カスタマーレビュー

2011年3月3日に日本でレビュー済み
優れた人間がいる。そうでない人間がいる。私
たちはそれをどのように捉えるかが重要だと考える。

優れた、というのはその時代時代が求めている
振舞いに応えられる力を持っているか、ということ。

大昔であれば強靭な肉体を持ち、敏捷に
野生動物を捕らえる力を持つものがエリート足り得た。

今は逆に頭をつかって大量の情報を収集、分析し、
コントロールすることができる人がエリートになるかもしれない。

人の優劣とは、その人が持つ能力であり、同じ能力でも
その時代が欲する能力であれば、エリートになるだろうし、
その時代が求めていないのであれば、それは平凡な能力となる。

例えばアスリートに全員がなれるわけではない。
それは先天的な才能も含有するからである。

そのような人間とそうでない人間がいる時点で
すべての人間が平等な世界はありえない。

それをすべての人が平等であると定義することが
どれだけ危険で非生産的なのかを明確にしてくれる。

そもそもすべての人の平等はありえない。
それを牛耳る人間がごく一部いる、という事実があってこそ
成り立つ(いや、現実には成り立たないから理論は
破たんしているのだが)わけで、最初から矛盾している思想が
どれだけ世の中に蔓延っているかを改めて再認識できる。

理想と現実は違う。

適材適所に能力を持つグループを構成する。
それが社会の中でどの位置づけでどのように
機能するのかを見極め、適切に配置する。

すべての労働はどれも貴重な役割を持つ。

単純にエリート=素晴らしい人間、というわけでもない。
エリートはエリートという役割を演じ、各労働者は
労働者としての誇りを持ち、自分の得意な、
あるいは自分の欲した業務を極め、それを遂行するのである。

今の日本は毒されている。
しかしながら、大多数の日本人は毒されている、
という事実にさえ気付いていない。

平等という言葉にどれだけ危険性があるのかを
気付かせてくれ、かつ日本人の可能性と
今の日本人の危険性をしっかりと伝えてくれる名著である。
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