オールジャンルでマルチな才能を発揮する作曲家・北方寛丈による初のソロピアノアルバム。これまで閉じていた感覚がゆっくりと解き放たれるように、内側から湧き出るシンプルなメロディと即興とを交えながら自由に展開していく音楽が並ぶ。過度な表現も、ピアニスティックな超絶技巧も、ここにはない。あるのは人間の感覚を優しく取り戻してくれるような静謐な音楽。私たちが生きている場所は、宇宙の中の地球であることをもう一度思い出させてくれるようなスケールの大きな音楽。そして大切な人と、じっくり聴くことのできる心に寄り添う音楽だ。
「たとえば手塚治虫。石森章太郎。藤子不二雄。ぼくが子供のころに人気があった漫画家の先生たちは、シリアスなストーリー漫画も、楽しいギャグ漫画も、あるいはぐっと大人向けの漫画も、どれも素晴らしく上手くて面白かった。
自分も音楽を作るときは、ダンサブルな曲も、キャッチーでコマーシャルな曲も、あるいはたったひとりのリスナーに向けて紡ぐような曲も、どれも精一杯に自分らしく作りたい、と思っているのだが。
北方寛丈さんもまた、さまざまな顔を持つ音楽家であり、ぼくも演奏や編曲で何度となくお世話になってきた。ジャズ、ミュージカル音楽、合唱、器楽編曲、歌の伴奏、どれをとっても彼らしいセンスを出す人だなあ、と思っていたのだけど。
ある日、とつぜん送られてきた『Synchronicity -縁- Solo Piano works』というアルバムを聴いて本当に驚き、しみじみと感動した。これはたぶん彼がいちばん大切にしている人のために書き、心を込めて演奏した、ごく個人的な作品なのだろう。けれども、他人であるぼくたちもまた、なにか正体のわからない憂鬱に囚われてしまった日にはこのアルバムを聴いて心の穏やかさを取り戻すことができるに違いない。
漫画の巨匠たちはよく、ベレエ帽を被ったり、パイプをくわえた自画像をサラリと描いてみせたが、これもまた北方さんの自画像のような音楽である。けっしてサラサラと書いたわけではないとは思うけれど。ひろく多くの人に聴いてもらえたら、と願う。 」 (小西康陽)