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読み書きの社会史―文盲から文明へ 単行本 – 1983/11/1

5つ星のうち5.0 1個の評価

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 御茶の水書房 (1983/11/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 1983/11/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4275012321
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4275012326
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上位レビュー、対象国: 日本

  • 2023年5月2日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    識字率に関するヨーロッパ史の本です。原著初版は1969年ですが、本書は改訂版出版前の原稿を著者から直接入手して翻訳したものとのことです。全6章で実質120頁程度しかありません。以下目次です。

    第1章 文盲、半文盲および関連する諸問題(3)
    第2章 古典期より一八世紀までの識字力(25)
    第3章 識字力と第一次産業革命(51)
    第4章 一八五〇年当時のヨーロッパの識字力(61)
    第5章 識字力の勝利(75)
    第6章 過去の教訓と未来への知見(85)
    原註(95)
    訳註(106)
    訳者あとがき(109)
    統計補遺(114)

    1章は識字率を検討する場合の基本となる重要留意事項の解説です。識字率や文盲の定義や、その数値が実際に何を意味しているのか、についての解説です。これを読むと、単純に日本や欧米という異なった地域の数値を比較することがいかに難しいかがよくわかります(詳細は後述)。1章は18-9世紀の数値を解説サンプルとして利用しているため、実質3-5章の範囲と重なり、内容的に補完関係にあります。2章で古代ギリシアに戻り、以降時代順に解説が進みます。といっても古代ギリシアやローマは数字に結びつく史料が残っていないため、古代は2頁、中世前半も有名人が文盲だったかどうかの記載くらいで数頁程度、具体的な数値に言及し始めるのは中世後期の13世紀くらいからです。ただしこの段階では就学児童数等、史料に残り始める数値を検討する程度に留まり、識字率に関連する数量史的な統計的分析が開始されるのは15世紀くらいからとなっています。2章のうち、古代~14世紀まで10頁程度、残り15頁くらいで中世後期から17世紀という配分となっています。従って、本書の主眼となる数量史的内容は、51頁以降の約45頁(1章と統計補遺を含めると約75頁)で扱われている18-19世紀の部分ということになります。

    本書は基本的には1次史料を用いた多数の研究書を総合化してヨーロッパ識字率史を描くものなので、史料ベースの論証は引用元書籍に委ねられています。この点では概説書的ですが、「識字率」というピンポイントな内容を検討しているため、単なる概説書とは言い切れない書籍となっています。

    明治日本の速やかな近代化の成功原因のひとつとして識字率が注目されているため、この観点からも、江戸後期~明治初期の識字率分析と同期間に相当する18-9世紀のヨーロッパの識字史が注目を集め易く、日本と比較可能なヨーロッパ各国の数字が豊富に登場する部分(3-5章)がまず読者をひきつけることになると思われるわけですが、本書のもっとも重要な章は第1章です。

    1章では、識字率や文盲の定義や、数値の意味を解説しています。日本での識字の定義や意味の解説は本書にはないため別途江戸時代~明治初期の識字率を研究したリチャード・ルビンジャー著『日本人のリテラシー』などの書籍にあたっておくことが必要です(本書の訳註では初版と改訂版との異同の解説のみで、日本の識字定義との異同の解説等は無いのが残念です)。

    ヨーロッパ史の識字学習の考え方は、基本、「まず本を読めるようになってから書くことを学ぶ」そうです。これに対して日本では、読み書きを同時に学び始め、段階的に難しい文の読み書きに進むため、日欧では非常に大きな相違があるそうです。ヨーロッパの識字に関する本では、基本的に自筆のサイン(自署)ができるかどうか、で識字の可否を判断しているそうです。署名ができるということは、それまでに読書をマスターしていることの証明となる、、、、原則こういう論法なのだそうです。日本では、ひらがなでの自署は小学校1年生レベルであり、自署ができる程度で本が読めるとは考えません。このように、日本と欧州では、社会的な伝統に起因する学習の順番が違うからため、「自署率」や「識字率」は同じ内容を著しているとは限らない点、大きな注意が必要なのだそうです。従って単純に自署の可否だけで日欧を比較すると、実態と異なる解釈違いに陥る可能性があることになるわけです。

