことはしょうがないとも思っています。
なので、この本に書かれたことがすべて信じるとかどうかとか、どういう議論じゃなくって、
この本がきっかけで、日本語に興味を持つことが大事なんじゃないかなと思いました。
わたしは、この本で十分に楽しみました。
・はっきりと○×(△もありますけど)で示していること
・1人の著者が解説していること
です。この手の本を全部読んでいるわけじゃないんですが、意外にこうしている本が少ないと思うので。
内容も、面白いです。
「お求めやすい価格です」も「ファンの皆様に感動を与えたいです」も、
正しいとは言い切れないような日本語だったのにショックです!
ただ、日本語って諸説があって、なかなか決められないことも多いから、
辞書とか専門書によって、違う意見もどうしてもあって、
そこと食い違うことはしょうがないとも思っています。
なので、この本に書かれたことがすべて信じるとかどうかとか、どういう議論じゃなくって、
この本がきっかけで、日本語に興味を持つことが大事なんじゃないかなと思いました。
わたしは、この本で十分に楽しみました。
2013年9月27日に日本でレビュー済み
国語学の専門家でもない
「元アナウンサー」とやらの
胡散臭い本を鵜呑みにするのは
非常に危険である。
・・・まあ、国語学者ではないのは
私も同じだけど。
なので、梅津氏への疑念を記すにあたり、
以下にきちんと論拠を示しておこうと思う。
-----
1.「同級生」という語の意味について
たしかに、現在一般に最も有名な
大型辞書である新村出らの『広辞苑』や、
小学館が出している全13巻
(+別冊1巻)の最も詳しい辞書
『日本国語大辞典』第二版では、
「同じ学級の生徒」の意味しか出ていない。
恐らくは梅津氏もこれらの辞書を見て、
「『同級生』は『同じ学級の生徒・クラスメート』という意味なので、同じ学年であってもクラスがちがえば同級生ではないのです。」
と、たとえ同じ学校の
同じ学年でも、
学級が違えば「同級生」ではない
などと自信たっぷりに
断言しているのであろう。
しかし、たとえば
『大辞泉』第二版には、
「【同級生】同じ学級の生徒・学生。同じ学年の生徒・学生。」とある。
[・・・]
また、「同級生」という
見出し語は収録されてないものの、
戦前に最も人気があった
昭和12年(西暦1937)初版の
『大言海』では、
「同級」という語について
「【同級】(一) 階級ノ同ジキコト。同ジ等級 (二)同ジ學年」
とあって、むしろ「同じ学級」という定義の方が見当たらない。
↑『大言海』では、
「同級」を「同じ学年」の意味と明記。
写真は、戦後に刊行された復刻版の『新訂大言海』。
仮名遣いを改めた以外は戦前版と同一のもの。
また、三省堂国語辞典(第6版)でも、
「 【同級】(1)同じ学級。 『――生』(2)同じ学年。 『彼とは――だ』(3)〔文〕 同じ等級」
と、「同じ学年」の意味を認めている。
諸橋の大漢和辞典にも、
「【同級】同じ等級。同じ学年。同一の学級。」
と出ている。
それから、岩波国語辞典(第7版)では、
「【同級】同じ学級や等級に属すること。『――生』『中学で 田中と――だった山口が』『この機械と――のが欲しい」
とあり、
新明解国語辞典(第7版) でも、
「【同級】同じ・等級(学級)。『――生』」
と、たしかに「同じ学年」という意味は
明記されていないものの、
「同じ学級」の意味と並んで、
「同じ等級」という意味が記載されている。
この「同じ等級」という定義を
学生・生徒に即して考えた場合、
やはり、「同学年」の意義も
含まれてくると考えたほうが
むしろ自然ではないだろうか。
現在、日本の学校で、
クラス分けの際に
能力別に「等級」をつけて
生徒を選別している学校は
一部に限られると思う。
大多数の学校では、
クラス分けに
「等級」の意義はないはずだ。
クラスに「等級」がない場合、
現代日本の学生・生徒の集団間に
「等級」の上下が何かあるとすれば、
それは、「長幼の序」という言葉に
端的に示されるような
東洋思想上の一般の通念からして、
