2019年8月。すでに香港の大規模な大衆運動は3ヶ月に及ぼうとしている。一方での激しい実力行使をも伴う闘争と、もう一方での700万人中一70万人が参加したと言われる信じられないくらいの規模の平和的なデモが共存し、呼応し合うようにして状況が進んでいる。
香港警察は昨日、ついに発砲した。人間めがけて、ではないにしろ、拳銃を抜き、威嚇し、発砲。その背後には圧力をかける中国政府がいる。
本書は2015年に書かれた。前年のいわゆる雨傘運動(雨傘革命という言葉は筆者たちによって採用されていない)の翌年に出版されている。雨傘運動とは何であったのか、それはいかなる歴史の中で現れてきたのか、どこにたどり着いたのか、そこに含まれている課題は何だったのか。そこに迫ろうとしている。
本書を読むと、2019年夏の闘争が明確に雨傘運動の経験を踏まえ、それを突き破ろうとする模索の上で戦われていることがかなりはっきりする。
前半3章は倉田徹が中国、イギリス、香港の歴史を概括的にまとめている。
後半2章は張彧暋が書いている。4章は香港の文化をとおして香港に生まれてきている自己認識を分析する。そして5章は雨傘運動自体に迫る。
雨傘運動には占領中環(オキュパイ運動)と学民思潮という運道の指導的グループが2つある。世代的にもことなる。
そして占拠運動も2つの中心地を持つ。対照的な金鐘と旺角。メディアなどでも非常によく好意的にとりあげられてきた前者にくらべ後者には、学生を守ろうとした「闇社会の人々」なども登場し、庶民の混沌としたエネルギーにあふれている。張彧暋はその旺角から10分ほどのとこに住んでいたとのことで2つの占拠地を比較しながら運道の2014年現在の状況と今後を見つめようとしている。
2019年の運道は様々な点で2014年をくぐり抜け、考え抜いてきた人々によって準備され、担われている。
すべてではないにしても、現在の彼ら/彼女らの考えていることが少しだけわかる気がする。
なかなか香港について観光ガイド・グルメガイド以外のまとまった文献がない中で、本書を読むことができたのは非常にありがたかった。いま、必読の本だと思う。
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香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書) Kindle版
2014年秋,大都市の中心街を市民が79日間も占拠した香港の雨傘運動.この選挙民主化要求は,軟着陸した中国返還後,金融危機で逆転した経済の「中国化」への猛反発だった.一国二制度の成功例「ノンポリ国際都市」は,なぜ政治に目覚め,何を求めるのか.日本と香港の気鋭が歴史背景と現代文化から緻密に解説する.
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2015/12/18
- ファイルサイズ12904 KB
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商品の説明
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
倉田/徹
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科准教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)
張/〓〓
1977年生まれ。香港中文大学社会学研究科卒、博士(社会学)。現在、同大学社会学科講師。専門は歴史・文化社会学、ナショナリズム論、日本研究(鉄道史、サブカルチャー論、近代日本ナショナリズム)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科准教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)
張/〓〓
1977年生まれ。香港中文大学社会学研究科卒、博士(社会学)。現在、同大学社会学科講師。専門は歴史・文化社会学、ナショナリズム論、日本研究(鉄道史、サブカルチャー論、近代日本ナショナリズム)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
内容(「BOOK」データベースより)
二〇一四年秋、大都市中心部を市民が七九日間も占拠した香港の雨傘運動。一五五年の英国の植民地支配後、「高度の自治」を付与され中国に返還された「ノンポリ国際都市」が政治に目覚めたのか。アジア経済危機以降に強まる「中国化」への猛反発は、何を意味するのか。日本・香港の気鋭が歴史背景と現代文化から緻密に解読。 --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B01DVCO9FA
