『現代思想』5月増刊号で現代思想のキーワードの一つとして登場したVaporwaveについての、あっと驚く『ユリイカ』特集である。
私はこの本でVaporwaveに入門し、入門ガイドに載っている曲の一部を聞いただけのVaporwave初心者である。
で、入門者、初心者として、レビューを書く。引用が多いが、初心者ゆえ、御容赦ください。
一、本書の概略。
論考またはエッセイが25編、短編小説1編、入門ガイド1編、インタビュー2編、座談会1編で、ほぼ全編がVaporwaveという充実の特集。どなたもたいへん饒舌である。
二、Vaporwaveとは何か、についての入門者の理解。
難波優輝氏の論考の冒頭(201頁)がVaporwaveの一般的な定義だろうか。引用する。(一部略)
「インターネット上の様々なプラットフォームのネットワークの中で、二〇一〇年代はじめから現れた音楽ジャンルで、音楽的側面からは、一九八〇-一九九〇年代のアメリカのポップス、スムース・ジャズやイージー・リスニング、さらには、広告ジングル、エレベータ・ミュージック………などをサンプリングして、ループ、リバーブ、ピッチダウンといった加工を行う点から、加えて、視覚的側面からは、八〇-九〇年代のコンピューター・グラフィックスやフォント・・・オリエンタリズム的な使用・・・キッチュな使用に特徴づけられる、資本主義、消費社会と過去に夢みられた未来へのいくばくか屈折を含んだ態度を暗にもつ、視覚的でもある音楽ジャンル」
うーん、格調高いが、難しい。これが、伏見瞬氏になると、ぐっと砕けて、分かりやすくなる。一部引用する。(221頁)
「ヴェイパーウェイブって、すごく便利ですよね。サンプル音源にリヴァーブかけてスクリューしたら(ピッチとテンポを落としたら)できあがり。というか、残響まみれのシンセが鳴っているパソコン・ミュージックだったら、シティポップでもハードテクノでもアンビエレントでもなんでもいい。音が出来たら、あとはショッピングモールだの・・・・椰子の木だのギリシア彫刻だの画像ゲームを集めて粗くコラージュして、・・・・「ヴェイパーウェイヴ」っぽいジャケさえくっつけてしまえば、これで私も蒸気波集団の仲間入り。・・・・これはコピーの芸術。増殖に増殖を重ねる、「オリジナリティ」なんて概念とは無縁の集合体」
分かりやすいが、これでは明快すぎで、ヴェイパーらしくないともいえる。それで日高良祐氏の説明(163頁)をつまみ食いさせていただこう。
「Vaporwaveとは、ふわっと立ち上がったかと思うとすでに消えてしまっている蒸気の痕跡のようなものだ。・・・・それはまず音楽ジャンルであり、視覚表層におけるテイストであり、インターネットミームであり、そして思想的ムードのことである。そうした何かしらを領域横断的に包括する、まさに「タグ」として用いられてきた・・・・捉えどころのない紫がかったガス塊」
うーん、ちょっと霧がかかりすぎているような・・最後に、仲山、銭、山形氏による座談会を参照、加工、変形し、入門者の学習成果のまとめとする。
〇初期のVaporwaveは消費社会や大衆文化におけるステレオタイプしたイメージ群を、模倣破壊変形した作品を、匿名で共有サイトに流すことによって、消費社会のループから逃れる(ループを破壊する)という批評的態度を持っていたが、それはもう死んでいる。現在の Vaporwaveには批評的な先鋭性はなく、共有サイトやSNSのもとで新しいループが構築され、プリセット的なものとして循環されている。匿名性も失われ、顔の見えるスターが誕生している。
しかし、Vaporwaveが死ぬ、価値を失うというのは、いかにVaporwave的である。だから、ユリイカはVaporwaveが死ぬときに特集、座談会をやるべきであった。
新しいVaporwaveはイージーリスニング的であり、日常生活の一部であり、家具のようになり、即席のノスタルジー換気装置として、ナルシスティックに自己循環しているが、それが今後どう展開していくかは、予測困難である。
三、本書の私的感想
〇たいへん面白かった。むずかしい部分もあるが、初心者でも理解しやすい良い特集である。
〇入門者なので、個々の論考に反論できるような能力はない。全部参考になったと褒めておく。短編小説くんはちょっとオーバーアクション気味の感があるが・・これもVaporwave的か。
四、蛇足
〇編集後記も力作である。引用する。「Vaporwaveのことを考えると、しばしばこの記憶が喚起される。あのときプレイし損ねた『ゼルダ』、こたえられなかった期待、ロスト・フューチャー。・・・・たとえすべてが無理になったとしても、ヴァーチャルプラザは君の居場所でありつづける。・・・・Vaporwaveに花束を」
- ムック: 245ページ
- 出版社: 青土社 (2019/11/28)
- 言語: 日本語
- ISBN-10: 4791703790
- ISBN-13: 978-4791703791
- 発売日: 2019/11/28
- 梱包サイズ: 22 x 14.4 x 1.4 cm
- おすすめ度: 1 件のカスタマーレビュー
-
Amazon 売れ筋ランキング:
本 - 630位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- 1位 ─ 雑誌・逐次刊行物