(1) 最初に、サラリーマン定年退職後の約5年で、第二作目として、この本を仕上げた著者のバイタリティーに敬意を表する。海外の「心霊研究」の本を読むと、Tomokichi Fukurai (福来友吉[1869-1952])の名が「Thoughtography (念写)、Psychography、Spirit Photography」などの用語とともに、必ず出てくる。日本の心霊研究家を知らずして、「心霊研究」を勉強したことにはならないと思い、二冊ほど福来友吉に関連する本を読んだが、この本がその一つ。実に詳細に調査研究され、写真資料も数多く、大変勉強になる本であった。
(2) 歴史上の人を(よく)「評価」するも、あるいは、(わるく)「批判」するにも、その人の原点に戻った調査研究が必要で、二番煎じの情報に基づいた「批判」は、もってのほかである。著者が「あとがき」で紹介しているジャーナリスト「立花隆」による「山川健次郎と超能力者・千里眼事件」(1999年12月号「文藝春秋」)は、私自身は読んでいないが、著者寺沢龍氏のこの本を読む限り、立花隆がジャーナリストとして厳守すべき基本を、少なくともこのケースでは欠いたことを示しているのだろうと判断する。
(3) このような米国での例を一つ紹介すると、この本にも出てくる「超心理学実験」の創始者と言われるジョーゼフ・バンクス・ライン(1895-1980)の研究が、1979年のある科学会議 (AAAS)で、米国の著名な物理学者、John A. Wheeler (1911-2008)によって、彼の超心理学実験結果には問題があると、批判されたケースがある。(この時WheelerはAAASから「超心理学」を排除しようと画策していた。) この批判はパネル討論の折りに、口頭でなされた。当時84歳で、たまたま病弱であったラインは、この会議には出席していない。ところが、会場にいた参加者の中にテレコでこれを録音していた人がいて、これがラインの手に渡った。このケースでもWheelerはうかつにも「二番煎じ」の情報に基づいてラインを批判した。ラインはWheeler批判が的を欠いていることに反論した。結局、Wheelerは自分の非を認め、謝罪の趣旨の記事を科学雑誌Scienceに掲載した。福来友吉氏は既に他界しているから、立花隆氏へ反論は出来ない。著者寺沢龍氏の批判に対してジャーナリスト立花隆がどのように対応したかは、定かではない。
(4) さて、今日の用語で「超心理学実験」に相当する最初の「科学的実験」を始めた科学者の一人は、この本でも紹介されている、英国のSir William Crookes (1832-1919)である。彼は当時評判の高かった物理霊媒D.D. Homeを相手に、「てこ(Lever)」を使った幾つかの実験(1871年)を実施し、その結果を英国の学士院科学雑誌に投稿した。この実験は、福来友吉氏の実験(1910年)の39年前に実施されたことになる。Crookesの論文原稿は、当時の科学者からは懐疑的に見られ、また、実験内容を正しく理解していないある科学者によって公に批判された。英国学士院の二人の科学者が論文審査にあたり、その結果を受けて、学士院長であったSir G.G. Stokes (ナビエ・ストークスの流体方程式でよく知られている物理学者)によって却下された。Stokes自身も論文原稿を読んで、彼自身の見解を手紙でCrookesに伝えている(Crookesは、実験の傍聴にStokes他の科学者の参加を求めたが、丁重に断られている)。福来友吉氏の論文は公式に残っているが、Crookesの論文は公式の科学雑誌には掲載されていない(彼の書いた本に書かれている)。
(5) この本に出てくる、御船千鶴子その他の、いわゆる「超能力者」等はいずれも報いられない運命を終えており、その研究者もしかり、である。その事実関係の状況は、この本の第7章以下の後半に詳細に記されている。その理由は、「科学の法則」で説明できない物理現象などはあり得なく、その様な現象を主張するとしたら、それは間違いである、との偏見によるものである。この本のpp. 294-295に、著者は、当時の物理学者・中谷宇吉郎が「週刊朝日」の徳川夢声との対談(昭和26年/1951)で証言したのを引用している:「あの千里眼の時は、藤原咲平先生が現地へ行きましてね、あれは詐術であるということを発見してきたんです。科学と矛盾することはいけないんですが、ことに詐術じゃ困りますからね。詐術であることを見分けるだけの科学的知識は持っていなきゃいけない」と福来を批判した(著者によると、この批判も「二番煎じ」の情報に基づいている)。