- 出版社 : 岩波書店 (2015/12/18)
- 発売日 : 2015/12/18
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 12904 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 260ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 204,147位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 1,809位岩波新書
- - 7,361位社会学 (Kindleストア)
- - 15,344位社会学概論
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2019年8月25日に日本でレビュー済み
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香港の大学生らと警察の衝突の報道をチェックしながら本書を読む。
「返還後の香港という、見逃していた連続ドラマの途中の回のあらすじを知らずに、『雨傘運動』というクライマックスだけを理解することは、もちろんできない(p.x)」と著者は言う。本書は、雨傘運動終結後の2015年刊行だが、今回(2019年春以降)の民主化運動についてもまったく同じことが言えるだろう。
本書は「一冊の難解な書(p.i)」とも表現されるように正体の知れない香港について、「自由」をキーワードに読み解こうとする。著者によれば、その大まかな流れは「まず、香港の人々に与えられたのは、『避難所の中の自由』(p.218)」であり、「次に、避難所の人々は、『儲ける自由』を使った(p.219)」。そして「それに続いて花開いたのは『文化の自由』(p.220)」であり、「今、香港で論じられているのは、『自己決定の自由』である(p.220)」となる。
「第一章から第三章は、倉田が香港の政治を分析(p.xi)」し「第四章と第五章は、張が香港の社会と文化を論じる(p.xii)」。第一章は準国家(通貨とパスポートの発行権をもつ)とも、中国の一地方(外交・軍事の管轄権は中国がもつ)ともいえる香港のあいまいな位置づけ、第二章はイギリスの植民地統治と香港、第三章は中国返還後の香港の「中国化」をそれぞれ論じていて、議論の枠組みがはっきりしているせいか読みやすい。それに比べると第四章はゴツゴツした文章で色々なところに話が流れていき読みにくい。雨傘運動を当事者の眼で描いた第五章もルポとしてはとても硬い。内容的にも、第五章に描かれる、運動の中に成立するコミューン的なものが、著者(張)のように無条件に評価できるものなのかについては疑問無しとしない。
中国古代国家の郡県制と封建制の組み合わせを引いて「『一国二制度』は『中華文明』が『主権国家』概念を使った結果、新しく創造された新しい政治思想なのだ(p.130)」とする中国政府側の研究者の議論が第四章で紹介されていて、それは(賛同はしないにしても)「なるほど! 中国政府は香港を(あるいはチベットや台湾などもか?)そう見ているのか(それなら分かる)」と納得させられるものだった。
香港では「二〇一二年……中高生の組織『学民思潮』が中心となって、『愛国教育(国民教育科)』の必修化を撤回させた(p.101)」という。そういう経験を積んだ雨傘運動の中心メンバーが来日した時に書いたという「日本はかなり完璧な民主政治の制度を持っているが、人々の政治参加の度合い、特に若者のそれはかなり低い。日本に来て、私は初めて本当の政治的無関心とは何かを知った(p.223)」という言葉には頭を垂れるしかないな。「香港式の『自由の使い方』を、日本も学ぶべきではないだろうか?(p.226)」という最後の一文は重い。
「返還後の香港という、見逃していた連続ドラマの途中の回のあらすじを知らずに、『雨傘運動』というクライマックスだけを理解することは、もちろんできない(p.x)」と著者は言う。本書は、雨傘運動終結後の2015年刊行だが、今回(2019年春以降)の民主化運動についてもまったく同じことが言えるだろう。
本書は「一冊の難解な書(p.i)」とも表現されるように正体の知れない香港について、「自由」をキーワードに読み解こうとする。著者によれば、その大まかな流れは「まず、香港の人々に与えられたのは、『避難所の中の自由』(p.218)」であり、「次に、避難所の人々は、『儲ける自由』を使った(p.219)」。そして「それに続いて花開いたのは『文化の自由』(p.220)」であり、「今、香港で論じられているのは、『自己決定の自由』である(p.220)」となる。
