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2011年 新聞・テレビ消滅 (文春新書) 新書 – 2009/7/20
- ISBN-104166607081
- ISBN-13978-4166607082
- 出版社文藝春秋
- 発売日2009/7/20
- 言語日本語
- 本の長さ237ページ
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部中退。88年毎日新聞社に入社し、警視庁捜査一課、遊軍などを担当する。99年アスキーに移り、のち退社、現在フリージャーナリストとして、IT・ネット分野を精力的に取材する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2009/7/20)
- 発売日 : 2009/7/20
- 言語 : 日本語
- 新書 : 237ページ
- ISBN-10 : 4166607081
- ISBN-13 : 978-4166607082
- Amazon 売れ筋ランキング: - 732,322位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 582位メディアと社会
- - 1,221位文春新書
- - 1,483位ジャーナリズム (本)
- カスタマーレビュー:
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著者について

新著『レイヤー化する世界』を刊行しました!
紙の本は、NHK出版新書から。
電子本は、セルフパブリッシングによってKindleStoreから。
どちらでもお好きな方をどうぞ!
【私の書籍のコンセプト】
インターネットやコンピュータのテクノロジは、われわれの社会をどのように変容させていくのか? ネットとリアル社会の境界部分ではどんな衝突が起こり、どのようにリアルはネットに呑み込まれ、そしてどのように融合していくのか? その衝突と融合のリアルな局面を描いていくこと。そしてその先に待ち受ける未来ビジョンを、できうるかぎり事実に基づいて描写していくこと。それが私の仕事の基本的なテーマです。
【私のバックグラウンド】
1961年兵庫県の片田舎で生まれ、大阪西成のディープな街・玉出で育つ。
母の再婚相手がトヨタ自動車の工員に採用されたのをきっかけに、愛知県豊田市に転居。地元中学から愛知県立岡崎高校に進学。文学や哲学書に埋没した思春期をすごす。
1981年、早稲田大学政経学部政治学科入学。前半はロッククライミングに熱中し、後半は当時普及しはじめていたPCを手に入れ、パソコン通信を使ったオータナティブな市民運動ネットワークの実験に参加。掲示板での議論に熱中する。
1988年、毎日新聞社に入社。以降12年あまりにわたって事件記者の日々を送る。東京社会部で警視庁を担当した際にはオウム真理教事件に遭遇。ペルー日本大使公邸占拠事件やエジプト・ルクソール観光客虐殺事件などで海外テロも取材する。
1998年、脳腫瘍を患って長期休養。翌年、糸が切れたように毎日新聞社を辞めてアスキーに移籍。月刊アスキー編集部でデスクを務める。
2003年、独立してフリージャーナリストに。以降たったひとりで事務所も構えず、取材執筆活動に邁進中。
カスタマーレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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書物の立場上、センセーショナルな未来を予測するのが通常ですので、本書で思い切って切り出された、2011年新聞・テレビ消滅は確かに現在(2018年9月)起こっておりませんが、それはそれとします。事実上これに近い記事はいくつも見ました。
ただし、テレビが「考えない」人間になるためのツールとおとしめられていますが、現在ではネットの方がそうなりつつあるようです。
テレビはビジネスとして停滞するでしょうが、時間とお金のある方の高画質試聴のコンテンツ提供としては生き残るのでしょう。有料にしたい放送局側と、無料で閲覧できるネットへの要望と一部のサービスをみていると万人への情報提供というコンベア(3Cの1つ)は段々あやしくなってきていると思います。
ここ6年7年を振り返ってメディアの戦略や、評論家の予想を考え直してみるには興味深い資料であると思います。
概ね外れていない、しかしメディア側にもコンテンツ提供としての砦としての意地と抵抗がある、ということなのでしょうか。面白い内容だと思いました。
元毎日新聞の事件記者、佐々木俊尚氏による衝撃の一冊。
マスメディアにおける収益性の悪化、どうでもいい記事ばかり載せる記者クラブ依存の旧態依然としたメディアの体質、そして、垂直統合によるビジネスモデルの限界・・・。
このまま新聞が単なるコンテンツ提供者でとどまるのか?それとも、メディアのプラットフォーム提供者としてビジネスモデルの変革に挑むのか。
NYTにしろ、日経新聞の電子版にしろ、キンドル版の新聞にしろ、各社とも本当に持続可能なマスメディアとして存在し続けられるのだろうか?ということには懐疑的に思わざるを得ない。
いずれにせよ、新聞社だろうがテレビだろうがネットだろうが関係なしに、「われわれにとって最も良いメディア空間はどのようなものなのか?それはどうすれば構築できるのか?」という点には深く考えさせられた。
新聞、テレビが消滅するかはわからないが、「マス」というメディアが世の中から消えるのは本当に時間の問題かも知れない。
これは、マスコミに限らず構造不況という現状を見事にとらえた作品です。
2011年かどうかは別として、近い将来この本の通りになること間違いないでしょう。
その昔、ベストセラーというのは100万部突破を意味するものでした。
しかし、今や1万部でもベストセラーという時代です。
そのことからも、ネットへのパワーシフトは避けられません。
そして、このシフトに完全移行するまで、不況は続くのでしょう。
本書で指摘されているように、いつの時代もGDPの1%という限られた広告費のパイを、近年ではネット企業に侵食されつつあるからです。
では、何故マスメディアはネット企業の進出を防げないのか?