まさしく「学年」の上下こそが
一応の「等級」の別に当たるのである。
『広辞苑』や『日本国語大辞典』は
「級」=「学級」のことに限る、と
狭く捉えていて、梅津氏もその見解を
そのまま踏襲しているようだが、
では聞こう。
例えば、「飛び級」「上級生」「下級生」
といった語について
一体どのようにお考えなのだろうか。
これらの「級」は、
どう見ても「学年」の意ではないか。
このようなわけで、
「同級生」の語を
「同じ学級」の意味のみに
限定する考え方に対しては、
国語学的には
多くの異論が存するのである。
2.「爆笑」という語の用例について
戦前の『大言海』には、
「爆笑」の語は収録されていなかった。
小学館の『日本国語大辞典』第二版では、
「爆笑」の語の意味を
「大勢でどっといっせいに笑うこと」
としており、
この語の最も古い用例として
徳川夢声『漫談集』(西暦1929)の
一節を挙げている。
以下引用。
----------
彼れ忽ち無我の境に這入って、呶鳴り、絶叫し、哄笑し、爆笑(ばくせう)しの盛況を呈して
----------
引用終わり。
他の辞書も、同様の説に
ならっているものと思われる。
しかし、これは明らかに
辞書編纂者たちの
用例誤読である。
引用されたこの夢声『漫談集』で
「彼れ」と呼ばれているのは、
夢声と同業者の、
とある「活動弁士」の男である。
活動弁士というのは、
映画というものが
音声無しのフィルム(無声映画)
だった時代に、
映画館でリアルタイムに
ナレーションや台詞を
入れていた人のことだ。
この文中の「彼れ」は、
ナレーションや台詞を入れながら
役になりきろうとするの余り、
あくまでも、一人で
「哄笑」したり、「爆笑」したり
しているわけである。
それなのに、なぜか現行の辞書には
「爆笑」は「大勢で」に限ると書いてある。
これはなぜなのか。
他でもない、
この『漫談集』を読んだ
戦後の辞書編纂者たちが、
夢声が使っている
この「爆笑」のくだりを、
”映画館の観客が「大勢」で
「どっといっせいに」笑った”
といったような意味に
誤解してしまったのではないだろうか。
ここから、「爆笑」という語に
「大勢でどっといっせいに」
などといった意味が、誤って
「正しい意味」として付け加えられ、
それが広まったものとも
考えられるのである。
実は、『日本国語大辞典』が
最古の用例として挙げている
夢声の文よりも、
さらに古いと思われる
「爆笑」の用例が存在する。
林不忘という探偵小説家が
大正14年から昭和元年
(西暦1925-26年)頃にかけて
『探偵文芸』という雑誌に発表した
「釘抜藤吉捕物覚書」
シリーズ中の一作、
『悲願百両』である。
そこにはこうある。
以下引用。
----------
「父(ちゃん)!」庄太郎が、にやにやして、「いいものが手に入ったぜ。さあ、これからおいらの家は、金持ちになる。おいらなんか、お絹(かいこ)ぐるみで、あっはっはっは――。」
大の字に引っくり返って、爆笑(わら)った。
----------
引用終わり。
『一人三人全集 I』
(河出書房新社)所収。
「爆笑」という字には
「わら」とルビが振られているが、
作中の「庄太郎」は、明確に
一人で「爆笑」している
ということが、
お分かりいただけることと思う。
「活弁」出身タレントの夢声とか
無名の探偵小説だけでは
学問的根拠にならない、と
反論する向きもあるだろうから、
有名どころで、
文豪・徳田秋声の文章も
(ちょっと夢声と名前はかぶってるけど)
時代はやや下るが、
参考までに引いておこう。
徳田秋声といえば
日本自然主義文学の巨匠、
第一回菊池寛賞の受賞者だ。
現代日本語の成立に
多大な影響を及ぼした文学者である。
いかに権威ある辞書編纂者といえども
軽々に無視することはできないはずだ。
昭和8年(西暦1933)の作品
『町の踊り場』より、
以下引用。
----------
そして彼は陰鬱に爆笑した。
----------
引用終わり。
『現代文学大系11』
(筑摩書房) 所収。
「陰鬱に爆笑」ワロタw
この「彼」ってのはなんなの?