「第一章から第三章は、倉田が香港の政治を分析(p.xi)」し「第四章と第五章は、張が香港の社会と文化を論じる(p.xii)」。第一章は準国家(通貨とパスポートの発行権をもつ)とも、中国の一地方(外交・軍事の管轄権は中国がもつ)ともいえる香港のあいまいな位置づけ、第二章はイギリスの植民地統治と香港、第三章は中国返還後の香港の「中国化」をそれぞれ論じていて、議論の枠組みがはっきりしているせいか読みやすい。それに比べると第四章はゴツゴツした文章で色々なところに話が流れていき読みにくい。雨傘運動を当事者の眼で描いた第五章もルポとしてはとても硬い。内容的にも、第五章に描かれる、運動の中に成立するコミューン的なものが、著者(張)のように無条件に評価できるものなのかについては疑問無しとしない。
中国古代国家の郡県制と封建制の組み合わせを引いて「『一国二制度』は『中華文明』が『主権国家』概念を使った結果、新しく創造された新しい政治思想なのだ(p.130)」とする中国政府側の研究者の議論が第四章で紹介されていて、それは(賛同はしないにしても)「なるほど! 中国政府は香港を(あるいはチベットや台湾などもか?)そう見ているのか(それなら分かる)」と納得させられるものだった。
香港では「二〇一二年……中高生の組織『学民思潮』が中心となって、『愛国教育(国民教育科)』の必修化を撤回させた(p.101)」という。そういう経験を積んだ雨傘運動の中心メンバーが来日した時に書いたという「日本はかなり完璧な民主政治の制度を持っているが、人々の政治参加の度合い、特に若者のそれはかなり低い。日本に来て、私は初めて本当の政治的無関心とは何かを知った(p.223)」という言葉には頭を垂れるしかないな。「香港式の『自由の使い方』を、日本も学ぶべきではないだろうか?(p.226)」という最後の一文は重い。
2016年9月22日に日本でレビュー済み
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日本人と香港人による共著。香港は日本でも知られた都市でありながら、ガイドブックを除けば専門書も概説書も非常に少ない。香港に関心があるものとして常に大書店で新刊をチェックしているが少ない。本書のような第一線の研究者による、現在の香港の研究者の研究を反映した一般向けの本が出版されたことを歓迎する。小著ながら内容は前半が政治史中心、後半は14年の運動と現代香港社会を中心に経済や北京政府との関係、現代香港文化など幅広く触れられている。日本で香港における香港研究が反映された一般書としてもほとんど唯一のものでその点だけをとっても貴重ながら、香港人の著作でもあるというのもまた貴重だ。”中国人”にとって、稼ぐためのかりそめの宿にしか過ぎなかった香港、そして文化、歴史と無縁だった香港が、”香港人”意識を生み、香港文化を生み、過去の香港を語るようになったというその変遷の指摘と分析は特に非常に興味深かった。REVIEWも誰が何を評しようと自由ながら、内容も理解せず勝手な評論を語られるのには著者お二人も気の毒だね。日本で香港について本書のような専門LEVELを反映した一般書がないことを知っていれば、先行書を参照にすることもできず著者の苦労が大きいと理解できるのに。戦後香港経済のながれ、現在の政治制度と法律、英国統治下における民主制、北京との関係、現代香港社会及び文化、なによりも香港人意識の形成、副題にある自由都市についてなど、重要な内容を小著に圧縮したと高く評価でき、星5つ以上の評価だとおもう。
2017年4月3日に日本でレビュー済み
2014年秋に起きた香港の雨傘運動の背景を理解するために、日本人と香港人の著者等は香港の歴史、そして文化等を分析することで、それを解読していく。そこから出てきたキーワードは、中国を常に意識することによって育まれてきた「自由」への希求である。それは、まず「生存する自由」であり、それから「儲ける自由」へと進化し、さらに「文化の自由」へと続くと著者は分析する。そして、雨傘運動が起きたのは、中国の台頭によってその「自由」が不安定になったことで、むしろ強く求められることになった「自己決定の自由」であると著者らは考察する。本書は、この中国という不自由な枠組みの中で、自由を希求して戦う香港人からすると、日本は民主政治の制度を持っていても、その政治的無関心から、その自由は「錆びつき、劣化」していると結びで述べている。「雨傘運動」、そしてその背景を解読するキーワードとして「自由」という概念を駆使して、香港の姿を浮き彫りにさせる興味深い本である。