このような科学者の見解は、「科学」は、いわば、「組織宗教 (Organized Religion)」と同じであり(これは、米国の心理学者ウイリアム・ジェームズが彼のある本の中で他の科学者の言を引用したもの)、その法則(いわば科学宗教の「教義」)に合致しない主張は、「異端」である、とするものである。著者が詳述しているように、福来友吉は最初の透視実験(1910)から3年後、43歳(1913)、東京帝大助教授職の時に、大学から休職命令を言いわたされ、2年後に自動退職。これはまさに、「組織宗教」の異端者に対する「除名、追放(Excommunication)」である。
(6) ここで注意しなければならないことは、これまでに知られている「物理学の法則」は、ほとんど例外なく、直接には「人間」が関わらない(つまり、人間が「被験者」とはならない)「実験」によって確立されたものである。ただ一つの例外は、「量子力学」における「観測者」の問題であり、ここでは、「実験」の結果が「観測者」の「意識」と関わりを持っていると考えざるを得ないことを示唆するものがある、と解釈されている。
この本に出てくる全ての実験は、「人間」が被験者として直接関わっている。「超心理学実験」は全てがそうである。その様な実験の結果の正・否の判断に、これまでの「物理学の法則」は適用し得ないと考えるのが、妥当な判断であると言える。
「量子力学」の生みの親の一人であるハイゼンベルグは、ある本の中で、「これまでに知られている物理学の法則は、今後も不変であり、修正を許さないであろう。しかし、この法則を適用する場合、その適用範囲を超えてはならない」との趣旨を書いている。「超心理学実験」は、明らかにこれまでの物理法則の適用範囲を越えているのだろう、そして、その説明のためには新しい法則が必要なのだろう。物理学者は、しばしば実験者を欺く「人間」を実験の対象にしてはならない、その様な研究は「心理学者」に任せればよい、との考えでいるようだ。最近の新聞・TVニュースで話題になっている、科学論文の実験データにあってはならない作為的な操作が入っている例が暴露されているのは、まさに、このことを示している。
(7) 上記に出てきた超心理学実験創始者ラインが研究を始めたのは、1930年代であり、それから80年以上経過している現在、超心理学者は、既に科学法則では説明できない実験事実が数え切れないほど蓄積された、としている。しかし、これらの超心理学実験結果は、主流科学の世界に、実質的には何の変化も与えていない(と言うと言い過ぎだろうけれど)。その原因の一つは、科学的実験と称されている「超心理学実験」は、Crookesや福来友吉等が実施したような顕著な物理現象に関わるものではなく、サイコロをふる実験やRNG(Random Number Generator)に被験者が与える影響を測定する実験を実施して、その結果の超心理学的有意性を確率・統計的に評価するものであるため、その結果が主流科学の世界に与える影響には限界があるためであろう。これは、ライン以降の超心理学実験の「Limits of Influence」と言われている。
RNG実験の驚異的な成果の一つは、2001年9月11日のあの悲劇的事件の際に、米国の随所に設置されていたRNGが驚異的な偏りを示した事実がある。実験者はこの悲劇的な事件に対する米国民の集合的な「意識」がRNGにこの驚異的な偏りをもたらしたのだろうと考えている。私もこの実験の結果をNHK-TVプログラム「超常現象:科学者達の挑戦」の中で観て、すごいと思った。事件から12年以上経過したが、「主流科学の世界」にそのインパクトらしきものがあるだろうか?私には見えない。
たぶんこのようなアプローチでは、主流科学の世界に影響を与えることは、今後も期待できないだろう。もう一度、Crookesや福来友吉等が実施したような顕著な物理現象に関わる実験を復活させることが必要なのだろう。
(8) 私は2006年に、今や、安倍晋三しか価値を認めない原子力技術分野を退職した元エンジニアです。手前味噌になるが、比較的最近私は米国の余り主流ではない科学雑誌に二つの論文を発表した。それらは、
[1] Journal of Scientific Exploration, Vol. 24, No.1, pp. 5 - 39, 2010: Rebuttal to claimed refutations of Duncan MacDougall’s experiment on human weight change at the moment of death.