バルタン星人なの?www
まあそれはともかく、
やはり、「彼」も
一人で「爆笑」している。
そもそも、「爆」という字に
「大勢でどっといっせいに」
などという字義は元々ないのだ。
これはどこの初歩の漢和辞典を
見たって、すぐに分かる話だろう。
だいたい、
漢文の素養に溢れていた
戦前の文化人が、
「爆」の本来の字義を全く無視して
「大勢で」などという意味を
勝手に付加したなどとは、
私には考えにくい。
「大勢でいっせい」に限る
という限定説は、
むしろ比較的最近の誤解から
一般に広まっていった可能性の方が
きわめて高いのである。
-----
3.「入籍」という法律用語について
結婚するときは新しい戸籍を作るのだから
「入籍」と言うのは間違いだ、などと
梅津氏は知ったかぶりを披露しているが、
「戸籍法施行規則」には
「第三十八条 新戸籍を編製され、又は他の戸籍に入る者の
入籍に関する事項及び従前の戸籍の表示は、
その者の身分事項欄にこれを記載しなければならない。」
とある。すなわち、
婚姻によって編製された
新戸籍に入ることも、
既存の他の戸籍に入ることも、
いずれも「入籍」と称するのが
法令上正しいのである。
「戸籍法」の方には
養子縁組などの場合に出す
「入籍届」についてしか
書かれていないので、
「法律用語としての『入籍』は、
『既存の他の戸籍に入る』
という意味しかない!」
と勝手に思い込んだのであろう。
多くの法律は、
政令・省令や施行規則において
その細目が定められている。
そこまで参照しないのが
法律の素人の悲しい所である。
-----
以上のような観点から、
梅津氏とかいう
「元NHKアナウンサー」の本には、
いまいち信用できない部分が
多々あるのではなかろうかと、
私は強く感じた。
あーもう、なんでこんなデマを
ここまで堂々と
断定口調で語れるかな。
梅津氏に公開質問状でも
送ろうかしらん?
「元アナウンサー」とやらの
胡散臭い本を鵜呑みにするのは
非常に危険である。
・・・まあ、国語学者ではないのは
私も同じだけど。
なので、梅津氏への疑念を記すにあたり、
以下にきちんと論拠を示しておこうと思う。
-----
1.「同級生」という語の意味について
たしかに、現在一般に最も有名な
大型辞書である新村出らの『広辞苑』や、
小学館が出している全13巻
(+別冊1巻)の最も詳しい辞書
『日本国語大辞典』第二版では、
「同じ学級の生徒」の意味しか出ていない。
恐らくは梅津氏もこれらの辞書を見て、
「『同級生』は『同じ学級の生徒・クラスメート』という意味なので、同じ学年であってもクラスがちがえば同級生ではないのです。」
と、たとえ同じ学校の
同じ学年でも、
学級が違えば「同級生」ではない
などと自信たっぷりに
断言しているのであろう。
しかし、たとえば
『大辞泉』第二版には、
「【同級生】同じ学級の生徒・学生。同じ学年の生徒・学生。」とある。
[・・・]
また、「同級生」という
見出し語は収録されてないものの、
戦前に最も人気があった
昭和12年(西暦1937)初版の
『大言海』では、
「同級」という語について
「【同級】(一) 階級ノ同ジキコト。同ジ等級 (二)同ジ學年」
とあって、むしろ「同じ学級」という定義の方が見当たらない。
↑『大言海』では、
「同級」を「同じ学年」の意味と明記。
写真は、戦後に刊行された復刻版の『新訂大言海』。
仮名遣いを改めた以外は戦前版と同一のもの。
また、三省堂国語辞典(第6版)でも、
「 【同級】(1)同じ学級。 『――生』(2)同じ学年。 『彼とは――だ』(3)〔文〕 同じ等級」
と、「同じ学年」の意味を認めている。
諸橋の大漢和辞典にも、
「【同級】同じ等級。同じ学年。同一の学級。」
と出ている。