2021年4月12日に日本でレビュー済み
香港の事情に詳しくない私にとって、2014年の雨傘運動は突然の出来事のように感じた記憶がありますが、本書を読むとあれは必然の出来事であり、香港の中国化はそのずっと前から徐々に進んでいたことがわかります。本書の解説をもとに香港と中国との関係性を整理すると、以下の6段階に分けられるでしょう。
(1)イギリスによる統治時代(-1997年)
民主主義と資本主義という中国政府と相容れない制度によって、香港が中国本土以上に発展してしまい、香港の「例外的存在」というアイデンティティが醸成された。一方で、この間の香港人は中国大陸から流入してきた難民・移民であり、香港を「仮住まい」と考えていたため、香港の政治に関与する姿勢が薄かった。そのため、政治的自由よりも経済的自由を重視し、そして実際に謳歌した。
(2)香港返還とつかの間の平和(1997年)
1989年の天安門事件からわずか8年後の香港返還では、返還後に中国が「一国二制度」を守れるかどうか、大きな注目点となった。大半の予想に反し、返還は平穏に行われた。中央政府としては、返還さえされてしまえばこれまでのように表立って行動する必要はなく、香港政府を通じて徐々に中国化を進めれば良いということもあって、早急な手は打たなかったのだろう。また、短期的には「一国二制度」を成功させたとして対外的にアピールする必要もあり、表面上は中央政府と香港政府の関係性は安定していた。
(3)香港経済の相対的衰退(1997年-)
1997年のアジア通貨危機や2003年のSARS流行により香港経済は大きな打撃を受けたため、2003年6月に中央政府と香港政府は「経済貿易関係緊密化取り決め」を締結し、両地間の経済関係の緊密化が加速度的に進んだ。また、中国本土の経済が2000年以降に急成長した結果、中国経済に占める香港の割合は1993年の21.4%から徐々に下落し、2003年には10%を割り込み、2014年には2.8%となっている。
(4)中央政府の強硬化と香港市民の反発(2003年)
香港経済の相対的推移は中央政府の香港に対する交渉カードに大きな影響を与え、2003年には治安立法「国家安全条例」が成立しようとしていた。ところが2003年7月1日の返還記念日、「国家安全条例」反対デモが発生、「50万人デモ」と呼ばれるほどに巨大化し、「国家安全条例」は廃案に追い込まれた。
(5)中央政府による経済支援と安定化(2003年-)
「国家安全条例」廃案後、中央政府は香港内政により積極的に関わるようになり、大陸から香港への個人旅行の解禁など、様々な形で「中国化」のための支援を行った。その結果、香港経済は復調し、2008年の北京オリンピックといったイベントもあり、大陸と香港の関係性は良好だった。
(6)中港融合による軋轢の拡大(2010年頃-)
中央政府による「中港融合」の政策のもと、香港は大陸の経済成長を取り込み安定化した。しかし香港経済が大陸への依存度を高めた結果、香港のインフラへの人口圧力の増大、不動産価格暴騰などの市民生活の質の低下、大陸と香港の市民間の感情的対立といった軋轢が拡大した。このことは2012年の「香港人は犬」事件に端を発し、2013年の「オキュパイ・セントラル運動」、そして2014年の「雨傘運動」に繋がっていく。
こうして整理してみると不思議に思うことが2つあります。それは、「なぜ近年の中国化反対運動の中心は学生だけなのか」、そして「香港の団塊の世代は何故こうなることがわかっていたのに事前に大きな声を上げず、また今回の運動にも参加しないのか」です。本書の後半では、この点について以下のように考察されています。少し長いですが引用します。
---------------------------------引用(1)---------------------------------------
香港社会は単なる「借りた場所、借りた時間」の避難所だったが、70年代から彼らは自己意識を持つようになってきた。70年代の植民地・香港は、いわば「管理のゆきとどいた収容所」であった。(中略)やむを得ず命がけで故国や故郷を離れた者たちが、他人が支配する植民地で貧乏生活を強いられつつ、未来にけて、文明の辺境・香港に亡命してきた。文人も庶民も、「魂の根ざす」場所として落ち着くことはなかった。だが、戦後香港で生まれた世代によって「香港社会」が徐々に定着する。70年代になると、「自由」の意味は、経済の繁栄がもたらす「個人の成功」や「階級の上昇」と結びついていく。彼らが求める「自由」とは、「立身出世」だ。
