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VINEメンバー2017年8月1日
鳥越碧氏の著作を手にするのは本書が初めてだが、文章の上手さに感服しました。文章規範になりうる程の名文章です。本文にはフィクション的要素も少なくないのだろうが、漱石ファンには是非とも一読をお勧めしたい好著です。
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2015年8月12日
夏目漱石の奥さん、夏目鏡子はソクラテスの妻と並び評された悪妻として、喧伝されてきましたが 認識を改めて「漱石の思い出」なども読んでみます。
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2013年8月25日
題名のごとく漱石の人となりを妻の立場から見た物語は興味深く読みました。
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2016年1月11日
質の良いラブストーリーみたい
読みやすいし面白いです。
夫婦って何かを考えさせられますよ
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2013年11月3日
本の状態はきれい。夏目鏡子の「漱石の想い出」を読んでいたので、一応の流れは理解していた。若く苦労知らずの高官の娘、鏡子と複雑な家庭環境で己のみを頼りに生きてきた漱石。育った環境と、価値観の違いが夫婦の溝を埋めがたいものにしていくさまが妻の目を通して描かれている。愛し、愛されたいのに上手くかみ合わない夫婦の心。これは現代の夫婦にも通じる普遍の不条理なのだろう。
ただし作者は妻の鏡子に少しロマンチックな甘さを味付けしすぎているように思えた。「漱石の想い出」から読み取れる鏡子像はデリカシーの薄い横着な女性の姿である。もちろん漱石はエキセントリックで感情のコントロールが下手な、直情的人間だったことは否めない。そんな神経質な男とデリカシーのない女が一つ屋根の下に住めばいざこざは絶えないだろう。それでも二人は添い遂げた。
それがあの時代の夫婦というものの一つの形だった。この本を読んで現代男女の愛のありように隔世の感を強くした。
漱石文学をを裏側から探るためには一読したらおもしろい本かもしれない。
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2015年7月21日
私生活の漱石が夫としてどうだったかこの本を通してドラマを見ているようによく分かりました。それに各作品とその当時の生活状況が分かり、腑に落ちた部分も多く興味深かったです。
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ベスト500レビュアー2006年10月22日
漱石が国民的作家として不動の地位を占めていることは論を待たないが、
永年連れ添った鏡子夫人は「悪妻」として当時から喧伝されていたことも有名だ。
だが多くの身内の証言からは、七人の子供を育て、門弟の面倒をよく見ながら
天才作家に仕えた気丈でおおらかな明治女性の姿が浮かび上がってくる。

この「漱石の妻」は漱石と見合い結婚してから、晩年に至る鏡子夫人の半生を
多くの資料に基づきながら、丁寧に再現した力作だ。
漱石との心のすれ違い、経済的苦労、実家の没落、加えて漱石の不安定な精神に苦しみながら
明治の文豪となる夫を、陰で支えた鏡子夫人の内面の葛藤がリアルに伝わってくる。
漱石に幾度も「家から出してしまう」と言われた鏡子夫人だが、実際に夫人が家を出て
「家庭崩壊」という状況になったとしたら、あれだけの名作の数々が果たして後世に残っただろうか。

寺田寅彦や小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平といった弟子達の
漱石への異常なまでの傾倒ぶりに戸惑う箇所などは、さもありなんと思わせる。
私とは解釈が違うなあと感じた部分も少々あったが、「悪妻」という従来の通説に挑み、
気難しい病気がちの天才をがっちりと受けとめた、堂々たる人柄の女性の姿を
読者に伝えようとした作者の意図と力量は充分伝わってくる。
特に最後の数行は心に残る。
漱石ファンならずとも楽しめる、読み応えのある好著だと思った。
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2015年12月18日
夏目漱石夫妻の結婚以来の様子が、従来の漱石の弟子や門下による見かたと違って、鏡子夫人の視点から、夫人の心情の変遷を中心に語られています。

そもそも、成育歴、人生観、価値観が異なる二人は、夫婦間の関わりは勿論、夫婦を取り囲む、それぞれの実家の人々、さらに漱石を取り巻く学生、級友、同僚らとの関わり合いを通して、御互いに違和感を感じていましたが、とりわけ、新婚早々、慣れない熊本で生活することになり、漱石からは、学問があるから、相手はできないと宣言された鏡子夫人は、周囲からの疎外感や孤独感を感じずにはいられませんでした。

さらに、思い掛けない妊娠と流産を経験し、取返しの付かない後悔や喪失感にも苛まれます。また、その後、待望の長女が生まれましたが、1年半後、漱石の不本意な目的での英国留学を契機に、二人は離れ離れの生活になりました。

この二年間余りの月日は、夫婦として御互いを見つめ合う時間にもなりましたが、漱石は、政府から与えられた課題に対する道義的責任感に悩み、潔癖性から、自らの学問の進捗に対する焦燥感、孤独感、不全感、不安感が大きくなり、帰国後にもその影響は残りました。

漱石は、結婚当時、東洋と西洋の思想や文化の狭間に身を置き、時代の要請から、一先ず、親しんだ東洋思想文化から離れて、天分と信じた英文学研究に従事していましたが、その後、英国留学を経て、日本の文明開化の姿、自ら目指した英文学研究、教師としての将来に、次第に限界を感じて、写生文学の俳句創作から、留学中の「倫敦消息」「自転車日記」などの散文、さらに小説の創作活動に新たに目覚め、遂に教職を離れ、新聞小説記者になるという激動の人生を歩みました。