[2] Journal of Scientific Exploration, Vol. 26, No.1, pp. 9 - 42, 2012: A review of Sir William Crookes’ papers on psychic force with some additional remarks on psychic phenomena.
である。[1]は、1907年に米国の内科医ダンカン・マックドューガル実施した、いわゆる「魂の重さ」を測る実験の結果を、理論計算により模擬し、彼の実験の「正当性」を示したものであり、この分野の研究者の追試実験を促したものである。もし、この実験結果の正しいことが確認されれば、それは、物理学の「エネルギー保存法則」が、人の「生」から「死」への遷移において破れていることが結論され、我々の「物理世界」が閉じた世界ではない(いわば、「あの世」とつながっている)ことが示唆される。[2]の論文は、上記したCrookesの実験の「正当性」を理論計算で示したものであり、「人間の意識」と「物体」の相互作用が存在すると主張するCrookesの主張を擁護したものである。
(9) さて、最後に、心霊研究家や超心理学者は、「何のためにその様な研究を続けるのか?」という疑問(これらの研究者は、「そんな研究をして何のためになるの?」といつも問われる)、に対して私の見解を述べたい。科学者がこれらのテーマに踏み込むと、「主流科学」の世界での自分の地位を危うくすることになる。福来友吉の時代のその様な状況は、著者がこの本で詳細に記述している。現在でもその様な状況は、海外でも同じだと言えるだろう。
現代の「科学」は、「唯物論科学」であり、これが人々に教える我々の世界の歴史は、137億年前の「ビッグ・バン」に始まり、45.5億年前の地球の誕生、その5億年後の地球上最初の「生命」の誕生、その後、ダーウインの「進化論」による「生命の進化」、そして、「生命の進化の樹」の一つの枝である「動物」枝、その中の「ほ乳類」の枝の一つに大きな脳を持った「人類」の誕生、となる。「人類」の誕生は、全くの偶然の、たぶん、大変に幸運な偶然の産物である、と教えている。(例えば、Stephen J. Gouldは、彼の本[1996年]の中で、6500万年前、巨大隕石が地球に衝突し、恐竜が絶滅するという事件がなかったとしたら、大きな脳を持つ「人類」の誕生はなかったであろう、と書いている。)これが物理学を頂点に置く現代科学が語る世界のシナリオである。
さて、もしも心霊研究、超心理学研究およびそれに関連する研究成果が現実のものとして認めざるをえなくなったとしたら、上記のシナリオはどのように変わるのだろうか??
私は次のように考える。
<1> もし、物理学の「エネルギー保存法則」が破れていることが実証されれば、この「物理世界が閉じていない」ことが結論される。ここで注意したいのは、最近話題になった「ヒッグス粒子の発見」の実験を実施したヨーロッパのCERN研究所では、エネルギー保存法則の「見かけの」破れ現象も検出しようと躍起になっている。しかし、もしこの現象が検出されたとしても、それは「物理世界が閉じていない」ことを示すものではなく、単に、現在の科学的方法では検出できない次元(超弦理論の予測する次元)へエネルギーが散逸したことを示すものとされ、依然として物理世界は閉じている、ことである。
分かりやすく言うと、この物理世界が「あの世」とつながっていると考えざるをえないとすると、一挙に未知の問題が多数出てくることになる。我々は死後どうなるのか?が第一に出てくるかもしれなく、「臨死体験」経験者の語る「あの世」が現実のものとなってくるかもしれない。「唯物論科学」の主張する「ビッグ・バン宇宙論」の土台が怪しくなってくる。
<2> 読者の中には「生まれ変わり」論を信じる人がいるかもしれない。この物理世界が「あの世」とつながっているとすると、米国のIan Stevenson (1918-2007)が世界中から集めた「生まれ変わり」を示唆するデータは、一層重みを増すであろう(Stevensonの研究成果「前世を記憶する子供達」は、笠原敏雄氏による日本語訳あり(1990))。もし、「生まれ変わり」論を受け入れざるを得なくなると、「ダーウインの進化論」はその土台を失うかもしれない。
1882年に英国ロンドンで始まった心霊研究、1930年代に始まった超心理学研究の膨大な成果が、主流科学から未だに白眼視されている状況を変革するためには、大変に手前味噌になるが、上記の(8)に記した[1]の「魂の重さ」を測る実験の確認実験を実施し、この物理世界が閉じていないことを実証するのが最短距離のように私には思える。[1]の論文発表後、約4年経過するが、未だその様な実験の話は聞かない。
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透視も念写も事実である ――福来友吉と千里眼事件 単行本 – 2004/1/25
寺沢 龍
(著)