---------------------------------引用(2)---------------------------------------
1958年生まれの呂大楽は、香港の団塊世代の一員であり、やや反省の意を表しつつ、この世代の心性の社会的な成立条件を分析している。なぜ「香港は語られにくい」のか、それは「香港意識が浅いからだ」、呂大楽は評する。「香港意識」は確かに70年代以降に生まれたが、80年代になって香港の前途をめぐる問題が表に出てくると、この意識はすぐに「敗退した」という。この団塊世代は、中国返還問題や天安門事件のような危機に直面して、香港の今をそのまま維持するのか、自分が香港の外へ移民するのか、と問われて、結局は個人と社会の間を切断してしまった。彼らは香港の生活が好きだが、それはその社会への義務を果たすこと、責任を背負うことを意味していなかった。
「自分が香港人だと自覚しはじめても、香港の未来の問題に対して、香港人として、しかも『香港精神』や『本土(ローカル)意識』に基づいて、自分が何を必要としているかをはっきりと表明することができない。こう言い換えてもいいだろう。一種の自己矛盾の状態にあるのだ。(『四代香港人』)
この自己矛盾を、香港人はどう解決したのか。キーワードは「無問題」であった。同じく団塊世代の作家・陳冠中も、同様のコメントを記している。彼らは自分が生きた時代の特殊性を忘れ、いつも自己本位だ。また、成功した世代だけに、教育システムで訓練された「can-do(やればできる)精神」と、投資間隔で物事を量的とらえ、低コストで高リターンを求める「港式英明(香港スタイルの賢さ)」を備えていると指摘した。彼らは学校では受験の成績、社会では金を指標にする。一方彼らは効率を重視するため、「原理原則への配慮、理想の重み、歴史の圧力」を全部捨てて、完璧なものも高邁なものも追及しない。日本でも映画のタイトルになり、よく知られる香港の広東語「無問題」精神そのものだ。
---------------------------------引用終わり---------------------------------------
こうしてみてみると、香港問題は単なる大陸と香港の対立だけでなく、香港の中にも世代間の対立があることがわかります。ざっくり言えば、金銭的に成功したけれども帰属意識を持たない団塊世代と、香港に生まれ育ち、その例外性・特殊性にかけがえのなさを感じる若者世代、といったところでしょうか。やはり、香港は今、とても微妙なバランスの上に立っていることがわかります。
(1)イギリスによる統治時代(-1997年)
民主主義と資本主義という中国政府と相容れない制度によって、香港が中国本土以上に発展してしまい、香港の「例外的存在」というアイデンティティが醸成された。一方で、この間の香港人は中国大陸から流入してきた難民・移民であり、香港を「仮住まい」と考えていたため、香港の政治に関与する姿勢が薄かった。そのため、政治的自由よりも経済的自由を重視し、そして実際に謳歌した。
(2)香港返還とつかの間の平和(1997年)
1989年の天安門事件からわずか8年後の香港返還では、返還後に中国が「一国二制度」を守れるかどうか、大きな注目点となった。大半の予想に反し、返還は平穏に行われた。中央政府としては、返還さえされてしまえばこれまでのように表立って行動する必要はなく、香港政府を通じて徐々に中国化を進めれば良いということもあって、早急な手は打たなかったのだろう。また、短期的には「一国二制度」を成功させたとして対外的にアピールする必要もあり、表面上は中央政府と香港政府の関係性は安定していた。
(3)香港経済の相対的衰退(1997年-)
1997年のアジア通貨危機や2003年のSARS流行により香港経済は大きな打撃を受けたため、2003年6月に中央政府と香港政府は「経済貿易関係緊密化取り決め」を締結し、両地間の経済関係の緊密化が加速度的に進んだ。また、中国本土の経済が2000年以降に急成長した結果、中国経済に占める香港の割合は1993年の21.4%から徐々に下落し、2003年には10%を割り込み、2014年には2.8%となっている。
(4)中央政府の強硬化と香港市民の反発(2003年)
香港経済の相対的推移は中央政府の香港に対する交渉カードに大きな影響を与え、2003年には治安立法「国家安全条例」が成立しようとしていた。ところが2003年7月1日の返還記念日、「国家安全条例」反対デモが発生、「50万人デモ」と呼ばれるほどに巨大化し、「国家安全条例」は廃案に追い込まれた。
(5)中央政府による経済支援と安定化(2003年-)
