いっとき「シュタルケルのバッハ無伴奏Vcのコンプリート」をしていたことがあります。結論.63〜65年録音の、つまりこのディスクの演奏がベスト。
なぜか。わたしはバッハの無伴奏チェロ組曲の聴き比べをするとき、1番の冒頭と5番の冒頭をきくことが多い。特に5番の冒頭はボウイングにかなり困難な要求がかかってきます。それを平然と跨き越して最低音を放射できるか、どうか。この判別によって半分くらいのチェリストは沈没します。シュタルケルはこの盤においては易々とやっています。それもこの盤のみにおいては、と区切りがつきます。ピリオド・レーベルでの演奏は力任せな表現が見られ、EMIレーベルでのウォルター・レッグ監修盤ではなぜか臆したようなヴィヴラートがかかります(ちなみにここまでがモノーラル)。1963〜65年がこの盤で、92年だったかの録音では年老いてしまったぶん、豪快さが消えています。録音はあとになるほど良いと書きたいところですが、1963年録音のマーキュリー盤(つまり、この盤)の音響がとびぬけて素晴らしい。拠って迷うことなくこれがベスト。
シュタルケルはバッハにおいて最高のパフォーマンスを示すチェリストです。こうした「音が中心から放射され、それが広がりながら常に中心への逆向きの矢印を示す」という「客観的自覚」−−言葉を変えるなら「精神」−−を聴くことのできる「バッハ無伴奏チェロ組曲」は、この盤においてのみです。
そして音が、すばらしい。1960年頃のマーキュリーの「リヴィング・プレゼンス」のシリーズはどれも飛び抜けて音が、いい。21世紀になってもこれだけの音場を提供するディスクは、なかなか出ません。
最後に。このディスクの演奏をお気に入られた方に。グリュミオー(Grumiaux)の「無伴奏ヴァイオリンによるソナタとパルティータ」についても同じことが言えます。責任はとります。セットでもとめてお聴きあれ。