この疑問に対する思考の枠組みとして、"3C"というフレームワークが使われています。
たとえば、テレビをこのフレームで考えると
コンテンツ = 番組
コンテナ = テレビ
コンベヤ = 地上波、衛星放送、CATV
となりますが、これがネット企業の進出でどう変わってきたか?
この辺りが非常に明快に分析されており、感覚的な理解を論理的な理解に変換することが出来ました。
また、新聞社出身の著者ならではの新聞・出版業界やテレビ業界の頑迷固陋な体質に対する指摘も鋭く、技術革新についていけず既得権益を守ることに汲々とする業界の実態がつぶさに描き出されています。
米国では一足早く新聞社が没落し、新たなジャーナリズムの芽が生まれようとしています。
日本でも電波利権にしがみつくテレビ局や、系列販売店の収益確保を優先する新聞社に替わり、新しい形のメディアが登場することを願ってやみません。
検察と結託してライブドアの地位を意図的に貶めたり、自動車メーカーによる系列部品メーカー叩きを非難しつつ、一方では番組制作会社に信じられない低予算で番組を制作させ、そのことに関しては全く触れないテレビ局。
こんな偏ったジャーナリズム、報道のあり方は変えるべきですし、著者の言うように
われわれにとってより良いメディアの空間はどういうものか?
どうやったら構築できるのか?
を試行錯誤することこそ、価値のあることだと思います。
日本は山間僻地が多いから、全国配達なんて購読者が減ればコストが嵩む。田舎では元々夕刊がない地域も多い。かつては高給で知的な仕事として優秀な学生を集めて記者に仕立てていたが、本書によれば90年代の就職氷河期以来人員削減で本社には中年記者ばっかり(若手は最初地方局)らしい。まあ読んでる方も若者が少ないし、元々オトナの読むものだから記者の高年齢化はさほど影響しないと思うが。
それよりも著者は「ネットに対抗するためには質の高い調査報道(investigative journalismの翻訳か)」を目指せ、ということだが、記者クラブシステムにのっかっている大手メディアがそこまでできるだろうか? アメリカの「大統領の陰謀」(例えが旧いが)を暴く、みたいなことは週刊誌の方がまだ得意、しかもむしろ瑣末なスキャンダルばかりになって来ているのではないだろうか。著者は最後に披歴しているように毎日で12年間記者生活を送ったので、「新聞(かつては社会の木鐸)」に対する愛情があるためであるが。
本書で展開されているコンテンツ、コンテナ、コンベア、の3Cモデルはなかなか興味深かったが、なるほどかつて優位だった垂直統合がうまくいかなくなっているという理論はよくわかる。新聞社の場合は記者が書く記事を、自前で印刷し、自社の販売網を通じ届けるモデルが、現在は負担になっている部分もある。
日本の消費者はタダで手に入れられる浅い情報か、専門情報を金を払って手に入れるかを使いわけるまでになっている。新聞だけでなく雑誌も「マス」では生きられずオマケ(の方が主)をつけて生き延びているが、こちらももはや専門誌以外成り立たないだろう。
本書では、新聞とテレビのビジネスモデルを、コンテンツ・コンテナ・コンベアという3Cモデルを使って上手に説明している。現在はどうであるか、インターネットが入ってどうなったか、マスでもないブログの個人でもないその中間のミドルレベルではどうか、音楽業界はどうか、アメリカではどうか。
これらの比較が3Cモデルという軸を通して非常に見やすく、著者の主張も分かりやすい。
新聞やテレビの凋落は捏造やレベルの低い報道に大衆がそっぽを向いたのではなく、ICT技術や歪んだ人材雇用による構造問題であるということである。
新聞社やテレビ局が3Cすべてを握っていた時代は確実に終わろうとしている。
メディア各社の経営危機が伝えられ、日テレはストライキや人材流出のニュースが絶えない。
ではメディアの役割は?どう乗り越えていくのか。
コンテンツプロバイダに特化していくのも一つの手であるが、それは内部的には地主から小作農に転落するような屈辱だという。そんなことを言っているから、この凋落ぶりなのだろう。
著者の言うマスコミの屍の中から新しいメディアが登場することを楽しみに待ちたいものだ。