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- 本の長さ309ページ
- 言語日本語
- 出版社草思社
- 発売日2004/1/25
- ISBN-104794212747
- ISBN-13978-4794212740
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
貞子は実在した! 千里眼と呼ばれた御船千鶴子、長尾郁子、高橋貞子らに超能力(透視と念写)の実験を行い、その科学的解明に一生を捧げた心理学者・福来博士の数奇な運命。
登録情報
- 出版社 : 草思社 (2004/1/25)
- 発売日 : 2004/1/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 309ページ
- ISBN-10 : 4794212747
- ISBN-13 : 978-4794212740
- Amazon 売れ筋ランキング: - 586,750位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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- - 105,107位ノンフィクション (本)
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- 2014年3月25日に日本でレビュー済みAmazonで購入
- 2021年4月14日に日本でレビュー済みAmazonで購入とても筆者が丁寧な情報収集をして、伝えたい事を持っていた。
- 2011年2月28日に日本でレビュー済みAmazonで購入福来の仕事にはいつも毀誉褒貶(とくに毀と貶)がつきまとっているが、そうした論者が実際に福来の仕事をきちんと調べた上で書いているかというと、そうではないものが非常に多い。そんな中、本書は福来の足跡をたんねんに追いながら、その全体像を誠実に描きだそうとし、その試みはかなりの程度成功している。
福来の伝記では、山形大学名誉教授・中沢信午の『超心理学者福来友吉の生涯』が、これまでほぼ唯一といっていい信頼のおける著作だったが、内容の充実ぶりは中沢の伝記を大きく上回っている。視点もニュートラルであり、この世界の本にありがちなファナティックな要素はない。福来という人物がどのような人物だったのか、何をやり、何を考えていたのかを知る上で、現時点では最良の著作といってよいと思う。
ただ、残念な点もいくつかある。ひとつは福来が精根を傾けて探究した空海密教に対する考察が、食い足りないという点(これは福来の論者の共通した特徴でもある)、福来の念写実験の最大の功労者である霊媒・三田光一についての記述が不十分で、彼に対する理解も通り一遍である点などだ。これらは今後の課題だろう。
ともあれ、本書は、頭から色眼鏡で見られる「超心理学」というジャンルに関する、きわめて良心的でまじめな仕事として推奨できる。
- 2008年10月3日に日本でレビュー済みAmazonで購入決してこの書籍は公平でも第三者的に事実のみを書いたものではない。知った情報の一部を隠す事で読者の印象を操作し筆者の意図した方向へ、と読後感を変えさせている。これだけの書籍を書く為の情報収集をしたならネガティブ情報も入手しただろう、一般書籍でさえ挙げている話を故意に書いていない。例を挙げれば長尾夫人に関する醜聞(詐欺師との不倫関係)は丸ごと欠落していたりする。また「藤教篤」氏は完全に悪者の道化回しに誘導する様に書かれている。この書籍は事実を主に扱っているが、筆者は「透視も念写も事実だ」と心底信じているのだろうか?透視も念写も現在行う人間は居ないのは何故か?「念写」で月の裏側を撮影した(当然インチキ)男性とか賑々しく馬鹿らしい騒動が有ったりする。この本を読まれる方は 是非他にも数ある書籍を読まれると良い。この本で隠された部分こそが人間的に面白い。「疑って掛かる」姿勢を忘れると また「オウム」や「オカルト」「心霊」「波動」とかいう代物が「憑依」するかもしれない。
- 2010年2月22日に日本でレビュー済み福来友吉の名は知ってはいたが、どうせトンデモ博士の一種だろうと思っていた。
だが本書を読むと、透視実験は何回も手を変え品を変え複数の試験者が試している。中には失敗例もあるが、偶然とはいえない確率で的中している。イカサマなら何回もの実験の間には見破られているはず。わざわざ東京から学会のお歴々が何人も出張してくるわけがない。御船千鶴子のような田舎の若い女が手の込んだ手品を会得しているとも思えない。
やはり未知の人間の能力が存在するのではないか?当時の科学では解明できないから詐術・迷信とされてつまはじきにされた。福来の実験から今年でちょうど100年たったが状況は変っておらず、超能力は依然オカルト扱いされている。だが、もう100年か200年たったら理屈で説明されるのではないだろうか?
