カスタマーレビュー

2018年10月6日に日本でレビュー済み
福井県最強の福蜂工業を向こうに回して戦った県大会決勝を中心に描いた2ndシーズンを読み終えた時は、
あまりの大激戦ぶりに「こんな熱量を詰め込んだ作品があったのか」と読み終えて暫し呆然としたのだけど、
あれから早くも三年が過ぎ漸く手にしたこの3rdシーズン、前巻から70ページ以上増というボリュームに
「またあの熱量を!」と大いに期待しつつ拝読

物語の方はタイトル通り「春高」が舞台となっている。
これまで「悪魔のバズーカ」三村統を中心に県代表を務め続けた福蜂工業に代わって
小田主将が目指し続けてきたタイトル通りの「2.43」の高さにネットが張られる舞台に辿り着いた清陰高校だけど、
今回の出だしで描かれるのは前巻に引き続き彼らではない。
巻頭を飾るのは夏のインターハイでの「星の激突」とも称される東京・景星高校と福岡・箕宿高校の大激戦。
とりわけ中学時代から全国に名を馳せ、ユース代表でも顔馴染みである景星・浅野と箕宿・弓掛の両主将が
ネット越しに「お前さえ同学年にいなければもっと楽に優勝できたのに」と手の内を知り尽くした者同士で
同じ思いを交わす場面から始まる。
全3セットがデュースに持ち込まれるという大激戦の末に箕宿に、弓掛に準々決勝で敗れた景星高校だったが、
春高バレーは組み合わせ抽選の結果、順当に勝ち上がれば再び準々決勝で箕宿と当たる事に。
抽選結果を二年前の主将であった佐々尾に電話で報告した浅野は景星を必ず日本一にする事を誓うが、
佐々尾は「お前の為に勝てば良いんだよ」と取り成す。
電話を終えた直後、抽選が進んだ事で浅野は自分たちや箕宿と同じブロックに福井代表の清陰高校が入った事を知る。
組み合わせが決まった直後に掛かってきた電話で弓掛からの「俺らと当たるまで負けるなよ」と言われる浅野だったが
二人の間には自分たちが一・二年生の間高校バレーで六冠を達成した北辰高校に敗れ続けた屈辱と
三年生となり主将として春高の頂点を極める最後のチャンスという想いが横たわっていた……

今回は、というか前巻に引き続き今回も、と言うべきなのかもしれないが今回も清陰高校や「ユニチカ」は
主役というよりも悪役と言った方が良い様な立ち位置である。
今回の実質的な主役となっているのは上で紹介させて頂いた冒頭で三回目の、最後の春高を迎えた二人の主将、
東京・景星高校の浅野と福岡・美宿高校の弓掛である。

中学時代から互いの顔と実力を知り、年に何十セットとなく練習試合で互いの腕を磨き合った二人が
春高の「てっぺん」に挑み続けて絶対王者である北辰高校に跳ね返され上級生が悔し涙を堪えるのを見守る姿、
そして三年生となり自分が主将としてチームを引っ張る立場となって春高に臨む姿がこの物語の主軸となっている。

際立つのは作中でも触れられている「誰もが等しく三年という刻限の刻まれた時計をぶら下げている」という
高校スポーツならではの「残酷さ」である。
どれほど才能に恵まれた選手であっても、戦力が整わず全国を勝ち抜くには厳しいチームしか作れないかもしれない、
自分と同世代に突然変異の様な無敵のチームが現れるかもしれない、
大会を前にして怪我をしてしまい折角の実力を十分に発揮できないかもしれない、
……そんな自分自身ではどうにもならない運不運の要素すらも飲んだ上で三年という時間が過ぎてしまえば
強制的に退場させられてしまう、そんな「残酷さ」こそがこの敗れ続けた主将二人を輝かせているのだとも言える。

物語は6割以上が全四章のうち第二・三章にあたる三回戦と準々決勝に、
16チームがダブルヘッダーでベスト4まで絞り込まれるという非常に過酷な条件の下に戦う春高三日目、
春高初出場の清陰高校にとって「もっとも長い一日」を描く事に費やされている。

とはいえ、上に書いた高校スポーツの残酷さはその一つ前の第一話から徐々に牙を剥き始める。
清陰が迎えた二回戦で対戦する北海道・鹿角山高校のエースにして身長2メートルを超え
「日本男子バレーの救世主」と言われ続けながら腰の故障に泣かされ続けた男・川島が
一度は清陰を窮地に追いやりながらも腰の痛みで退いたベンチに座ったままチームの敗北を迎える姿に
(そしてそれを観客席から同じ様に膝の故障に悩まされ続けた三村が見守るという形で)
この巻の売りである「高校スポーツの残酷さ」は既に見えていたのかも知れない。

