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[夏目 漱石]の門 (角川文庫)
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門 (角川文庫) Kindle版

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内容紹介

ひとりの人間の犠牲において成立した宗助とお米の愛の勝利は、やがて罪の苦しみにおそわれる。「人間の心の奥底には結核性の恐ろしいものがひそんでいる」という。ついに宗助は禅寺の山門をたたくが、安心と悟りは容易に得られない。そこに真の意味の求道者としての人間漱石の面目があった。明治43年の作品。(C)KAMAWANU CO.,LTD.All Rights Reserved

登録情報

  • フォーマット: Kindle版
  • ファイルサイズ: 748 KB
  • 紙の本の長さ: 159 ページ
  • 出版社: KADOKAWA / 角川書店 (2014/10/25)
  • 販売: Amazon Services International, Inc.
  • 言語: 日本語
  • ASIN: B00O4QK0B0
  • X-Ray:
  • Word Wise: 有効にされていません
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.2 71件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

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形式: 文庫 Amazonで購入
以前に読んでおり、今回新聞小説として2回目を読む。漱石の作品では一番好きな作品となりそう。
最初に読んだ時は、私も既に最初の子どもを「臍帯顚絡」(第62回)で亡くしていたにもかかわらず、その事に気付かなかった。一体、何を読んでいたのだろうか。結婚して35年、ようやく夫婦のあり方を眺めることができるようになったらしい。宗助夫婦と隣の坂井夫妻は、いわば静と動。今の私には、それぞれが理想の家庭のあり方のように思える。これからも訪れるであろう人生の起伏を、この二組の夫婦をお手本にして生きて行きたいと思ってしまった。
宗助が、迷いの果てに門をくぐり、参禅することに違和感はない。ただし、私はいくら迷っても、悟りを得るために門をくぐることはないだろう。人間は迷い続けて死ぬしかない存在であると思っているから。「信じる」こと、「悟る」ことは、人間としての自由な心を放棄することとしか思えない。宗教であれ思想であれ。「彼自身は長く門外に佇立むべき運命をもって生まれて来たものらしかった。(中略)要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」(第100回)とあるが、門外に佇立むべき運命をもって生まれて来たのは「彼」ではなく「人」であり、門の下に立ち竦んで日の暮れるのを待つのは「不幸」ではなく「存在すること自体に付随する宿命」なのではないか。その宿命という名の悲
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形式: Kindle版 Amazonで購入
夫婦の小さな幸せの在り方について、結婚して二人で生活している今の自分だから感じれるものがあったと思う。

"山の中にいる心を抱いて、都会に住んでいた”

まさにそんな日々ではある。大きな野心を抱くことなく、彼らほど窮屈で自制を余儀なくされているわけではないけれど、大きく何を望むことなく、地に足がつかないことをやろうとは考えていない。お互いが帰る家があり、お互いがそこにあれば、まずは幸せ。

春、夏、秋、冬、四季は移り変わる。その中で変わらないこともある。

“道は近きにあり、かえってこれを遠きに求むという言葉あるが実際です。つい鼻の先にあるのですけれども、どうしても気がつきません”

漱石の生きた時代から、もっとその前から、そして今でも、そういうことなのだと思う。
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投稿者 nakac110 投稿日 2017/6/2
形式: Kindle版 Amazonで購入
苦悩する主人公に、日本人の苦悩を背負わせていると思う。世相が国民の上に色濃く反映。
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形式: Kindle版 Amazonで購入
学生時代に初めて読んだときは、どんよりした暗い印象の本だったのに、最近読み直したらむしろ明るさや軽やかさを感じた。
これから社会に出て、家庭をもつことになる純朴な大学生の立場で読むのと、結婚してそれなりに経って読むのとでは、フォーカスするポイントが全然違うことに改めて気づく。すなわち、大学生のときは世間から隔離されて生きることの恐怖をここから読み取り、一方で今の立場からは、夫婦のありよう、生きる覚悟というか、現実的な状況処理の仕方を読み、共感する。この二通りの読み方を許すところこそ、僕が漱石作品の中でも好きな「門」の力なのだと思う。
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形式: Kindle版 Amazonで購入
なにか小市民的な物語がだらだらと続くような感じがしたのだけれど、いろいろといじけた所の多い主人公がその閉塞的な枠の向こうを見るようになる、そう言う結末を見て、なるほど「門」かと考えるようになった。
時代社会の激変という背景、漱石の留学などを含む新思潮への対応など研究の余地はたくさんあるのだろうが、素朴な読者としては、今の所「三四郎」とも似た構成になっているこの小説は成長小説とは少し違う大人向けの作だな、と感じている。
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形式: Kindle版 Amazonで購入
「こころ」に次ぐ漱石2作品目になります。姜尚中さんの本の中で本作の簡単なあらすじが紹介されていたので、ある程度内容を理解している状態で読みました。
「重いな」というのが、読後の率直な感想でしょうか。人生の重みというか、そういったものをまず感じました。安井というただ一人の人間に恐れ人生を生きていかなければならない、安心して心から幸せに生きることのできない不幸、というのを見事に描ききっています。これは、現代の私たちにも言えることで、恐れる対象は違えど誰もが「安井」のようなモノに日々恐れながら生きている気がします。漱石はそこを読みきって風刺した、そんな気がするのです。
ただ一方で、宗助という人間が本当に不幸なのかどうか私は少し疑問に思っています。結局のところ、宗助は「道」を見つけることはできませんでした。ですが、宗助にとっては「道」を見つけることが重要だったのではなく、むしろ「道」が見つからないことの方が重要だったのではないかと思います。もし「道」が明らかになってしまったら、「安井」という黒点に真正面から向き合わなけれなならなくなる。でもそれはめんどくさいし、何より怖い。だから、とりあえず「道」を見つける「ポーズ」をとって、でも結局無理だった、という事実に満足を得たのではないかと思うのです。きっと宗助はこの先も「安井」にいつ足元をすくわれるかビクビクしながら生きていく
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