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紀野一義から学んだ法華経 Kindle版
紀野一義は仏教を旧態に復したのではなく、新しい時代に即応した人類救済のプログラムを提起した宗教改革者だ。
それでも私たちはやはり、生涯、愛する人の名を呼び、お念仏し、お題目して生きてゆくしかないのですね。 「ええなあ!と言う人生」
学者でもなく、僧侶でもない、市井に生きたひとこそ法華経について学び、書かなければならないと思い続けてきた。法華経を読むとはなにも膨大な知識を理解することではない、市井に生きる人はまず生活しなければならない、そして家族を養わなければならない、社会に参画して日々の糧を得て生きなければならない、だから法華経を読むためには必要十分な少しの知識だけでよい、それでこそ本当に法華経を読んだことになると兼ねてから思い続けてきました。
紀野一義(気持ちの上からは紀野一義先生と書きたいのだが、著作の慣習として紀野一義と記すことをお許しください)は広島の寺の息子に生まれ東大印哲を卒業するがその後は学者にも僧侶にもならず仏教伝道者として生涯をおくりました。
紀野一義の東大印哲時代の指導教官であり共著もある中村元は、法華経は世俗の生活のままで究極の境地に達し得ると次のように述べています。
「ここには世俗の生活のままで究極の境地に達し得ると言う。思想が表明されている。おそらく伝統的な教義学者たちにはこう言う思想を表明したくなかったであろう。しかし、こう言う思想の存在したことを隠すことはできなかったのである」中村元 釈尊
2008年のある日わたしは電車のつり革広告を眺めていて映画「ハートロッカー」のポスターが眼に入り、爆弾処理に従事する男が主人公だとの解説を読んでにわかに懐かしい紀野一義を思いだした。
20代にさまざまな人の講演を聞いた。升田幸三、紀野一義、加藤登紀子、中根千恵、吉田健一郎、糸川秀夫、幸田文、西堀栄三郎、田中聡子各氏の話は面白くて50年以上経った今でも記憶に残り、話を聞いた場所まで一体となって脳裏に浮かぶ。そのなかで紀野一義の講演はひときわ印象に残りその後の人生を励まし続けてくれました。
1968年にNTTの学園(当時電電公社中央学園 調布市入間町にあった)の講堂で紀野一義の講演を聴いたのが最初で最後、一期一会の出会いだった。紀野一義は当時46歳、暖かい人柄を感じさせる語り口で20代前半のわたしたちに話しかけ、受講生は非常に大きな感銘を受けた。講演を終え講堂を出るときに、一人の先輩が眼を赤くしていたのが記憶に残っています。
その講演の中で紀野一義は戦中の台湾で爆弾処理をしたがお題目を唱えて不発弾の信管処理をしたところ不思議に事故がなく部下も真似してお題目を唱えながら1900発を超える信管処理に従事したが奇跡的に生き延びたこと、船酔いにゲロを再度飲み込む荒業で打ち勝ち戦後ようやく帰国すると家族は広島の原爆で全滅しており姉の嫁いだ寺に居候するがその本堂で幽霊を見たことなど悲惨な体験を明るい透明な声で語りました。
日本にはたおやめぶりとますらおぶりがありたおやめぶりが優れていると紀野一義はいった。「たおやめ」とは、若い女房のしなやかな腕に自分の赤子を長時間抱く強さであり賀茂真淵が「たおやめぶり」と評した。
一見か細く弱々しく見えるものに、実は天地を動かすほどの力がある、「ますらおぶり」は負けると折れてしまうが「たおやめぶり」は一挙に崩れることはない。そんな話が50年経った今でも鮮明に記憶に残っています。
わたしは21歳のとき紀野一義の講演を聞いて深い感動を覚え、その後は折に触れ氏の著作を読んで来た。だが多くの人がそうであるように目前の関心は家族を養い生活すること、生きのびることでありそのためには仕事にほとんどの精力を向けてきた。
しかしそのような人生の送り方に反省はなかったし今も全くない。心の奥底でそんな世俗の人生を送っている人こそが法華経を真に読むに値するとの考えが根づき離れることはなかった。
70歳を過ぎてある出来事があり紀野一義の著作と講演録音を集中的に学ぶ時間と機会を得て約二年、氏の法華経に対する思いがわたしの胸を再び打った。紀野一義は偏狭なき宗教を志しキリスト教まで幅広く学び、鎌倉の祖師達を崇め一生を仏教伝道に捧げたが一貫してその信仰の中心は法華経でありお題目でした。神でもほとけでもよい、一生を通じて信じることを貫けばそれでよいとの言葉は偏狭な宗教間の争いの時代に素晴らしい言葉だと思います。
紀野一義はインテリを嫌い、世俗の凡人がそのままでほとけになる道を、大東亜戦争の地獄の体験を通して一般人の生活のままで(こそ)究極の境地に達し得ると言う。道を91歳で亡くなるまで説き続けた。このことを改めて身に沁みました。
自己が自己を自己する、自己との戦い、これは氏の講演でたびたび登場する言葉ですが少年時代にぼんやりと考えていた自分の人生の目標のようなものがこの言葉で再認識でき、今74歳で振り返ると「ああ、これが自己が自己を自己すると言うことか」と見えてくるものがあります。(それが何かは本書のテーマからは外れるので述べることはしないが)
紀野一義は膨大な著作と講演テープを残しているので氏について学ぶには直接著作を読み、講演録音を聴くのが一番だが、一方で氏に感銘を受けた人のレポートも別の意義があるのではないか、氏はなにより「馬鹿まる出し」がお好きではないか、仏教を専門に学んだものでもなく自らが感じた思いをそのまま書けばそれでよいと思い定めて書いてみました。
親鸞上人の場合だったら、「念仏申させられる」と言う。形にきちんと定められていたわけですよ。しかし、いまの人たちはそうですかねえ。今日では、親鸞が本来持っていたもの、道元が本来持っていたものから、だんだんはずれていっているんじゃないかと思います。よ。
だんだんはずれていっている宗教界、仏教界への氏の警告だがわたしも同じことを感じている。これも書く大きな動機になっているのだが掘り下げて書く機会もあるのではないかと思います。
紀野一義氏について他人が著作として書いたものはわたしが知る限り無いのではないか。氏から大きな影響を受けたものが書いたものも有ってよい。正法眼蔵随聞記や歎異抄の例もあるではないか、いやそんな大それたことは書けないが氏はなにより「馬鹿まる出し」がお好きだ、自ら感じた思いをそのまま書けばよい。
書き終わってわたしの少年期からのぼんやりとした仏教や法華経に対する思いを紀野一義の言葉を借りて深めた気がしています。
紀野一義は仏教を旧態に復したのではなく、新しい時代に即応した人類救済のプログラムを提起した宗教改革者だと言うのが書き終えての結論です。
- 言語日本語
- 発売日2022/10/5
- ファイルサイズ500 KB
-  6ポイント(1%)
登録情報
- ASIN : B0BHJB4W65
- 発売日 : 2022/10/5
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 500 KB
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 273ページ
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著者について

1947年に大阪府で生まれる。NTTデータ、KDDI、ソフトバンクで勤務する。海外漫遊の後にバリ島滞在6年を体験する。慶應大学卒業。ブログ「団塊亭日常」を掲載中(https://blog.goo.ne.jp/masaoreport)
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