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  • 梨のつぶて―文芸評論集 (1966年)
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梨のつぶて―文芸評論集 (1966年)

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上位レビュー、対象国: 日本

  • 2022年7月6日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    著者最初の評論集は、目の覚めるような冴えた論考で埋めつくされている。その一々をここで指摘していてはキリがないので、なるだけ絞って披瀝する。
    まずは、「現代日本文明には古典主義が欠如している」として、その根拠を「ヨーロッパの新しい(20世紀の)芸術は、みな、秩序と静けさを求める態度を基調としている」ことに求める。そして、それを、「わが中世の隠者文学は、その古典主義の故に、(…)本質においてはジョイスやプルーストと極めて近い」という認識につなげていくのだ。『源氏物語』をプルーストが読んだならば、必ずや羨望しただろう。また、藤原家隆の歌は、ルイス・キャロルの詩を思い起こさせるとも書く。つまり、日本は、19世紀に開国したために、19世紀の欧米文化をスタンダードとして認識したため、この欧米においても特殊な時期の、たとえば、自然主義文学などを後生大事に抱え込んでしまった。このことは、「実生活とは何か、実感とは何か」という論考一本読むだけで、おおよそのことは知れてしまう。つまり、「「実生活」の実の字、「実感」の実の字は、自然主義的真実の実の字なのである」。それでも、正宗白鳥や菊池寛ら近代文学史からは置いてけ堀を食っているような作家に微かな可能性を求めるという努力を怠ることはない。逆に戦後、急激に再評価を受けた、例えば梶井基次郎の詩のような小説に、「過去の日本文学において私小説が詩の代用品であった」ことを思い起させ、彼の作品は日本の小説の未来の指針とはならないと断ずるのだ。小説とは畢竟「詩やドラマほど純粋でないかわり、その雑駁さの代償として全的な真実をとらえることの可能性が与えられているジャンルなのである」。個人的には、エミリ・ブロンテの『嵐が丘』の謎の一端を明解にほどいてくれているのもうれしかった。「サロメの三つの顔」や「エンターティンメントとは何か」も目から鱗が落ちまくる論考だった。最後に、この評論集のタイトルであるが、穿った見方かもしれないが、これだけの「つぶて」を放っても当時の文壇からは無視され続けたためではないだろうか?つまり、当時の文壇にあっても、19世紀欧米の亡霊が徘徊していたということではないだろうか。
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