    例えば日本で自署しかできない人が60%いる場合でも、定義の異同を知らないヨーロッパ人の研究者やその読者は、この60%の人は、普通の文章の読み書きができる、と思い込みかねない、という事態が起こりえます。また、日本における、(小学校1年生から6年生まで)段階的に読み書きができるようになる各段階の識字力の差にも識字力の発達の尺度として意味があるにも関わらず、ヨーロッパ人は、「読み書き平行した段階的発達」という尺度そのものを見過ごす可能性がありえます。

    このあたりの相違を細かく認識した上で日欧及びその他の社会の比較を行うことが重要だ、ということが、私の場合、本書と『日本人のリテラシー』両方を読まないと理解できなかったため、こうした異同を含めて比較のポイント含めて解説した比較識字文化史の書籍が必要なのではないかと思いました(もしかしたら松塚俊三・八鍬友広編『識字と読書―リテラシーの比較社会史』(2010年)などの研究書で扱われているのかも知れませんが、私はまだ未見です)。

    参考までに記載しますと、『日本人のリテラシー』p226では、1881年長野県北安曇郡常盤村における882名の男子を対象とした、以下の諸段階レベル別に識字の中身を分類集計した試験調査を紹介・分析しています。

    ①名前、住所、数字が読み書きできない者
    ②名前、住所のみを書き得る者
    ③日々出納帳をつけることができる者
    ④普通の文書が読めて、証券などの簡単な形式の記入ができる者
    ⑤通常の商売のやりとりができる者
    ⑥布告や文書、勅令が読めて、新聞社説を十分理解しうる者

    日本では一般的に、②は識字のうちに含めて考え、ヨーロッパでは④の段階の文書が読めるようになってから書くことを学ぶため、自署ができる人は当然文章が読めると考えられ、④以降を識字と考える、というように、「識字」「自署」という用語の実態が異なるため、識字率の比較研究では、この6段階の例に見るような、細かい段階に分けて比較を行うことが必要なのだそうです。

    一方で、日本では、初等学校に入学すると直ぐに自署を学ぶことから、「初等教育機関への就学率」=「自署率」=「識字率」と見なす傾向があり、この点も、「識字率」という用語と実態の乖離を招いているそうです(この点は『日本人のリテラシー』の方のレビューに記載します)。

    本書でも「就学率」と「識字率」は関連があるもののイコールではない、という点は指摘されています。例えば、児童の登校率の数値は残っていないものの、農村では冬季のみ登校し、その他の季節には農作業で不登校となるため生徒が多いため教師が収入を得られなくなる問題についての文書が残されていることから、生徒の就学数は必ずしも出席率や学力・識字率といったものに直結しているわけではない、という実態が解説されています(この点は『日本人のリテラシー』においても同様の指摘がある)。

    本書では、19世紀に近代統計が行われる時代となっても、上記6段階測定ほど細かい段階別識字率の統計数値が残されているわけではないことから、人口あたりの教師数や図書館数、出版書籍点数、新聞部数、都市化率など、多角的なデータを用いて数字を絞り込んで必要がある、と訴えています。本書はこのような教師数図書館数等の多角的データが一部提示されているものの、方法論の提起に留まる程度の簡略なものが多いのが残念なのですが、こうした諸統計を用いた研究は大著が必要となることから、本書のような小著では扱いきれないということと、本書が出版された時期はまだそのような網羅的な研究の深化段階にはなかった可能性もあるため、これら多角的研究が深化した最新研究の有無を知りたいですし、そうした研究があるのであれば読んでみたいと考える次第です。

