カスタマーレビュー

2015年11月3日に日本でレビュー済み
『琉球新報』が2014年5月から100回に亘って連載したキャンペーン報道を書籍向けに再編集した書である。自社からでなく高文研から出版した理由は「とくに、本土で読んでいただくことを願」ったからだという。小冊ながら一地方新聞社の心意気がひしひしと伝わってくる話題本である。
 内容は三部からなり、1)は沖縄処分までの詳しい経緯、2)は自己決定権の法的根拠、3)は沖縄の自治から独立にまでの射程、となっている。主眼は沖縄の「自己決定権」の確立であり、声高に沖縄「独立」を叫んでいるものではない。だがその後に見えてくる選択肢ははっきりしていると思う。
 圧巻は1)の沖縄近代史である。歴史通と自負してきたが、まったく知らなかった史実を読み、沖縄にこれ程無知でいられた自分が恥ずかしかった。
 明治維新後、新政府は「帝国拡張政策」の手始めに沖縄併合をはかる。1872年、「王制一新」を祝う慶賀会に参列した琉球使節に対し、抜き打ち的に琉球王国を琉球藩に処し、琉球国王を「藩王」に封し天皇との君臣関係を宣言したのに始まり(ちなみにこの処置に関わる一通の公文書もないという)、1879年3月27日、松本道之処分官が官吏数十人と武装警官160人余、熊本鎮守台兵約400人を伴って首里城に入って「廃藩置県」の通達を読み上げ、病床にあった尚泰王には誓願を許すとして上京させ直ちに拘束するまでの「琉球処分」の実態が語られる。「琉球処分」とは琉球併合を国内問題とするために政府が創った言葉で、琉球が外交権・裁判権の明治政府へ引き渡しを拒んたことへの対抗策として、武力で王国を潰した一連の措置を指す。薩長藩閥政府は1609年に始まる薩摩藩の沖縄侵攻の既得権益を強調したが、琉球王国は外交権を有し中国にも「海外公館」を持つ、西欧近代国家から認められた独立国だった。
 本書はその動かぬ根拠として、琉球王国が1854年から55年にかけて米・仏・蘭各国と結んだ「修好条約」を取り上げる。そもそも国際条約とは法の主体としての国家間で締結されるものであり、これら終結国はいずれも琉球を「東アジアの一独立国」として認知していた。琉米修好条約は、日米修好条約にもない沖縄官憲による不法米国人への逮捕権が保証されている。「併合」について諸外国からの問い合わせがなされ、明治政府は、「条約を継承する」と回答している。無効とは言っておらず、政府も琉球が国際法の主体であることを認めざるを得なかった。
 琉球王国の併合に対して臣民も座視していた訳ではない、中国への密書や欧米公使に直訴するなどの王国存続をかける涙ぐましい逸話は書中に溢れているが、政府は彼等を逮捕拷問するなど強権で押し切った。
 琉球をめぐる国際問題はその後も続く。驚くべきことに、1880年政府は日清修好条約改定に際して米国のグラント大統領の仲介を入れ、琉球を沖縄諸島と先島諸島に二分割し、先島諸島を中国に割譲する提案を行っている。分割案は調印寸前に中国に亡命していた琉球人たちの必死の阻止運動もあり実らなかったというが、中国市場での利益を得るために「自国」の一部を売り渡すという暴挙を明治政府は犯したのだ。
 時代は変わる。その後の徹底した皇民化教育は「日琉同祖論」を生み出す。日本文化と合流することで差別の解消を図るべきとする知識人の妥協的な思想は、沖縄戦での民間人動員に帰結した。戦後のアメリカ占領下でひたすら「平和」日本への復帰運動を続け、やっと「帰った祖国は、思い描いていた祖国ではなかった」という沖縄人の悔恨記される。
 その「琉球処分」は現在どう捉えられているか。研究者たちは、「琉球処分」は当時の国際慣習法が禁じた「国の代表者への強制」にあたり、慣習法を成文化したウイーン条約法に基づいて、今でも主権=自己決定権の保障を請求できるという。また当時の国際法は「征服」を容認していたが、沖縄では戦闘行為はなく、これにも当てはまらないと指摘する学者もいる。沖縄を植民地とみれば、1948年の国連世界人権宣言の「植民地独立付与宣言」に照らし合わせ「民族自決」の主張ができるという。
 だが合法性と主張とは別のものだろう。民族意識とは、観念、イデオロギーなのだ。自己決定権→沖縄独立の主張は、ひとえに沖縄人が自分たちをどう認識しているかにあり、「本土人」が口をはさむべき問題ではない。本書のインタビューでも、理念は有効としつつも、積極的に独立まで唱える識者は少数だ。だが歴史を知れば知るほど、沖縄の土地と住民を「捨て駒」としてきた本土人の身勝手さが解り、今また辺野古問題などで沖縄人の本土不信感を増長させていると感じる。
 最後に質されるのが沖縄に自治政府誕生なり、独立なりした場合の政治的・経済的な自立可能性だ。先ず解くべきは、沖縄には莫大な予算がつぎ込まれているという誤解である。沖縄の国への財政依存度は全国で5番目、1人あたりの公的支出額では全国17位に過ぎない。「沖縄を甘やかすな」と批判されるほどの金は貰ってないのである。しかも沖縄への補助金は、基地と絡めた政治的配慮の性格が強く、県の自主性を阻害していると言う。
 現在沖縄では官民様々なシンクタンクが作られ、それぞれ未来案を競っているが、決定的な政策案は完成していない。観光立国、自由貿易港の建設、IT産業の呼び込み等々、様々な可能策があると言う。独立して非武装宣言をし、米軍基地を撤廃すれば、全ての利用目的に適する一等地がふんだんに使えるという夢のような話もある。
 いま世界の各地で独立・分権の動きが活発である。その全てが住民パワーに基づく。沖縄の行く末も沖縄県民の意思にかかっているだろう。邪魔だけはしたくない。
22人のお客様がこれが役に立ったと考えています
0コメント 違反を報告 常設リンク

商品の詳細

5つ星のうち4.3
星5つ中の4.3
評価の数 8
星5つ
61%
星4つ
29%
星3つ 0% (0%) 0%
星2つ 0% (0%) 0%
星1つ
10%