カスタマーレビュー

2018年1月27日
映画は猛吹雪の中を「もう嫌だ」と逃げ出す隊員を「どこに逃げるんだ」と連れ戻すところから始まる。
ペンギンもいないアザラシもいない、外は一面の雪の他には何もないという極限の環境の中で過ごす南極観測隊の料理人の物語である。
南極観測隊の仕事については深く触れられていないのは、この映画が食と人に焦点を当てているからであろう。(映像中で一番大事な仕事は雪から水を作ることである)
出てくる料理は日本で食べられる「当たり前」の料理であり特別なものは少ないが、それこそが最も大切なものであることは映画を見ていくうちに理解できるようになる。
総員8名の隊員は映画の中で隊員はよく笑い、はしゃいで元気に振る舞うが、口に出てくる言葉は「日本に帰ったら何をしたいか」というものであり、楽しそうな姿はどこか嘘くさい下手くそな演技であるように感じる。
狭い廊下、独房のような個室で与えらえるストレスと付き合い誤魔化し、1年以上の期間を過ごさなければならない隊員たちが求めているのはかつて溢れていた「日常」に他ならない。
それは1分740円の電話であっても頻繁にかけてしまう家族の声だったり、夜中にこっそりと食べるラーメンであったり、日常の残滓を追い求めている姿を描いているのである。
映画中、食事シーンと同じくらいに飲酒シーンが多いのもその表現であろう。隊員は空元気、嘘くさい演技、それと同時にピリピリした緊張感を常にまとっている。
この映画について「コメディが面白くない」、「わざとらしい」と感じるのは当然であり、そのように作られているのであって、それこそが意図された演出なのである。面白くあってはならないのだ。
朝起きて食卓に集合する隊員たちは互いに言葉を交わす、「おはよう」を返さない隊員に執拗に声をかける隊員がいる、それをなだめる隊員がいる、その横では全く別の話をする隊員がいて大声で笑い、一見賑やかなようでいて狭い空間の中に一触即発の雰囲気がある。
だがそれでも全員が朝食を食べるために同じテーブルにつき、一緒に同じ食事を食べるうちに不思議と空気が馴染む。それによって社会性が保たれているのである。
この映画の南極に美麗なオーロラや可愛いペンギンやアザラシは登場しない。きたろうが「何だそんなもの」と言い捨てどこにでもあるような珍しくもない醤油ラーメンを一心不乱に啜る姿こそがこの映画におけるハイライトだ。
薄皮一枚で保たれている平穏は薄く張った氷に似ており、隊員たちはそこを踏み抜かないように「楽しそうな演技」をしている。
おどけている姿は笑えないだろう、嘘くさい演技によってしらけるだろう、だがそれは隊員たちの生存本能による必死の生存戦略に他ならない。
南極観測基地という環境は世界の縮図である。人はそこに平穏と日常を作り出そうとする。本作の主人公は料理によってそれを成すのである。
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