    本書では識字段階の詳細までは把握できていないものの、19世紀後半における欧州各国の全盲(文盲)率と「読めるが書けない人の割合」の統計データはあり、それによると後者が数パーセント内とそれほどインパクトの大きな数値ではないことから、19世紀後半については、主に文盲率を中心に各国の識字率を比較しています(「文盲」も実際には まったく読めない/少し読める/一通り読めるが書けない など実態には幅があると推測されるため、文盲の数値もあくまで留保付きである点著者は注意を促しています)。統計補遺第24表「1850年前後ヨーロッパ成人文盲率概算」表によると、この時期の各国はおおざっぱには以下の四つのグループに分類されるそうです(男女総計)。

    aグループ)文盲率10-20%/プロイセン・スコットランド・スウェーデン
    bグループ)文盲率30-50%前後/オーストリ・ベルギー・イングランド・ウェールズ・フランス
    cグループ)文盲率75-80%/イタリア・スペイン
    dグループ)文盲率90-95%/ロシア

    当時の最先進国であるイングランドが識字率TOPではないなど、工業化と識字率が直結していない点などが分析されています。

    ところで、p65に面白い指摘がありました。19世紀では、「民衆を教育すれば犯罪が減少する」と考えた政治家/知識人等は、「文盲が断然犯罪者に多いことを示そう」とし、「政府の役人も同じことをしなければならないものと思」って異常な熱意で取り組んだところ、「監獄に繋がれなかった者よりも投獄された者たちについての、多くの秀れて正確な統計に恵まれることにな」ったそうです。

    ※『日本人のリテラシー』では直接的な江戸末期の日本全体の平均数値を出しているわけではないのですが、この本の数値を利用して個人的に試算してみたところでは、同年代の日本の男性はcグループ(男女総計)と同程度の識字率だとの印象を持ちました。江戸末期日本男性の場合、自署以上を識字と定義した場合の文盲率は40%(識字率60%)程度となる可能性があり、この数値は一見高いのですが、上述6段階のレベル4以上の「普通に文章が読める人」は、識字率の高い都市で70%と低い農村及び地方部で5%程度となるため、統計の残る江戸末期の各地域人口で加重平均したところ日本全体での4段階以上の層の平均割合は20%程度となるためです(試算の詳細は『日本人のリテラシー』のレビューに記載)。ヨーロッパの文盲基準を日本に適用すると、日本では1-2割いると思われる「帳簿がつけられる人」(第3段階)も文盲扱いとなってしまうため、ざっくりこの層の上位半分(5%-10%)は、少し教育すれば直ぐに読み書き可能となる層だと捉えて一応読み書きできる範囲に加えると25-30%くらいの識字率(文盲率だと70-75%)となるため、上記cグループの値より識字率は高いのですが、日本の値は1870年頃であり、1870年頃の欧州は上記数値より改善しているため(イタリアは1870年頃男性文盲率60%女性75%平均68%くらい)、男性だけの数値では全体的にはcグループ相当、女性含めるとcグループより少し下、dグループよりは上となる、という考え方を採っています(欧州の「ひととおり読めるが書けない層は数%程度なので文盲率の全体的な数域にはあまり影響しない)。なお、アンガス・マディソンのGDP推計では、明治末に近い1913年には日本の一人当たりGDPはロシアに並び、1939年にはスペイン・ギリシアと並び、更にイタリアまであと少しとなり、おおむね南欧レベルに追いついてきています。ヨーロッパだけと比べると江戸末期日本の識字率はトップレベルではないものの、アジア・アフリカ含めて全世界規模で考えると日本の識字率は世界でもおおむねトップ集団にいたとはいえますし、重要なことは、未だ欧米近代化を開始する前の江戸末期に、自力で(男性だけなら)南欧レベルの識字率に到達していた点こそ、日本の識字率と速やかな近代化の成功を考える場合に重要なことなのではないかと考える次第です。

    ※※本書日本語訳は1983年の出版です。訳者あとがきに、「フランスの『アナル』誌の創刊が一九七九年、日本の『社会史研究』の創刊が一九八二年、どうやら一九八〇年を前後して、彼我の歴史学における関心や方法の転換が、かなり大規模に試みられているらしい」とあるのを見て、学生だった80年代中盤当時の日本におけるアナル派の一般的認知度を懐かしく思い出しました(→『アナール』の創刊は1929年です)
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