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科学とオカルト (講談社学術文庫) 文庫 – 2007/1/11

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商品の説明

内容紹介

ニュートンもケプラーも錬金術師だった。客観性を謳う科学の登場は、たかだか数百年前のことである。近代産業社会が、オカルト理論に公共性を要請した時、秘術は「近代科学」として生まれ変わった。「万能の学=科学」と現代オカルトは、原理への欲望とコントロール願望に取り憑かれ、どこまで行くのだろうか。社会と科学とオカルトの三者の関係を探究し、科学の本質と限界に迫る。(講談社学術文庫)


登録情報

  • 文庫: 256ページ
  • 出版社: 講談社 (2007/1/11)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4061598023
  • ISBN-13: 978-4061598027
  • 発売日: 2007/1/11
  • 梱包サイズ: 14.8 x 10.6 x 1.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0 5件のカスタマーレビュー
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形式: 文庫 Amazonで購入
あのコペルニクスの地動説は実は、科学的な理論ではなかった。当時の主流であったキリスト教会の公式見解とは異なる独自の神学的信念を披露しただけ。
彼の論文には「太陽は男性であり地球は女性である。男性たる太陽は、宇宙の中心に位置し、そこから、熱や光、あるいは男性的な愛を、周辺に向かって射出している。一方女性としての地球は、その周囲を回転しながら、太陽から射出されるものを受け取る。したがって、地球は太陽によって1年に1回必ず妊娠させられる。」この続き読んで見てください。
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形式: 文庫
かつてオカルトだったものが客観という基準により科学になり、その科学が19世紀に制度化し、高度化し、タコツボし、巨大化し、金のかかるものになった、という歴史の流れは分かりやすい。現代社会で科学は市場価値とアカウンタビリティを求められているのに、現代の科学者は、論文という名のゴミ排出競争に明け暮れている。そのうちに社会からそっぽを向かれてしまうかも、と言う主張は、大学人としての筆者の皮膚感覚なのだろう、切実な感じがする。

でも、現代のオカルト、カルトに対する叙述は、紋切り型で浅薄だと思う。頭に浮かんだことをあまり整理せず思いつくままに書いた感想、というレベルだ。筆者は、管理社会である現代社会では、人生の意味が感じられないから、「かけがえのない自分」を見つけるために、人はオカルトやカルトにはまる、と言っている。でも、それくらいのことは、誰でも感覚的に言えそうだ。「かけがえのない自分」というのも、科学者らしからぬ、分かったような、分からないような言葉だ。どうして鍵括弧がついているのかも分からない。

新書にいろんな内容を詰め込みすぎだと思う。前半部分=歴史的なオカルトと科学の関係、をもっと掘り下げて、専門外である現代カルトの分析はほどほどにしたら良かったと思う。
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形式: 文庫
「科学とオカルト」は科学とオカルトの違いをいくつかの視点で描かれています。今まで、自分は科学はいつかすべての自然現象を解明できるとおもていました。

しかし、この本を読むとその科学の限界が非常によくわかりました。だからと言って、科学に失望したかと言うと全くそんなことはなく、よくよく考えてみると本で書かれていることがよくわかりました。

この中で、科学とオカルトの大きな違いが共有性のことです。科学は自然現象をどんな人が実験・観察しても同じ結果が生まれることで共有性を見つけています。しかし、オカルトにはこの共有性がなく、個人の見解だけが証拠になります。ここが大きく科学とオカルトの違いになります。言い換えると、科学になるためには共有性を持ちえないといけなくなり、共有できない現象に関しては科学とはいえなくなります。

本の中ではオウム真理教に関してのことも触れており、この科学で賞めできない現象とぶつかった時に科学への信用がなくなり、オカルトという現象を信じてしまう過程が書かれています。しかし、ここでまた面白い現象を述べています。

オカルトという分類に存在した宗教。その宗教内で利用されていたシステムが、現代社会のシステムを多分に使用されていた。たとえば、教団内で使用されていたマニュアルは教祖とされた麻原の超能力
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形式: 文庫
養老先生の親友(というか昆虫採集仲間)として知られる池田先生の書いた本。
私は医療機関で働いてるので、「自分は何々の病気にいつごろかかりますか?」みたいな事を医師に質問してくる患者さんに対して医療スタッフが感じる、困ったナーという戸惑いと、地震がいつ起こる、火山がいつ噴火するといった「規則性なく単発で起こる出来事の予知」は科学が進歩しても原理的に無理なのかも、という著者の発言がリンクして、とても説得力あるものに感じられました。
「科学とは、主として繰り返し起きる現象をそれが何なのか解明するものに過ぎない。」という主旨の著者の発言、ゆえにビックバンとかダーウィンの進化論は繰り返し実験室などで実験することが不可能なため、科学的に正しさを実証することは無理なんだというコメントには唸らされました。そういうようなわけで、世の中では1回しか起こらない出来事の予測に占いやオカルトが暗躍するという事態になりやすい。わからない事に無理くり結論を出そうとするとそれは必ず科学とは言えないオカルトに行くのでしょう。
結局、科学ではわからない事をわからないと素直に認め、わかったことにはしない、という現実に即した理性を持って生きることの大切さ、「何でも良いから結論を与えてもらいたい」という類いの私欲を抑える事の重要性を、つくづくと教えてくれる本です。分厚い哲学書読むよりも私にははるかに価値ある一冊に思えました。
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