そして「星を射る勇者」と題された第三章で描かれる「あと10㎝あれば日本バレーの歴史を変えた」と言われる
175㎝の小さなスパイカー弓掛の孤独な戦いを描いた章で物語は一気にヒートアップする。
上に書いた景星のOB佐々尾が福岡ではなく東京の新興高校を選んだ時から始まった弓掛の戦いはまさに無いない尽くし。
スタメンの平均身長が180㎝に届かないという小型チームを率い、自身も小柄ながら
バレーボールの「正義」である高さに真正面から立ち向かい、高さから逃げるのではなく小型チームでありながら
高さで勝負する事を選んだ美宿の、そして上級生を頼りにする事も無く持ち前の向こう気の強さでもって
「俺一人で箕宿をてっぺんまで連れて行く」と足りない身長に泣き言一つ言わず
孤高の主将を貫く弓掛の在り方は「フィジカルの問題」で不利を強いられるアスリートを見続けた
日本のスポーツファンの胸を熱くしてやまない。

そしてその体格の不利を物ともせず、インターハイと国体を制した勇者たちを「高さ」という正義で押しつぶし、
意地一つで全国の強豪に立ち向かい続けた弓掛の翼を折りにかかる清陰の姿はまさに「悪役」なのである。

試合中、福岡と東京に別れながらも同い年のライバルであった弓掛と浅野がどの様に高校三年間を歩み続けたのかが
事あるごとに挿入されるのだけれども、ないない尽くしの中で全国の頂点を目指した弓掛の孤独を
誰よりも理解する存在となった浅野が試合後にチームメイトに聞こえないようタオルを噛み締め、
声を押し殺して泣く「持たざる者」に声を掛けるシーンはこの作品の最大の見せ場だったかもしれない。

傷だらけになりながら戦ってきた好敵手に「もう一人で背負うな」と何もかもを一人で背負い続けようとする事の限界を
諭すように語り掛ける場面はそれまでに弓掛と浅野が共に相手を「強敵」と認め合うまでになる姿を描いたからこそ
嫌味も臭みも無く、ただ純粋に「癒し」として読者の目に映えるのである。

弓掛が「生まれついてのリーダー」として描かれているのと対照的に浅野の描かれ方は
「リーダーとしての気質を持たない人間が、どの様にしてリーダーとしての資質を身に着けていくか」という形で描かれている。
二つ上の代の佐々尾が主将を務めたチームで春高のメンバーに選ばれながら
「棒の様に役立たずな一年生」である事を見抜かれて三回戦での敗退してしまった責を佐々尾が一人で引き受ける姿を、
絶対王者の北辰に小柄な体格で挑み続けた弓掛の姿を瞼に焼き付ける事で
少しずつ自分を「主将という生き物」へと作り替えていく姿を描いたのが浅野の章「覇道に清き帆を上げて」である。

佐々尾の代が引退し、弱体化してしまったチームを主将として引き受ける年を迎えても
自分とは対照的に「ないない尽くし」を乗り越えていく弓掛のハングリーさに感心するだけだった浅野が
父兄を交えての激励会の席で二年生と新一年生の間で起きたいざこざを解決する過程で弓掛とはまた違った
「主将の在り方」を見出し、恵まれた戦力をフルに活かす「王道を往くチーム」を作り上げていく姿は
一つ前の章で何もかも足りないチームを孤高で引っ張り上げた弓掛の姿とまさに「対」となっているのである。

その二人の主将を前にまだ一年生である主人公の二人・黒羽と灰島は「全国」を痛感させられるのだけど、
今回描かれる二人の関係は実に不安定、もともと他人とのコミュニケーションに難のある灰島が
強豪校から引き抜きの声を掛けられた事を知った黒羽が「本気で考えなきゃ」と言ってしまった事で
黒羽や、清陰高校の面々、あるいは福井という土地そのものに救われたと感じていた灰島が「俺を追い出す気か」と激昂し、
関係が拗れ切ったまま戦う事に。

ただ、関係は拗れながらも全国を体感しながら急速に成長していく黒羽を「こいつこそが俺のエースだ」と
セッターとしてどうしようもなく惹かれていく灰島の複雑さが同時に描かれているので事はそう単純ではない。
過酷な二連戦の果てに矢尽き刀折れた状態で戦い続けた灰島が自分の悔しさよりも「俺のエース」を前にして
初めて悔しさを覚えるという最後に見せた姿には心打たれる物があった。

440頁を読み進めていく間、左手から右手に移っていく本の厚みに「読み終えてしまうのが惜しい」と
話が進めば進む程ページをめくる手が遅くなり、一ページ一ページをよりじっくりと味わおうとして
読むスピードが鈍り、結局五日ほどかかる読書となったが、実に充実した五日間であったと心の底から思う。
「小説とは相性が悪い」と言われるスポーツものをここまで高いレベルで仕上げてきた作者の壁井ユカコの
圧倒的な力量は今さら言うまでも無い事であるが、焦って中途半端なところで区切ったモノを出すのではなく、
三年掛けて作り手も読み手も納得がいくものを仕上げる事を認めた集英社の姿勢もすこぶる賞賛されるべきと思う。
「スポーツで輝く若人を描いた作品」と言えば陳腐に響くかもしれないが、その陳腐さを微塵も感じさせる事が無い
恐るべき完成度で仕上げてきた一冊。全身全霊でもってお勧めさせて頂く。
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