カスタマーレビュー

2009年4月4日
本書は、ある建物の形態が、思考の結晶として浮かび上がってくる過程についての目ざといレポートとなっているように思える。著者の瀧口さんが、ひとっ時も動くことをやめない、その思考の中心にいるコールハースに振り回される様子も実に面白く読めた。

注目を集めるような形をした建築物というものは、建築家の個人的な審美性が、クライアントの要求や予算などといった条件をくぐり抜けて発現してきたものだと思っていたけれど、コールハースのやり方は一味違うもののようで、その分かりやすい例として、ホイットニー美術館増築プロジェクト(計画は棚上げということらしいが)の建築の形がどうやって生まれたかについて書かれた部分、引用します。

---以下引用---

この増築でOMA(コールハースの事務所・若近若近注)がとったアプローチは、実にコールハースらしく即物的なものだった。マンハッタンの建築基準を、そのまま建築のアウトラインにしているのだ。つまり建物の高さ、日射線、セットバックなどの条件に基づいて、ぎりぎりに建設可能なラインを空中に描き、その内側を埋めるような方法でかたちが生まれたのである。しかも、当初の案は歴史的保存建造物に指定されているブラウンストーンのタウンハウスを維持するために、せめてその上空だけでも占拠しようと、建物がねじれながら聳え立っている。

この場合、そこにデザインされた建築のようなものは、実は建築基準が物質化してかたちをとったものだと思えばいい。作り手の恣意ではない、何か別のものがメカニズムとなって、その結果生み出されるかたち。このプロジェクトは普通ならば設計の制限になるものを逆手にとって、ちゃっかり材料にしてしまったわけだ。

それもかなり面白いと思ったが、「ところがね」と、この計画を説明していたスタッフがニヤニヤ笑い出した。コールハースが徹底的にこだわったのはその後だという。それだけ無謀にかたちを決めておきながら、最後に建物を50センチ高くするとか、1メートル引っ込めるとかいったことにかなり執着し、何度も何度も検討し直したのだという。彼は建築をつくるプロセスのどこで美的要素が起こるべきか、その枠組み自体を重要視する。

---引用終わり---

この場合は、建築基準、という条件が形をとったものになったわけだが、その他にも、クライアントの要求や建物に必要な機能といった外的な制約は五万とあるわけで、普通、設計者はそういうものに頭を悩ませるものなのだろう。ところが、コールハースは、むしろその制約を種にある形を生み出す。建物内で行われる活動がいくつかに分かたれるとするとそこに壁、収蔵品の内容の違いによってそこに床、といったように。

だからコールハースにとって制約はアイデアの源泉となっているわけで、クライアントに対しても、「私たちを尊敬するのではなく批判的に見て対等な立場で意見してほしい」、となる。瀧口もそうだったらしいが、コールハースは誰に対してもやたら質問をぶつけ、四六時中、人からの反応を引き出し、それを情報収集の一環としているという。

著者はこれを称して「チャンス理論」と言う。「チャンス理論」というのは音楽家ジョン・ケージや振付家マース・カニンガムなどが用いた方法で、例えば、サイコロを振って出た目の数によって動く方向を決める、といった偶然性に委ねた創作方法。コールハースにとっては、建築条件もクライアントの無理難題な要望も、思考とアイデアの材料となるというのである。

うろ覚えだけど、確か向田邦子は、脚本で行き詰ったとき、辞書の適当なページを開いてそこにある言葉から次の展開を考えてたらしいし、小説家奥泉光はいとうせいこうとの対談本の中で、執筆中に読んだ本の影響をどしどしとり入れる、みたなことも言っていた。また、フィリップ・K・ディックには、易の占いに従って書いた作品があったはず(確か「高い城の男」)。

私たちが見て、多少なりとも面白いと思える創作物には、必ず、そういうった「チャンス理論」的な部分が挟まっているのだと思う。要するに、個人の中にある個性の表現、といったようなものは退屈なものなのだ。

そういえば「奥の細道」だってチャンス理論と言えば言えるんじゃないのか。

この本、前半部はドキュメントで後半部には関係者インタビュー、最後にちょろっとコールハースのインタビューとなってて、ドキュメント部分に書かれていた大学の講演会のところ、ちょっと、えー?それはないんじゃない、となってしまった部分があった。その講演の内容についてあまりにさらっと流して書かれているんだもの。

もうちょっと詳しく書いてくれよ、と。

でも最後まで読んで感じるのは、そういう、コールハース自身の言葉・教え、といった部分も大変興味深いことは間違いないにしろ、コールハースのコールハースらしさってそんなところにはなく、何か外界のものとぶつかりあって絶えず事件を(建築物を)引き起こしてる現場にだけしかコールハースは現れず、そして、そういうあり方というのは、どうしてこういう言葉が出てくるのわからないけどすごく「健全」だと思え、おまけのように主人公のインタヴューがくっついたこの本の構成って、なるほど正しいな、と感じられたのであった。
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