それから、岩波国語辞典(第7版)では、
「【同級】同じ学級や等級に属すること。『――生』『中学で 田中と――だった山口が』『この機械と――のが欲しい」
とあり、
新明解国語辞典(第7版) でも、
「【同級】同じ・等級(学級)。『――生』」
と、たしかに「同じ学年」という意味は
明記されていないものの、
「同じ学級」の意味と並んで、
「同じ等級」という意味が記載されている。
この「同じ等級」という定義を
学生・生徒に即して考えた場合、
やはり、「同学年」の意義も
含まれてくると考えたほうが
むしろ自然ではないだろうか。
現在、日本の学校で、
クラス分けの際に
能力別に「等級」をつけて
生徒を選別している学校は
一部に限られると思う。
大多数の学校では、
クラス分けに
「等級」の意義はないはずだ。
クラスに「等級」がない場合、
現代日本の学生・生徒の集団間に
「等級」の上下が何かあるとすれば、
それは、「長幼の序」という言葉に
端的に示されるような
東洋思想上の一般の通念からして、
まさしく「学年」の上下こそが
一応の「等級」の別に当たるのである。
『広辞苑』や『日本国語大辞典』は
「級」=「学級」のことに限る、と
狭く捉えていて、梅津氏もその見解を
そのまま踏襲しているようだが、
では聞こう。
例えば、「飛び級」「上級生」「下級生」
といった語について
一体どのようにお考えなのだろうか。
これらの「級」は、
どう見ても「学年」の意ではないか。
このようなわけで、
「同級生」の語を
「同じ学級」の意味のみに
限定する考え方に対しては、
国語学的には
多くの異論が存するのである。
2.「爆笑」という語の用例について
戦前の『大言海』には、
「爆笑」の語は収録されていなかった。
小学館の『日本国語大辞典』第二版では、
「爆笑」の語の意味を
「大勢でどっといっせいに笑うこと」
としており、
この語の最も古い用例として
徳川夢声『漫談集』(西暦1929)の
一節を挙げている。
以下引用。
----------
彼れ忽ち無我の境に這入って、呶鳴り、絶叫し、哄笑し、爆笑(ばくせう)しの盛況を呈して
----------
引用終わり。
他の辞書も、同様の説に
ならっているものと思われる。
しかし、これは明らかに
辞書編纂者たちの
用例誤読である。
引用されたこの夢声『漫談集』で
「彼れ」と呼ばれているのは、
夢声と同業者の、
とある「活動弁士」の男である。
活動弁士というのは、
映画というものが
音声無しのフィルム(無声映画)
だった時代に、
映画館でリアルタイムに
ナレーションや台詞を
入れていた人のことだ。
この文中の「彼れ」は、
ナレーションや台詞を入れながら
役になりきろうとするの余り、
あくまでも、一人で
「哄笑」したり、「爆笑」したり
しているわけである。
それなのに、なぜか現行の辞書には
「爆笑」は「大勢で」に限ると書いてある。
これはなぜなのか。
他でもない、
この『漫談集』を読んだ
戦後の辞書編纂者たちが、
夢声が使っている
この「爆笑」のくだりを、
”映画館の観客が「大勢」で
「どっといっせいに」笑った”
といったような意味に
誤解してしまったのではないだろうか。
ここから、「爆笑」という語に
「大勢でどっといっせいに」
などといった意味が、誤って
「正しい意味」として付け加えられ、
それが広まったものとも
考えられるのである。
実は、『日本国語大辞典』が
最古の用例として挙げている
夢声の文よりも、
さらに古いと思われる
「爆笑」の用例が存在する。
林不忘という探偵小説家が
大正14年から昭和元年
(西暦1925-26年)頃にかけて
『探偵文芸』という雑誌に発表した
「釘抜藤吉捕物覚書」
シリーズ中の一作、
『悲願百両』である。
そこにはこうある。
以下引用。