東大を追放されてからの福来の研鑽・努力には敬服する。世間からどう言われようと自分の信ずる道を貫き通す姿勢は、これぞ真の学者と思わせる。
- 2006年10月15日に日本でレビュー済み日本における超能力研究の先駆者ともいうべき人物福来友吉、そして彼の研究を巡って巻き起こった「千里眼事件」、といっても明治から大正にかけてのことなので、知らない人の方が多いかもしれない。
でも、鈴木光司の「リング」の中で山村志津子(貞子の母)と彼女の超能力を研究していたT大学助教授伊熊平八郎が超能力の公開実験中に新聞記者たちから「インチキだ!」と糾弾されたシーンを覚えている方はいるだろう。その伊熊のモデルが福来であり、志津子(あるいは貞子)のモデルが本書に登場する御船千鶴子、長尾郁子、高橋貞子である。
本書は、福来が行った数々の実験とその実験を詐欺・インチキだとする学者達、そして当時の世論の動きを、福来や他の学者達の著作や新聞記事を詳細に調べ比較することで、福来の実像とその実験の真贋に迫ろうとしている。また、著者の筆致も冷静で文章も枯れた趣きを感じさせるので、全体としては地味な印象がありセンセーショナルな作品ではない。
しかし、超能力という、信じない人は全く信じないような不思議な能力を学問として研究し、その結果大学を追われた人物を書く手法として文献の比較対象を中心にしたのは成功であったと思うし、本書が読み応えのある作品になった理由でもあったように思う。
超能力を全て信じているわけではない私が、本書を読むことによってその存在を完全に信じることができるようになったわけではない。ただ、しかし、この作品の価値はそこにあるのではなく、福来友吉という一人の学者の実像を描き出すことにあるのだと思う。
本書の題名は、福来が自身の著作のまえがきに記した「透視は事実である。念写もまた事実である」という、彼を非難する人たちに向けての宣言から引用したものである。
- 2021年9月16日に日本でレビュー済み著者は定年後に文筆活動に入ったという人物。薬師寺や明治期の女子留学生についての著作がある。
以前から福来に関心があり、本書をまとめることになったとか。
福来の透視・念写の実験について、一次資料を丹念に追い、新聞資料も揃え、関係者の証言をきちんと整理することで、その実態を明らかにしている。非常に詳しく、また分析も丁寧。信頼できる内容だと思う。
立場的には福来寄り。しかし、透視・念写を単純に肯定する内容ではない。
多数の写真資料も収められ、透視・念写がどのようなものだったのかを、ヴィジュアルに理解することができる。
- 2004年2月4日に日本でレビュー済み題名から見ると、あやしげな超能力、霊ものという印象があるが、福来友吉と御船千鶴子、長尾郁子をめぐる、いわゆる千里眼事件の詳細な調査を元にしたノンフィクションである。調査はかなり詳しく行き届いており、記述もわかりやすく、興味深い。心理学史として、重要な文献の一つとなるであろう。しかし、この題名を見て、購入する読者の多くがこのようなものを求めているかは疑問である。また、福来友吉について、心理学史の中で興味を持っている人(それほど世の中にはいないであろうが)にとっては、逆に買いにくい、アクセスしにくいものとなってしまっている。売り方や題名をもう少し工夫できなかったのだろうか。





