カスタマーレビュー

2017年10月4日
この本を読み切って、身をつまされる感覚を持たない人はどれくらいいるのだろうか。

物語を通して、文章は主人公の主観に沿って描かれていく。
演劇の脚本を手がける観察眼の鋭い主人公は、周囲の人間のささいな行動から、その人物の弱みや考えていることを汲み取ってしまう。
就職活動という「何者」かにならなければならない決断をせまられた状況で、主人公がアイデンティティとして求めたものは...

自身を相対化すればするほど、自分と数多の他人との境界がどこにあるのかわからなくなって、深みにはまる。
まだ企業で働いてもいないような学生がもてる真のアイデンティティは、精々人間関係くらいのものである。それも結局本人がコントロールできない、生まれ育ちによるところが大きいのではないか。
現に登場人物のミヅキは、コントロールできない人間関係の不和によって自分の進路選択を真に納得できない形でせざるをえない状況になってしまっている。その他の登場人物も、みな核となるアイデンティティが見つからないことにもがき苦しんでいる。
運良く心から選択したい進路を見つけることのできる人はまれだ。そうでない人は、これからそれを見つけるしかない。
しかし、進路を見つける機会を手に入れるには、進路を心に決めた何者かに擬態しなければならない。そのジレンマに大勢が悩む。

その状況下で、この小説の主人公は、周囲の人間を俯瞰して、「自分は周りの人間とは違う」ことを確認することで、非常に後ろ向きなアイデンティティの輪郭を形成する。
それが巧みな話運びによって衆目に晒されることで、部分的にでも主人公のひねくれた考え方に感情移入していた読者自身に潜む「何者」が、同時に浮き彫りにされたような感覚を覚える。

現代を生きる人間の内面の歪みをあまりに的確にとらえているので、自分のこととして考えすぎる人にはお勧めできないかもしれない。
私自身は、最後の数十ページで「他人にどう思われようとも、何者かを目指して行動し続けることが悩める人間の正しい姿である」という、厳しくもポジティブなメッセージを感じ取った。読後感は爽快とはいかないが、様々なベクトルでの感動があった。
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