----------
「父(ちゃん)!」庄太郎が、にやにやして、「いいものが手に入ったぜ。さあ、これからおいらの家は、金持ちになる。おいらなんか、お絹(かいこ)ぐるみで、あっはっはっは――。」
大の字に引っくり返って、爆笑(わら)った。
----------
引用終わり。
『一人三人全集 I』
(河出書房新社)所収。
「爆笑」という字には
「わら」とルビが振られているが、
作中の「庄太郎」は、明確に
一人で「爆笑」している
ということが、
お分かりいただけることと思う。
「活弁」出身タレントの夢声とか
無名の探偵小説だけでは
学問的根拠にならない、と
反論する向きもあるだろうから、
有名どころで、
文豪・徳田秋声の文章も
(ちょっと夢声と名前はかぶってるけど)
時代はやや下るが、
参考までに引いておこう。
徳田秋声といえば
日本自然主義文学の巨匠、
第一回菊池寛賞の受賞者だ。
現代日本語の成立に
多大な影響を及ぼした文学者である。
いかに権威ある辞書編纂者といえども
軽々に無視することはできないはずだ。
昭和8年(西暦1933)の作品
『町の踊り場』より、
以下引用。
----------
そして彼は陰鬱に爆笑した。
----------
引用終わり。
『現代文学大系11』
(筑摩書房) 所収。
「陰鬱に爆笑」ワロタw
この「彼」ってのはなんなの?
バルタン星人なの?www
まあそれはともかく、
やはり、「彼」も
一人で「爆笑」している。
そもそも、「爆」という字に
「大勢でどっといっせいに」
などという字義は元々ないのだ。
これはどこの初歩の漢和辞典を
見たって、すぐに分かる話だろう。
だいたい、
漢文の素養に溢れていた
戦前の文化人が、
「爆」の本来の字義を全く無視して
「大勢で」などという意味を
勝手に付加したなどとは、
私には考えにくい。
「大勢でいっせい」に限る
という限定説は、
むしろ比較的最近の誤解から
一般に広まっていった可能性の方が
きわめて高いのである。
-----
3.「入籍」という法律用語について
結婚するときは新しい戸籍を作るのだから
「入籍」と言うのは間違いだ、などと
梅津氏は知ったかぶりを披露しているが、
「戸籍法施行規則」には
「第三十八条 新戸籍を編製され、又は他の戸籍に入る者の
入籍に関する事項及び従前の戸籍の表示は、
その者の身分事項欄にこれを記載しなければならない。」
とある。すなわち、
婚姻によって編製された
新戸籍に入ることも、
既存の他の戸籍に入ることも、
いずれも「入籍」と称するのが
法令上正しいのである。
「戸籍法」の方には
養子縁組などの場合に出す
「入籍届」についてしか
書かれていないので、
「法律用語としての『入籍』は、
『既存の他の戸籍に入る』
という意味しかない!」
と勝手に思い込んだのであろう。
多くの法律は、
政令・省令や施行規則において
その細目が定められている。
そこまで参照しないのが
法律の素人の悲しい所である。
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以上のような観点から、
梅津氏とかいう
「元NHKアナウンサー」の本には、
いまいち信用できない部分が
多々あるのではなかろうかと、
私は強く感じた。
あーもう、なんでこんなデマを
ここまで堂々と
断定口調で語れるかな。
梅津氏に公開質問状でも
送ろうかしらん?
2013年11月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
間違って使っているのは、「若者だけではなかった」と
恥ずかしい限りです。美しい、正しい、日本語を話したいと
切に思いました。
恥ずかしい限りです。美しい、正しい、日本語を話したいと
切に思いました。