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ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書) 新書 – 2011/5/18

5つ星のうち 3.5 143件のカスタマーレビュー

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商品の説明

内容紹介

キリスト教がわからないと、現代日本社会もわからない――。

イエスは神なのか、人なのか。
GODと日本人の神様は何が違うか?
どうして現代世界はキリスト教由来の文明がスタンダードになっているのか?
知っているつもりがじつは謎だらけ……
日本を代表する二人の社会学者が徹底対論!

内容(「BOOK」データベースより)

日本人の神様とGODは何が違うか?起源からイエスの謎、近代社会への影響まですべての疑問に答える最強の入門書。挑発的な質問と明快な答え、日本を代表する二人の社会学者が徹底対論。

商品の説明をすべて表示する

登録情報

  • 新書: 352ページ
  • 出版社: 講談社 (2011/5/18)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4062881004
  • ISBN-13: 978-4062881005
  • 発売日: 2011/5/18
  • 梱包サイズ: 17.2 x 10.8 x 2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.5 143件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

投稿者 河童の川流れ トップ500レビュアー 投稿日 2012/1/25
形式: 新書
キリスト教信者のみなさんの信仰をないがしろにはしようとの意図はないのですが、自論を書き込むことがためらわれてしまいます。
評者がかって読んだリチャード・フォーティ著 『乾燥標本収蔵1号室―大英自然史博物館 迷宮への招待 』の終わりに著者が書いていたことが非常に印象的だったから下の・・・内に転載しました。
・・・私は、わが類人猿の祖先に一途な誇りを抱いている。自分がかっては樹上に棲むすばらしい毛むくじゃらなやつであり、わたしの肉体は、とてつもない時間をかけて、クラゲ、ゴカイ、ナメクジ、魚、恐竜、猿人類を経て受け継がれてきたものだと考えるとうれしくなる。祖先としては、エデンの園のつまらないカップルのほうがいいなんて、だれが願うだろう。・・・
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投稿者 う〜む トップ1000レビュアー 投稿日 2016/11/29
形式: Kindle版 Amazonで購入
 この書籍については沢山の方々が、感想、解説を寄せられており、わたしが屋上屋を架けて何か書くのも大変おこがましいのですが、わたしなりの雑感を書かせていただきます。

 わたしたち非キリスト教圏に生きるものたちが、なぜキリスト教を理解しようと努めなければならないのか?それは結局いわゆる近代化とは西欧文化を受け入れていく過程ととほぼ同意義で、その西欧文化はキリスト教に対する理解なしには理解・分析不可能であるからです。

 日本人のことを無宗教だなどと無責任にいうひとをよく見かけますが、人間を越えた超越的な存在を認めるとか、人間の死後の世界について思いをいたすとか、日本人は情緒的ではありますが、実は大変に宗教的なのではないかと思います。というか、そういう観点で宗教を捉える限り、全く無宗教の民族というのは、公平な目でみれば、いないといっても過言ではないと思います。ただ、一神教という形態をとるか、宗教を理屈や理性を通じて解釈しようと試みるか、その違いなのではないでしょうか。もちろんどちからが高級で、どちらかが低級などということは言えません。

 少ししつこくなりますが、一神教が多神教よりも優れた宗教であるとか、部族宗教的な色彩を残した宗教は野蛮だとかいう考え方はキリスト教圏に生きる人々の勝手な言いがかりであって、なんら根拠がないとい
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形式: 新書
宗教は古代の遺物、と切って捨てるのは簡単だが、宗教の不思議はすなわち人の心の不思議だと思う。必要だから発明された。
迷信や宗教こそが科学だった、そんな時代があったから今がある。
人権とか平等とかの思想の雛形であるだけでなく、近代は宗教とりわけプロテスタントの思考様式から始まった。これは私の昔からの持論でもある。
それとは別次元で、自分の存在の意義を求める時も、人は神と向かい合わざるを得ない。

本書の章立ては以下の通り。

第一章 一神教を理解する-起源としてのユダヤ教
第二章 イエス・キリストとは何か
第三章 いかに「西洋」をつくったか

それなりに問題意識と若干の基礎知識が必要。
私の場合、大学時代に田川建三(主著は『その男、イエス・キリスト』か? その後NHKで連続講座だか文献学の番組があったらしい)らを下敷きとする講義を受講していた。

私の関心の核心は第三章。
前に古田博司『ヨーロッパ思想を読み解く―何が近代科学を産んだか』(ちくま新書)のレビューに、以下のように書いた。

 生活の隅々まで戒律で決められ自分で考える必要のなかったイスラムと違い、愛や信じることの心構えを説かれたクリスチャンにとっては、自然
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形式: 新書
聖書という書物を研究するには、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語の三言語を必要最低限に学んでおかねばならないらしい。
少なくとも聖書学者になるにはそうらしいことがわかり、なるほどなあ学問の世界はやはりどこでも厳しいものだと思った。

ところが学者も含めて一般のキリスト教徒の信者たち、プロテスタントに特に見られる傾向として、
彼らの聖書理解はまるで話しにならないレベルの低さなのである。

神の国という概念規定そのものがすでにあやまっている。
わたしはもうハッキリわかっているが、この地上において神の国が実現することなど絶対にあり得ない。
そもそもキリスト者はイエスの教えを誤解して解釈しているように思える。

神の国という「譬え話」は自己の内面における真我顕現を意味するものであり、この点においてはやはり、インド哲学を学んだ経験のある方のほうがキリストの教えを理解し易いということである。
かつての修道士たちの聖者の教えに回帰しない限りは霊性の脱け殻のような世俗的宗教としてのキリスト教すら日本においては充分な発達を遂げることは不可能だろう。

日本には大乗仏教の伝統があり、悟りを求める指向がやや微弱ながら存在している。
それがせめてもの救いだろうか?
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