「国家安全条例」廃案後、中央政府は香港内政により積極的に関わるようになり、大陸から香港への個人旅行の解禁など、様々な形で「中国化」のための支援を行った。その結果、香港経済は復調し、2008年の北京オリンピックといったイベントもあり、大陸と香港の関係性は良好だった。
(6)中港融合による軋轢の拡大(2010年頃-)
中央政府による「中港融合」の政策のもと、香港は大陸の経済成長を取り込み安定化した。しかし香港経済が大陸への依存度を高めた結果、香港のインフラへの人口圧力の増大、不動産価格暴騰などの市民生活の質の低下、大陸と香港の市民間の感情的対立といった軋轢が拡大した。このことは2012年の「香港人は犬」事件に端を発し、2013年の「オキュパイ・セントラル運動」、そして2014年の「雨傘運動」に繋がっていく。
こうして整理してみると不思議に思うことが2つあります。それは、「なぜ近年の中国化反対運動の中心は学生だけなのか」、そして「香港の団塊の世代は何故こうなることがわかっていたのに事前に大きな声を上げず、また今回の運動にも参加しないのか」です。本書の後半では、この点について以下のように考察されています。少し長いですが引用します。
---------------------------------引用(1)---------------------------------------
香港社会は単なる「借りた場所、借りた時間」の避難所だったが、70年代から彼らは自己意識を持つようになってきた。70年代の植民地・香港は、いわば「管理のゆきとどいた収容所」であった。(中略)やむを得ず命がけで故国や故郷を離れた者たちが、他人が支配する植民地で貧乏生活を強いられつつ、未来にけて、文明の辺境・香港に亡命してきた。文人も庶民も、「魂の根ざす」場所として落ち着くことはなかった。だが、戦後香港で生まれた世代によって「香港社会」が徐々に定着する。70年代になると、「自由」の意味は、経済の繁栄がもたらす「個人の成功」や「階級の上昇」と結びついていく。彼らが求める「自由」とは、「立身出世」だ。
---------------------------------引用(2)---------------------------------------
1958年生まれの呂大楽は、香港の団塊世代の一員であり、やや反省の意を表しつつ、この世代の心性の社会的な成立条件を分析している。なぜ「香港は語られにくい」のか、それは「香港意識が浅いからだ」、呂大楽は評する。「香港意識」は確かに70年代以降に生まれたが、80年代になって香港の前途をめぐる問題が表に出てくると、この意識はすぐに「敗退した」という。この団塊世代は、中国返還問題や天安門事件のような危機に直面して、香港の今をそのまま維持するのか、自分が香港の外へ移民するのか、と問われて、結局は個人と社会の間を切断してしまった。彼らは香港の生活が好きだが、それはその社会への義務を果たすこと、責任を背負うことを意味していなかった。
「自分が香港人だと自覚しはじめても、香港の未来の問題に対して、香港人として、しかも『香港精神』や『本土(ローカル)意識』に基づいて、自分が何を必要としているかをはっきりと表明することができない。こう言い換えてもいいだろう。一種の自己矛盾の状態にあるのだ。(『四代香港人』)
この自己矛盾を、香港人はどう解決したのか。キーワードは「無問題」であった。同じく団塊世代の作家・陳冠中も、同様のコメントを記している。彼らは自分が生きた時代の特殊性を忘れ、いつも自己本位だ。また、成功した世代だけに、教育システムで訓練された「can-do(やればできる)精神」と、投資間隔で物事を量的とらえ、低コストで高リターンを求める「港式英明(香港スタイルの賢さ)」を備えていると指摘した。彼らは学校では受験の成績、社会では金を指標にする。一方彼らは効率を重視するため、「原理原則への配慮、理想の重み、歴史の圧力」を全部捨てて、完璧なものも高邁なものも追及しない。日本でも映画のタイトルになり、よく知られる香港の広東語「無問題」精神そのものだ。
---------------------------------引用終わり---------------------------------------
こうしてみてみると、香港問題は単なる大陸と香港の対立だけでなく、香港の中にも世代間の対立があることがわかります。ざっくり言えば、金銭的に成功したけれども帰属意識を持たない団塊世代と、香港に生まれ育ち、その例外性・特殊性にかけがえのなさを感じる若者世代、といったところでしょうか。やはり、香港は今、とても微妙なバランスの上に立っていることがわかります。