一方、鏡子夫人は、漱石の道徳観や学才には敬服しながらも、家族に対して不条理な言動を働く人間性には疑問を持ち続けました。しかし、この漱石の異常性を「病気」と割り切ることで耐え、妻との、あるいは、成育歴から漱石が無意識に求めていた母親としての役割を運命と受け止めて、同時に、自助努力にたいする天の救いにも希望を寄せて過ごしました。特に、何かにつけ、潔癖性が前面に立ち、模倣性を極端に嫌う漱石から苛酷な運命を強いられた子供たちを守るという使命に支えられて生きたことが物語られています。

さらに、その漱石の「異常性」を露知らず、教師、英文学者、創作家、人格者として、漱石を手放しに崇拝し、漱石に対する鏡子夫人の言動を悪意に捉える「愛弟子たち」から浴びせられる「悪妻」という不当な評価にも屈せず、「病気」でない部分の漱石と結ばれている自信と喜びを頼りに生きて行きました。

ところで、「漱石の思い出」でも、鏡子夫人自身からは決して語られなかった、明治31年の梅雨の頃の鏡子夫人入水事件は、前年の明治30年夏の思い掛けない妊娠と流産に対する無念や、癒えない喪失感に起因する転換性障害が主たる理由として取り上げられています。この過程で、流産の後、明治30年9月、一人で東京から熊本に戻った漱石は、鏡子夫人の精神安定のために、合羽町から郊外の大江村の借家に越しました。それと共に、流産から3か月後に「小さい犬の仔」を飼ったと思われることにも注目したいと思います。

この「小さい犬の仔」は、明治31年早春、大江村の縁側で撮られた夏目家の集合写真で、漱石夫妻の間にしっくりと挟まれて写っています。夫妻との親密な関係が窺がわれます。漱石は、犬の存在(実在)が、鏡子夫人の時間に委ねるしかない喪失感や不全感を慰めえると信じていたと思われます。ところが、この「小さい犬の仔」とは、明治31年4月、家主の落合東郭帰熊に伴う井川淵の第四旧居への引越の際、別れています。しかも、その三か月余り後に、鏡子夫人入水事件が起きています。

少なくとも、漱石は「小さい犬の仔」との別れも、夫人の流産のショックに追い打ちをかけて「入水事件」に発展したと考えていた節があります。というのも、漱石は、事件直後、内坪井町の第五旧居に移りましたが、犬の存在を重視したためか、鏡子夫人も同じ気持ちと考えたのか、直ぐに「大きな犬(文中では「クロ」)」を二年間飼いました。(「元祖・漱石の犬」:朝日クリエ、2012年)

また、その後、夫妻の間に生まれた最後の子供になった五女雛子が、明治44年11月25日に急死しましたが、その半年後に飼い始めたのが「ヘクトー」でした。漱石は、この雑種の子犬を積極的に世話しながら、雛子の面影を求めていました。このことには、鏡子夫人は気づかなかったかももしれません。

大正3年10月、そのヘクトーが3歳にも満たずに亡くなると、漱石は、大正4年1月から書き始めた「硝子戸の中」で、雛子の思い出と重ねながら、しかし、『彼岸過迄』で触れた雛子の死には直接言及せず、ヘクトーの死について三章に渡って記述しました。このとき、同じ朝日新聞紙上に、高浜虚子が、子規の壮絶な最期を伝える「柿ふたつ」を発表して注目されたため、英国留学中で、友人子規の死に立ち会えなかった漱石としては非常に苦い思いをしました。(「ヘクトー 夏目漱石と最後に暮らした犬」:日宝総合製本株式会社、2014年)
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2016年9月30日
NHKで漱石とその妻のドラマが始まったので
読みました。

夏目漱石・・・と、その妻とこどもたち。
文豪の妻になるって、本当に大変な生活だったんだと。
それでも、明治の女性は今でいうところの「DV」に耐えて耐えて
子どもと家庭を守ったんだと・・・敬服いたしました。
彼女のささえがあったからこその夏目漱石の著作の数々が
今、21世紀の日本で読める。。。。そのことに改めて感謝しました。
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殿堂入りNo1レビュアーベスト1000レビュアーVINEメンバー2010年7月8日
作家の妻は、命懸けです。
先般お亡くなりになられた井上ひさしさんが酷いDVを行っていたそうです。
出版社の重役達が、ある日奥様を招いて、作家の奥さんは大変であること、夫が死んだ後はどの奥さんも羽を伸ばして楽しんでいますよ、といった気休めを話したことがあったそうです。
その件で、漱石の奥さんは酷かった、という話から始まったのがとても印象に残っていました。
夏目漱石を知らない日本人はまずいないと思って差し支えないでしょう。
その偉大な作家が、家庭ではどんな人であったのか、奥様の視点で再現を試みています。
悪妻が決定するのは小説「道草」によるようです。
なるほど、作家は自分の妻を徹底的に観察していました。作家は、それを様々な言葉に置き換えます。普通の人である妻にしてみれば、作家の夫と言い争っても勝てるはずがありません。徹底的に痛めつけられます。
漱石は、大勢の弟子に囲まれ、その弟子達は漱石を神のごとく崇拝しています。漱石が、妻の悪口を言えば、皆が従います。みんなで悪口を言っているうちに、悪妻が出来上がっていったのかとも思われました。
この本を読む限り、漱石の妻、鏡子さんは、悪妻どころか素晴らしい奥様です。むしろ、漱石のような偉人が、手がつけられないほどの病と、凄まじい顔を持っていたことに驚きました。
漱石の本をこの視点も加えて、もう一度読み直したくなりました。
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